「うつしだす世界」を紐解いていく。
印象的な「ピュアに笑って、したたかに笑って」というコピーと共に、芸人のヒコロヒーが一本道でギターをかき鳴らす。JTマナー広告の第四弾として撮影された30秒の映像には、三島監督の人生に対する思いが込められていた。
「ヒコロヒーさんがギターを弾かれると聞いて、最初にその姿を撮りたいなと思ったんです。ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』という映画に出てくる一本道を歩く主人公の姿が好きで、今回、一つの道が人生を象徴しているように撮れないかと思いました。撮影を行った一本道は、映画『Red』の制作部スタッフの齋藤健志さんに「人生を象徴するような一本道で撮りたいんやけど」と相談したら、ここはどうですかと提案してくれて。今回の撮影には関わっていないのに、本当に助かりましたし、感謝しかありません。ロケハンにも行きましたが、「もうここしかないね」と、スタッフ全員の意見が一致しました」
動画で描かれるのは一組の男女の物語。ヒコロヒー演じる女性は、小説家志望の恋人と別れ、ギターを背負い歩きだす。
「人生はプライベートでも仕事でも、いろいろなことが起こりますよね。これまで一緒に生きてきた小説家志望の彼氏が、一文字も小説を書かずに、「結婚しよう」と言ってきます。ヒコロヒーさん演じる彼女は、それぞれが自分の信じる道を進みつつ、お互い応援し合える関係性を求めていたのに、それができなかった。だから袂を分かち、一人で歩いていくことを決めます。でも、この先もギターを弾きながらピュアに、そしてしたたかに笑いながら生きていければ、また面白いことや楽しいことに出会えるんじゃないか。そんなことを感じていただけたらと思いました」
彼氏のプロポーズシーンは、新宿の雑踏の中で撮影された。引き止めて告白する彼氏と、花束を叩きつける彼女。二人のすれ違う思いが見事に表現されている。
「ヒコロヒーさんについては、事前に芝居を固めず、状況と大きな動き、関係性や感情をふんわりと説明して、あとはテストから回していく形で撮影しました。セリフを数行書いたものをお渡ししただけで、二人の関係性が十分に想像できていたんだと思います。新宿でのシーンは、久しぶりに食事に行って、彼から「小説ができたよ」と渡されるのかと思ったら、なんでもない話が続いて、結婚を匂わせてくる。ずっとあなたを応援して、小説を待っていたのに、という怒り。そして怒りの奥にある悲しみや期待していた悔しさやいろんな感情を、花束を叩きつけるアクションで見せてくれました」
新宿というロケーション選びにも、監督の強いこだわりがあった。
「新宿は雑多でいろんなことを内包しながらも、全てを許すわけではない恐い街です。でも、そこから何かをすくい上げたい。自分自身も好きな街だから。かつて東君平さんという詩人が、新宿という街の名前をつぶやいてみて、生き方を決めたというようなことを書いていて……なぜなら「しんじゆく」と読めたからだ、と。新宿の街に佇むヒコロヒーさんのイメージは、ものすごくフィットしました。小説も書けないからって、逃げるように「結婚しよう」と言ってきた彼に対し、愛情のある怒りをぶつけるシーンを、車も人も光も陰も行き交うあの雑多な街で撮りたかったんです」
世界へ広がっていく。
三島監督は、ヒコロヒーが見せた細やかな表現力にも舌を巻く。
「雨を避けながら公園の東屋に駆けていくのも、雑踏の中で喧嘩をするのもリアルな世界の出来事ですが、普通は一本道でギターを弾いたりしませんよね。あれはいわゆる象徴的なイメージのシーンです。彼女の佇まいも、黙々と淡々と、微笑むでもなく、怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、ただひたすら受け止めて歩いて行く……「しんじゆく」。ヒコロヒーさんはそれを細かく説明しなくても理解してくださって、表現してくれました。現場では、最後のギターをじゃんと鳴らすだけでいいのか、途中から少しメロディー的なものにするかなど、やり取りを重ねました」
