人的資本経営の専門家・田中弦さんが登場。
―― 今回は、若いビジネスパーソンが自らの「人的資本(個人の能力・経験・知識など)」を自覚し磨いていくために、どのようなことに取り組めばいいのかを伺います。そもそも今なぜ、日本の組織で「人的資本」の重要性が高まっているのでしょうか。
田中 戦後の日本の組織は、基本的に一律同質の再生産、前例踏襲こそ良しとされてきました。高度成長期にはそれが企業の強化にもつながっていましたが、現在は社会もマーケットも急激に変化し、個人の才能も多様化しています。制度疲労的な問題が起こる組織も増えてきた結果、ここ10年ほどでやっと、「人」が「コスト」から「投資」の対象に変化してきた印象があります。
佐藤 現在主流派の経済学では人がコスト扱いですが、『資本論』の中でマルクスは、人間しか価値を創れないと述べています。労働力をコストと見なして短期で使い潰せば、一時的な利益は増えても、長期的には価値の源泉が弱体化してしまう。働き方改革だって、優しさや甘やかしじゃありません。あくまでも企業の利潤率を上げるため。子育て支援も次世代の労働者をつくるため。会社は決して仲良しクラブではないのです。
田中 おっしゃるとおりです。日本で従業員を大切にするというと、大きく2種類あると思っています。一つは今、佐藤さんがおっしゃったような、終身雇用的な方針。もう一つが、個人の才能も生産性も伸ばしていこう、もちろんリターンもあるよ、という方針。後者のほうが人的資本経営に近いですね。
佐藤 前者の仕組みが最も端的に現れたのが、旧三公社五現業でしょう。特に国鉄。サボることが資本主義に対する革命だという考えのある労働組合だったから、生産性はどんどん衰えていき、結果的には民営化という大鉈をふるわないといけなくなった。
旧ソ連だって、ある意味ではすごく労働者を大切にしている国でした。働いてもサボっても同じように守られていた。だからみんな手を抜く。商品の品質管理なんかしません。店で売られている牛乳は腐っているし、ビールやジュースの瓶は洗浄不十分で、底にネズミの糞が沈んでいる。「プーチン政権になって何が良かった?」という質問に「ネズミのうんこの入ってないジュースを飲めるようになったこと」と答えている人もいました。労働者をスポイルし続けるとそうなります。
田中 そういった状況に意見する人はいないんですか? 改善案を提案したり、新鮮な牛乳を売ろうとしたりする人は。
佐藤 いるにはいるんですが、周りからものすごく嫌われます。例えば工場であれば対前年度基準でノルマが決まるから、うっかり生産性を上げると、ノルマも上がるんですよ。個人ではなくグループ単位ですから、その工場で働くみんなに迷惑がかかる。
田中 人類初の宇宙へ行った国なので信じがたい思いです。
佐藤 そういったエリートには平均の給料の5倍ぐらい渡した上で、共産党書記長がものすごく褒めます。それが彼らには何よりのモチベーションなんです。今でもロシアは同じですよ。アメリカに渡れば5億もらえるような仕事を、2,000万円くらいでやっているエンジニアがたくさんいます。そもそもロシアの平均年収の8倍の金額ですし、なにより彼らはプーチンに「ありがとう。君たちのおかげだ」と言われることが一番の誉れなんです。そういう優秀な人を相当数つくることに成功している。
田中 その教育の仕組みを生み出したことがすごいです。
佐藤 まさに人的資本に気づいたんですよね。ただ、そういう突出した人物はいないけれど、そこそこのエリート層を厚くつくっているロシア型と、逆に新自由主義が行き詰まって格差が極度に拡大しているアメリカ型、日本はどちらも馴染まない気がします。そもそも日本の場合、人によって10倍もの給料差があったら組織がうまく回らなくなるんじゃないかと。
田中 それはなぜですか?
