洞爺湖で滞在した特別な宿のこと。
八丈島で撮影した新しい映画のこと。
撮影/野呂美帆
スタイリング/谷崎 彩
衣装/シャツワンピース Marmot マーモット(デサントジャパンお客様相談室 0120-46-0310)、
シューズ SUBUxELEY KISHIMOTO(MACH55 Ltd. 03-5846-9535)、その他 スタイリスト私物
洞爺湖で滞在した特別な宿のこと。
八丈島で撮影した新しい映画のこと。
三島監督には、洞爺湖を訪れるたびに数泊する定宿があった。1日に一人しか泊まれない一棟貸の「ゴーシュRIN」では、いつも心地よい時間の流れに身を委ねている。
「小高い丘にあるこの部屋からは眼下に洞爺湖を望めるんです。あふれる光芒が天から降りたり、月の光が道となって湖面に現れたり、刻々と変化していく湖をずっと眺めては、ゆっくりとコーヒーを淹れたり、詩集を読んだり。ここでは、すべての行動がひとつひとつ尊いものに感じることができるんです。コーヒー豆を挽く時間はまるで何か祈りの儀式のようですし、詩集のページをめくる音も愛おしさが湧いてきます。ストーブに薪を焚べた時の燃ゆる匂いや、ソファーに深く腰掛けて触れる布の感触、すべての瞬間が自分を豊かにしてくれる時間の積み重ねなんです」
自然の音以外は何も聞こえず、
世界に一人かもしれないと
思う瞬間がある。
誰とも会わず、ただ一人。その滞在は、三島監督にとって自分との対話の時間でもある。
「自然の音以外は何も聞こえなくて、ふと、世界に一人かもしれないと思う瞬間があります。普段は仕事で打ち合わせをしたり、何気ないおしゃべりをしたり、多くの人と関わっていますが、たくさんの言葉が頭の中に入ってくるにしたがって、だんだんと整理が追いつかなくなり、複雑な感情が生まれてくる時があります。そういうときの行動って、きっと良いものにはならない気がするので、前にも言いましたが、余分なものを削ぎ落として、自分にとって大切なものを確認する時間が必要なんだと思うんです」
それは、まさに人生の小休止。ひと息つくことで、新しく何かが始まることもある。昨年末から今年の頭にかけて、三島監督はそんな映画を撮影していた。
洞爺湖の中島、大阪の堂島、そして、八丈島。三島監督は、“島”と名のつく場所を舞台にした三連作に取り組んでいた。脚本には、自身のパーソナルな出来事を落とし込んでいったという。
「人にはそれぞれ心の傷や重りになっている経験があったりします。今回の映画は自分のそういった部分を主軸に物語を考えていきました。いいことも悪いことも、それを背負って進んでいく、そんな素直な映画を作りたいと思ったんです」
昨年末に八丈島で撮影した一篇は、ひと息つくことによって、人の視点が少しだけ変わる物語を描いている。
人生の分岐点で、
ほっとひと息つくことによって、
その後の生き方も変わってくる。
「例えば、自分の愛しているものや、大切なものを傷つけられたら、それを守ろうと怒りが生まれて攻撃的になってしまうことってあると思うんです。でも、その感情の昂りをそのまま相手にぶつけていたら、社会は成立しないし、誰も安心できる世界で生きていけないし、そもそも怒りの矛先は本当にそこなのか冷静に問い直す必要がある。そんなときに、お花でもコーヒーでもたばこでも月でもいいんですけど、何かほっとひと息つく瞬間があれば、怒りの感情の呪縛から解放され、今まで見ていたものをちょっと違う角度で見られたり、もっと広い視野で捉えられたりするきっかけになるんじゃないかなと思いました。それは別に嗜好品じゃなくても、誰かが声をかけてくれたりするみたいなことでもいいのかもしれません。人生の分岐点で、ほっとひと息つくことによって、その後の生き方も変わってくる。人はどんな時に武器を持ち、武器を捨てるのか…大袈裟かもしれませんが、思い込みに縛られないで、武器を捨てよ、対話をしよう、ということが見つめられたらいいなと」
八丈島編の主なキャストは哀川翔、松本妃代、原田龍二。3人による家族の物語が繰り広げられる。
「島で牛飼いの仕事をしている哀川さんのひとり娘(松本さん)が東京から5年ぶりに戻ってくるところから物語は始まります。原田さんは血がつながっていませんが、哀川さんの弟分的な役どころです。
哀川さんは、多くの作品を拝見していて、あげたらキリがないわけですが、黒沢清さんの『勝手にしやがれ!!』シリーズ、そして三池崇史さんの『DEAD OR ALIVE 犯罪者』、特に『DEAD OR ALIVE 2 逃亡者』のきつねうどんを食べるシーンのお芝居で心に大きなものが撃ち込まれました。実際にご一緒した哀川さんは、とても繊細なお芝居をする方で、多くの細かいリアルな演技の積み重ねをしていかれます。もちろん外連味を欲しがればキャメラに対して完璧な角度で決めてくださいます。映画はactionである、とよく言われますが、動きで表現することの大事さが身に染みついた肉体、いや存在自体が映画的な方でした」
「原田さんの役は、この作品のテーマをそのままの表現でなく、違う台詞で表現しなければいけない難しい存在です。言葉に広がりを持たせてくださる方、そして身体能力も高い方ということで原田さんにお願いしました。松本妃代さんは、脚本の読解力に独特のものがあり、脚本を書いている私自身が言語化できなかったことを言葉にしてくれたところがありました。この作品の撮影は、冬の八丈島で行われたのですが、すべてのキャストとスタッフが、スケジュール内でいいものを撮りあげることだけに集中できた、豊かな時間だったと思いました。監督として幸せです」
三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)『IMPERIAL大阪堂島出入橋』(「MIRRORLIAR FILMS Season2」の一篇としてDVD発売中!)など。今春、緊急事態宣言下(2020年)の自分達の姿を役者たちと記録したドキュメンタリー映画『組曲 うつしだすこと』が公開予定。【公式HP】
撮影/野呂美帆
スタイリング/谷崎 彩
衣装/シャツワンピース Marmot マーモット(デサントジャパンお客様相談室 0120-46-0310)、
シューズ SUBUxELEY KISHIMOTO(MACH55 Ltd. 03-5846-9535)、その他 スタイリスト私物