彼氏役を演じた田中爽一郎のキャスティングも絶妙だ。
「田中さんは、出演されている『ラストホール』という映画を拝見して、トークイベントでもお話をさせていただいたんです。今回、小説が書けない感じや、優しいせいで結婚を口にしてしまう感じがピッタリでした。ヒコロヒーさんに花束で叩かれた後、悔しさから発奮して、小説を書き上げ、いつかどこかの書店で彼女がその本を手に取るかもしれない……そんな妄想が広がりました」
「ピュアに笑って、したたかに笑って」から続く、「どんなときも、たばこのマナーを守る」というメッセージの意図を、監督はこう語る。
「人生、楽しいことも辛いこともたくさんあります。そんなときに音楽や映画など、自分の心地よい何かに触れることで、ピュアに笑える。でも、ピュアだけじゃ生きていく道筋が見えないので、したたかにも笑っていく。そして、「マナーを守る」というのは社会の中で、大勢の中で誰かと生きていくということです。マナーを守ることで、個人の豊かな人生がさらに世界へと広がっていく。そうなって欲しいという願いも込めて、言葉をつなげていきました」
共有できた。
そんな30秒の動画に思いを込めた監督が、今向き合っているのが2026年11月6日に公開される最新作『男ともだち』だ。新たに追加キャストが発表され、その顔ぶれの豊かさが話題を呼んでいる。まずは、イラストレーターの神名(松岡茉優)の同棲相手である彰人役の井上祐貴と、妻子ある身でありながら神名と関係を持つ真司役の中島歩について、触れてもらった。
「今作は、一人の女性の周りに同棲相手や恋人、そして男ともだち……と男性たちがいる話だとは考えていなくて、神名というクリエイターが人間たちの中で何を発見し、個を確立していくかというお話だと捉えています。同棲相手である彰人が、神名の集中する仕事ゆえのズボラさ、いい加減さを細かく指摘するシーンは、原作にもなかったものを付け加えました。自分も近いので(笑)。電気を消さないとか、チョコレートを食べたらそのままとか、気になるタイプとならないタイプがいますよね。彰人は気にするタイプで、神名は何かに集中すると気にしない。一緒に暮らすってそういうことなのかなと。井上さんはとてもフラットで誠実な方なので、彰人の暮らしの中の細かい注意を、優しさからやっているように見せてくれました。だからこそ、神名にはだんだんそれが苦痛になっていく、その過程がリアルで二人がずれていく悲しさが伝わってくるんです」
中島歩は、三島監督が「いつか一緒に映画を作りたい」と熱望していた俳優の一人だった。
「中島さんは声と言葉選びに特徴があると感じていまして、人と違うテンポを見せてくれる方です。今回は、大学病院の勤務医ですから、エリートでインテリ層、周りにいないタイプの女性である神名を面白がっていて大好きであるという役をお願いしました。演技はもちろん素晴らしいのですが、実はそれ以外にもこんなことがありました。ある重要な台本8ページにも及ぶ長いシーンがあるのですが、繊細なお芝居なので、段取りでいろんなパターンを試してみました。ハセオ役の成田凌さんがあるパターンを演じてくれたときに、私が「いいですね」と言うと、中島さんがいつの間にか私の横にいて、演出助手のような目線で「成田さん、かっこよかったですね」とうなずいてくれたりして(笑)。一緒に作り上げる時間を共有できて、豊かな時間でした」
神名とハセオの大学時代の映画サークルの先輩・岩佐役には、三浦貴大を起用。『繕い裁つ人』以来、11年ぶりのタッグとなる。
「岩佐は、神名とハセオの二人のことを一番見ている人です。神名に対して、「ハセオのことが好きな人間からしたら一番鬱陶しい存在」と言い放つのですが、それってつまりは自分のことなんですよね。彼はハセオのことが好きな存在ですから。しかも、「魂をむき出しで生きてる」など、日常ではなかなか言わないような非常に文学的なセリフを言うのですが、三浦さんはそれを説得力のある形で成立させてくれました。岩佐自身も傷ついた経験があるから、壊れた経験のある二人のことが分かる。スケジュールが厳しいと言われながらも、岩佐の役に三浦さんを熱望しましたし、キャスティングは全員自分の希望となった幸せな監督だなと思います」
