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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/伊東隆輔
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/HaaT(ORJ/ISSEY MIYAKE INC. 03-5454-1705)

新しいドラマについて、思うこと。

半径5メートルから、世界を見るということ。

 三島監督がチーフ演出を務める連続ドラマ『半径5メートル』の初回が、4月30日(金)22時よりNHK総合にて放送される。舞台となるのは、女性週刊誌の編集部。芸能ネタのスクープを追いかける“一折班”から、生活情報が中心の“二折班”に異動することになった芳根京子演じる編集者・風未香(ふみか)の成長が描かれる。

「週刊誌のお話ですが、身のまわりの半径5メートルで起こることをネタにする二折班と呼ばれる部署の編集者とライターのお話です。コロナ禍で自分のまわりの半径5メートルをあらためて見直しましたし、その中で“モヤモヤ”とした納得いかないことや、“なぜ”と思うことに、大切な何かがあるように思います。モヤモヤは政治や社会とつながっていることも色濃く浮かび上がりましたしね」

一次的な情報を

鵜呑みにするのは

怖いこと。

三島有紀子

 ドラマのタイトルは、三島監督が取材を重ねていく中で感じたことがきっかけになっている。

「暮らしを豊かにする情報だったり、自分の生活に関係することだったり、二折班は半径5メートルの世界を大事にしていると思ったんです。取材していて印象的だったのは、女性の編集者の方がおっしゃった“どんな嫌な感情も無駄じゃない”という言葉です。私たちが脚本を作る時もそんな話をよくしますが、自分たちの目線で自分の中に生まれるいろんな感情を大事に見つめる。政治家や芸能人など、天を翔ける人たちを追いかけるのではなくて、自分たちのような地を這う人たちのことを考えたり、共に悩んだりするのが二折なんだと思いますね」

 二折班には、永作博美演じる型破りなベテランライターの宝子(たからこ)を筆頭に、個性的なメンバーが顔を揃える。それは多様性が認められている世界を象徴しているのだという。主人公の風未香は二折班に異動したことで、半径5メートルの世界から社会を多面的に捉える術を学んでいく。

「二折を、コロナ後のひとつの理想的な職場にしてみようと考えました。いろんな多様性が認められていて、それぞれの個性が重んじられており、個々人が一つの出来事をさまざまな視点で見ながら深く掘り下げた記事を書くことができる。そんな人たちの姿を通して、一つの情報を受けとった時に多面的に捉えて、しっかり考察するという“視点”を視聴者の皆さまに楽しく提案するのが、このドラマでやりたいことの一つです。一次的な情報を簡単に鵜呑みにするのは本当に怖いことだと感じるんです」

すべてが

半径5メートルに

詰まっている。

三島有紀子

 三島監督は、これまでも身近なテーマを題材にさまざまな映画を撮ってきた。

「“女は半径5メートルの映画を作ってればいいんだよ”と言われたことがあります。それはマイナスの意味で使われていましたが、むしろ社会や政治も含めて、すべてが半径5メートルに詰まっていると考えています。私自身は、そういう身近なところから社会を見ることがとても大事だと考えていました」

 最新監督作の『Red』では、恋愛に絡めて女性の自立が描かれた。

「私の映画はいつも個人的な問題から始まり、その背景として社会問題が浮かび上がることを理想としています。永続的な日常の中の人間にある軋み……日本社会で疲弊した心や壊れた関係は、何に救われていくのか。はたまた救われることもないのか。自主映画、そしてドキュメンタリーを作っている時からそうでしたが、自分の身の回りで起こることや経験したことから今の社会を見つめるという作品が多いですね。企画を考える時も、今の時代背景と照らし合わせながら、普通に生きている人々の営みの中から何が見えてくるのかをいつも考えています。 NHKに在籍していた頃に作ったドキュメンタリーも、大阪の小さな街を舞台にした高齢の女性と小学生の文通を追いかけていき、そこから高齢者問題だったり、都会における子育て環境の問題だったりが浮き彫りになってくるというものでした。そういった地を這うように物事を見る目線は私がずっと持っていたもので、今の時期にこそドラマを通じて発信したいと思ったんです」

 コロナ禍では、半径5メートルの世界が見直されたようにも感じる。

「『上を向いて歩こう』という元気になる歌があります。好きな歌ですが、今、自分がとても感じるのは、下を向くことで見えてくるものもあるということかな。道端に今まで気づかなかった昼顔の花が咲いていたり、紫蘇の葉を見つけたり、水たまりに映る月を眺めたり。そこから今、自分がモヤモヤしていることや“なぜ”と思うことを考えていけば、社会や政治の問題も見えてくる。つまり、すべては自分の周り半径5メートルとつながっているということです。今回のコロナで、その思いはより強くなりました」

三島有紀子

 ドラマは、三島監督の体験もベースになっている。

「かつて実際に言われたことのあるセクハラやパワハラ的な言葉だったり、プロデューサーも同期の女性なので、いろいろみんなで経験を話しながら作っています。それから、メディアってとても影響が大きいですよね。映画は自分が感じたことを、社会とつなげて見つめる作業なのかと思います。自分も発信者のひとりとして、個人が持つ感情を通して、多面的で深い考察を目指しながら、発信することの責任の重さを含めて見つめたいと思います」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数を受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』などがある。NHKドラマ10『半径5メートル』(脚本:橋部敦子、出演:芳根京子、毎熊克哉、真飛聖、山田真歩/北村有起哉、尾美としのり、永作博美ほか)が4月30日(金)22時からON AIR。

撮影/伊東隆輔
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/HaaT(ORJ/ISSEY MIYAKE INC. 03-5454-1705)