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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/野呂美帆

人と人の縁が紡いだ映画のこと。

大寒波に見舞われた洞爺湖での撮影のこと。

 三島監督が自主映画として手がけた最新作『一月の声に歓びを刻め』の公開日が2024年2月9日に決定した。出演は、前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔の3人。今までにない意外な組み合わせは、監督の声に呼応した人たちとの縁によって実現した。

「麻紀さんには洞爺湖の湖畔に一人で暮らすお料理好きのトランスジェンダーのマキという役を演じていただきました。脚本を書いた時から、この役は麻紀さん以外にいないと思っていたので、麻紀さんをモデルにした長編小説を書かれている小説家の桜木紫乃さんに間を取り持っていただきました。桜木さんとは個人的に仲良くしてもらっていて、私が桜木さんの小説を原作とした『硝子の葦』のドラマを撮った時に、何か通じるものがあったのでしょうか、それ以来、親しくしてもらっています」

まさに、

この物語に

必要な人だった。

三島有紀子

 出演依頼のために監督が赴いたのは、目黒にあるホテル雅叙園東京。実は初対面そのものがどこか映画的だった。

「雅叙園に赤いバラの花束を抱えて、麻紀さんを口説きに行きました。2時間ほどいろいろなお話をしましたが、お会いする前から抱いていた“唯一無二で孤高の人”という印象は変わりませんでした。深作欣二監督の現場の話や、遠洋漁業の外国船に侵入して営業した話、どれも命懸け。修羅場を何度もくぐりながら生きてきた人生を面白可笑しく話してくださいましたが、その奥に、無数の傷が見えた気がしました。やはり一度、自分の肉体を葬ったことのある人だな、そう思ったんです。まさにこの物語に必要な人だと考えました」

 洞爺湖で撮影が行われたのは2023年の初頭。極寒の中での撮影となった。

「雪原での麻紀さんの慟哭は、私も含めてスタッフ全員が麻紀さんの覚悟に敬服しました。ちょうど大寒波が来ていて、体感としてはマイナス二十度を超えていたと思います。冬の一月末は日が出ている時間が短いですし、誰も踏み入れていない純白の雪の上を歩くことが大切なシーンでしたから、ワンテイク(一回だけの撮影)で挑みました。80歳の麻紀さんが雪深い中を倒れてもこけても進んでいき、本当は届けたかった言葉を叫ぶ姿は、本当に美しく、心揺さぶられました」

よろめいて

倒れそうになり、

思わず抱きしめる。

三島有紀子

 現場では、さまざまなやり取りを経て、強い信頼関係を築いていった。

「凍えるような寒さの中、麻紀さんが『merde(メルドー)!』と叫ぶんです。麻紀さんはフランス語も堪能で、merdeはクソったれという意味のスラングなんですね。きっと私がわからないと思って叫んでいらっしゃったと思うんですけど、実は、なぜか意味がわかるという(笑)。いろんな対策をしていても、あの寒さだとメルドーと叫ぶしかないですよ…ほんと、すみません」

 三島監督は、わからないことにしておいた方が都合がいいので、わからないふりを続けたという。後に監督が実は意味をわかっていると知ったカルーセルは「愛があるから言える」と、監督に聞こえるよう話し、ウィンクした。

「雪原のシーンの後、麻紀さんがよろめいて倒れそうになり、側にいた私が思わず抱きしめるという瞬間がありました。『やだ、監督優し』と見つめてくださり、お顔が本当にお綺麗で、胸が騒いで恋が生まれました。その後、船で撮影中、甲板が凍っていて、今度は私が足を滑らせて後ろに転んでしまい、あわやというところで照明部の津覇実人さんに抱きとめられるということが。残念ながら恋は生まれませんでした(笑)」

 劇中に登場するマキの自宅は、『しあわせのパン』などにも携わった三島監督が敬愛するある人物の別荘を借りた。

「この映画の脚本を考えているときに、フードスタイリストの石森いづみさんから『今度あの別荘を壊すのだけど、何か撮影に使う?』と声をかけていただきました。運命的ですよね。すぐに『使います!』とお返事しましたし、この映画全体にも参加していただきました。石森さんと料理を考える時、その人物がどんな人生を送ってきて、どんな哲学で生きているのかを一番時間をかけて話し合います。マキを元船乗りという設定にしていたので、部屋の飾り(いろんな国のものが置いてある)に必要なものも貸してくれました。そんな感じで石森さんには料理が出てこないシーンでも参加してもらって」

三島有紀子

「例えば、マキが過去に沈むシーンでは、石森さんの作ってくれたご飯を食べながら、どんな照明や撮り方をするか、スタッフみんなでアイデアを出し合いました。石森さんのご飯や気概に支えられた現場と言っていいかもしれません」

 物語は洞爺湖から始まり、八丈島、そして大阪の堂島へと舞台を移していく。なぜ、三ヵ所の物語は紡がれたのか。

「八丈島の雄大な海と大地、大阪のエネルギッシュな街と人々、洞爺湖の幻想的な雪の世界を背景に、方舟をテーマに罪と赦しを見つめようと考えました。島というのは孤立した存在。それを結ぶのが船であり、太鼓であり、人の声なのかなと。本来どこにも届かない声が、もしかしたら遠く離れた別の誰かに届くのかもしれないということを信じたかったのだと思います」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。昨年はイタリア各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。ドキュメンタリー映画『東京組曲2020』・短編劇映画『IMPERIAL大阪堂島出入橋』が全国順次公開中。最新作『一月の声に歓びを刻め』が2024年2月9日に公開予定(予告編はこちらから)。【公式HP

撮影/野呂美帆