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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/野呂美帆
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/シューズ¥23,100、BONDI 7(ボンダイ 7)HOKA ONE ONE(ホカ オネオネ)

新作映画と、思い出の味のこと。

地元の街にまつわる、ある出来事のこと。

 新作映画の舞台となるのは、三島監督の生まれ育った街、大阪・堂島。ある出来事が、その映画を撮る大きなきっかけになったという。

「実家の近所に家族で通っていたインペリアルという洋食店があり、コックは3歳の頃から一緒によく遊んでいた幼なじみでした。今年5月、施設で暮らす92歳になった私の母が“インペリアルのハンバーグが食べたい”と言ったんです」

 三島監督は、幼い頃から慣れ親しんだ店の味を思い出す。

「先代のお父様はだいぶ前に亡くなられてしまいましたけど、帝国ホテルで修行を積まれていた方で、私は小さい頃からこのお店のハンバーグや海老フライが大好きでした。決め手はデミグラスソース。社会人になって東京に出てからも、幼なじみの彼が跡を継いだインペリアルに食べに行っていました」

私の家族の時間と共に、

存在していた

お店でした。

三島有紀子

「よく覚えているのは、助監督として参加した真夏の京都での撮影を終え、東京に帰る途中に大阪へ寄ったときのことです。撮影で完全にバテていて、いつ監督になれて映画を撮ることができるのかわからない中、悶々としていました。"これはもうインペリアルのハンバーグを食べなきゃ"と5年ぶりくらいにお店に向かったんです。日焼けで真っ黒になっていた私は、彼の奥様に席へ案内されて、ハンバーグと海老フライを食べたんです。それはもう、おいしくてキラキラと輝いていました。逆にちょっと泣けてきたんですよね。幼なじみは着実に人生を進んでいて、こんなにおいしい洋食を出している。この頃はお元気で厨房に立っていらっしゃったお父様も幼なじみも声を掛けてこなかったので、"もしや気づいてないのかな?"と思って会計をすましたら、帰り際にエプロンを外した幼なじみが店から出てきて"えらい強そうになったな"と声をかけてくれました。真っ黒になった私を見てそう思ったのか、もしかしたら、元気づけようとしてくれたのかもしれません。おいしい味とあたたかな心が嬉しくて“ごちそうさま”と伝えると、家族皆が出てきてくれて、いつまでも手を振って見送ってくれたという思い出があります。 小さい頃は家族で食べに行っていましたし、母はここでおいしいハンバーグの作り方のコツを教えてもらいました。私が上京した後も、母は父や近所のお友達と一緒にインペリアルに通っていたそうで、昔から私の家族の時間と共に存在していたお店でした。そんなインペリアルのハンバーグを、施設の母に持っていって食べさせてあげられないかなと、幼なじみに相談するためにお店へ向かったんです」

 久しぶりにインペリアルを訪れた三島監督は、そこで大きな衝撃を受ける。

「大阪駅から実家の前の通りを歩いて、多くの店や家が失くなってすっかり変ってしまった街並みを見ながら店にたどり着いた時、心臓が止まりそうになりました。“閉店のご挨拶”と書かれた紙がドアに張ってあり、中はがらんどうになっていたんです」

建物が取り壊される前に

撮影して、記録して

残しておきたい。

三島有紀子

 インペリアルは2020年6月に閉店。三島監督は幼なじみと連絡を取り、閉店の経緯を聞いたという。同時に、ハンバーグについて相談をしてみたのだとか。

「“あまり食べることもなくなった母が食べたいと言っている”という話をしたら“作る!”と言ってくれて、そこからどうやったら施設の皆様に迷惑をかけずに、母が食べやすい形にできるかというのを、研究してくれたんです」

 こうして1ヵ月後、三島監督は、幼なじみのこしらえてくれたパンに挟んで食べやすくしたハンバーグを施設に持っていった。

「コロナ禍なので面会はできず、施設の方にお渡ししたんですが、“このところ食欲がなくて…パンは口内の水分を奪われるので食べないんですよ”とおっしゃって、“じゃあ食べられないですかね”なんてやり取りをしていました。ところが次の日、“あのハンバーグ、お母様全部食べられました!”とメッセージをくださり…。それを知らせたら、幼なじみもすごく喜んでくれました」

 お礼をかねて再び幼なじみと会った三島監督は、彼の心の奥にあったお店に対する想いに触れる。

「彼も家族もお店を続けたいと思っていたけれど、泣く泣く手放したそうなんですね。世界中で、コロナ禍に多くのものが失われました。堂島でも、持ちこたえられなくなった個人の商店や家が売りに出され、新しいビルへと姿を変えました。せめて、このお店の建物が取り壊される前に撮影して、記録して残しておきたい、ここで映画を撮りたいという強い想いが湧き上がったんです。 一方で、幼なじみからデミグラスソースの味は残していると聞き、ひとつの希望を見つけた、と思いました。お父様から受け継がれ、55年の間、野菜やお肉を足しながら続いてきたデミグラスソースの味です。モノづくりをしている人間が、ホーム(店)を失い、最後のお客さんがいなくなっても、自分がいままで作り続けた核となるものを持ってさえいれば、またいつでも作ることができると信じられる。そんな物語を描こうと思いました」

三島有紀子

 監督がオリジナルの脚本を書き、幼なじみや気心の知れたスタッフ、最高のキャストの力を集結して、1本の作品が完成した。まるで私小説のようなその映画は、36名の映画監督が手掛けた作品を4シーズンに渡って上映する短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)」の1本として、2022年に公開される。

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』『よろこびのうた Ode to Joy』などがある。
【公式HP】https://www.yukikomishima.com

撮影/野呂美帆
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/シューズ¥23,100、BONDI 7(ボンダイ 7)HOKA ONE ONE(ホカ オネオネ)