神名の大学時代の友人・美穂役には咲妃みゆ、美術館のキュレーター役に池畑慎之介、映写技師役に余貴美子と、個性豊かな俳優陣が脇を固める。
「咲妃さんは舞台でずっと拝見していて、動きを説明するだけで意図を理解してくれる想像力と表現力の豊かな役者さんです。池畑慎之介さんは、映画『乱』はもちろんですが、舞台『越路吹雪物語』で越路吹雪さんをやられていて、しなやかで繊細なお芝居と凄みのある存在感に圧倒されました。今回は、審美眼が鋭い存在として、優しくも厳しい言葉をきちっと投げてくれるキュレーター役にぴったりだと思いました。そして、余貴美子さんは、私の助監督時代からのミューズです。今回は余さんのために、映写技師という映画の神様のような役を作ってもらいました。余さんに「映画の神様の役です」とお伝えしたら、「どんな髪型にすればいいんですか」と迷いながらも自前でかつらを用意してくださって。特徴的な眉毛のメイクも考えてきてくれました。かつてロマンポルノの女優だったらしいと噂されている……みたいな裏設定も話し合ったりして、本当に魅力的なシーンになっています」
そして、キャストの話から、三島監督自身のキャリアにまつわる思いがけない話へと話題は広がっていく。ある名優が雑誌連載の中で、三島監督について言及していたというのだ。
「週刊文春に山﨑努さんの連載があり、編集者で俳優の菊地荒太さんがお話を聞いているのですが、その中で、菊地さんが『男ともだち』の話をしてくださって、神名とハセオがラーメンを食べるシーンを褒めてくださったんです。その流れで菊地さんが「監督は三島有紀子さんです」と伝えたら、山﨑さんは「知ってるよ、その人。NHKを辞めたばかりの頃で、これからフリーで監督やりたいって演出の勉強してたんだ。そうか、頑張ってるのか」とおっしゃってくださって……。とても感激しました」
三島監督には、助監督時代のある思い出があった。
「単発ドラマの現場で、山﨑さんとご一緒する機会がありました。私は、山﨑さんの一挙手一投足を見逃したくないと思って、かぶりつくようにお芝居を見ていました。山﨑さんの役がどういう人間なのかを、帝国ホテルのラウンジでみんなでずっと話したことがあったんです。私が後ろの方からおそるおそる「太陽みたいな人なんじゃないでしょうか、気が付いたらその人の元に人が集まってくるような。でも熱くて近寄りたくない人もいたりするような」と言うと、山﨑さんが「それだ! この男は太陽だ!」とおっしゃって。じゃあデニムとシャツを渋い赤にしようと衣装が決まったり。助監督の意見にも耳をすましてくださり、本当にうれしかったのです」
名優との出会いから長い年月を経て、今も映画を撮り続けている三島監督。その歩みの先にある最新作『男ともだち』の公開まで、あとわずかだ。
脚本・監督/三島有紀子、プロデューサー/市橋浩治
元彼氏役/田中爽一郎、ラインP/田中佐知彦
撮影/関 瑠偉、録音/浦田和治
スタイリスト/中村もやし、メイク/安藤メイ
編集/澤井祐美、音響効果/柴崎憲治
助監督/中村幸貴、制作/山口真凛
「たばこのマナーを守る。」ヒコロヒー篇はこちら
11月6日(金)新宿ピカデリー他にて全国ロードショー
30歳目前、人生に行き詰まるイラストレーター・神名(松岡茉優)と“男ともだち”・ハセオ(成田凌)の曖昧で確かな関係性を綴る千早茜の同名小説を三島有紀子監督が映像化。京都、富山、広島――あの頃も今も変わらない温度で接してくれるハセオと過ごす“3つの夜”が、神名の人生を大きく変えていく。
配給/ハピネットファントム・スタジオ
(C)2026『男ともだち』製作委員会
映画『男ともだち』公式サイトはこちら
写真(上から1・3・4枚目)/朝倉 健(アフロスポーツ)
※写真はすべてJTマナー広告の動画撮影時に撮影したものです。
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