佐藤 足の引っ張りあいが激化するんです。
田中 いわゆるプライム上場企業では、積極的な賃上げが進んでいます。昔はどの組織もだいたい平均年収が決まっていたけれど、だいぶ離れてきた気がします。もっとも、まだ10倍ではありませんが。
佐藤 その方向で進むのか、抑制が働いてくるのか。特に、中小企業ですね。日本の中小企業は、株式会社であっても実態は協同組合に近いところがあります。それは適性という意味において、競争に強くない人をすくい上げる仕組みにもなっています。要するに、生産性の低い人も会社が飼ってくれている。良く言えば、ワークシェアリングはできている。
リスクが大きい。
田中 アメリカの調査会社が毎年世界中の企業のエンゲージメントスコアを発表していますけど、それを見ると日本は統計上、先進国の中で最低レベルです。さらにはリスキリングなど自己投資もしてない国と言われています。でもこれは数字のからくりがあります。海外では雇用流動性が高いため会社が嫌いな人は辞めて他に行くので、会社が好きな人しか残らない。おのずとエンゲージメントスコアは上がります。日本は辞めないんですよね。昔はそれが日本の組織の強みにもなっていたんですが。
佐藤 軍隊、学校、工場も同じシステムです。だから、いざ戦争になったときは、大嫌いな組織だけど、よそ者に侵略されるよりはマシ、と団結する可能性があります。
田中 たしかに。そこは日本組織の面白いところですね。
佐藤 住専の頃を思うと、長銀にしても日債銀にしても、経営のトップはよく最後まで逃げずに頑張ったと思います。海外のメガバンクで同じことが起きたら、みんなすぐに逃げますよ。刑事裁判で無罪を勝ち取ったって何もいいことない。さっさと飲み込んで新しい人生をはじめたほうが絶対に得なのに。もっとも、だから外資に関わられて余計大変な状況に陥ったともいえるけれど。
田中 実際に企業を見ていても、危機的状況に陥ったときの団結力は強い。それが良い方向に行くときと、悪い方向に行くときはあるのでしょう。ただこれだけ先の見えない時代だと、やはり硬直した組織はリスクが大きいとは思ってしまいます。
佐藤 「人的資本経営」の考え方は、中小企業にまで広がりを持ったときに本物になると思います。中小企業がこの方法で生産性を上げることに成功できれば、日本のGNP(国民総生産)もボトムから変わってくるでしょうね。
田中さんの本を読んでいて、海外のいろいろなマネジメント理論や経営学の理論をうまく日本の文化に土着化させているところも、とても興味深かったです。
田中 僕がずっと追っているテーマは「多様性」なんですが、日本ってもともと、いろいろな国の文化を取り入れてアレンジして根付かせるのが上手じゃないですか。なのにここ40年くらいで異常に同質化され、出る杭は打たれる状況になってきました。今がちょうど、そこから脱却するポイントにあるんだと思っています。
佐藤 この40年間の同質化は、中曽根政権の行革から始まって以降のずっと一貫したトレンドだったのだと思います。LGBTQ+に関しても、日本はもともとお稚児さんという伝統がありました。江戸幕府第5代将軍の徳川綱吉は男色家で、寵愛を受けていた柳沢吉保が側用人から大出世をしたのも公然の秘密です。珍しいことでもなんでもなかった。もともと日本にあった多様性が失われて、逆に海外型のLGBTQ+の概念が入ってきているから、あまり馴染んでいないのでしょう。コンプライアンスにしても、評価システムにしても同じです。
より価値を生む時代。
―― 多様性を担保するには何が必要なのでしょうか。
田中 経営者が10人いたとして、今まではだいたい10人が同じような人を選んでいました。でもこの変化の時代に対応するには、2割くらい毛色の違う人も入れていく必要がありますよね。
佐藤 社外取締役とかですね。
田中 まさに、社外取締役の責任や権限が強くなってきているのはいい傾向だと思います。
佐藤 イスラエルには「悪魔の弁護人」という制度があります。中世の魔女裁判の際に、魔女に弁護人をつけたという逸話から来ているのだけど。第4次中東戦争の最中、インテリジェンス機関のモサドはアラブ連合軍が攻めてくるという情報を入手しました。ただその日はヨム・キプールというユダヤ教で非常に大切とされる祝日で、すべての人が労働も娯楽も控えて贖罪を祈る日だった。そんな日に攻め入れば、本当に宗教戦争になる。その怖さはアラブ側も理解しているはずだとして、モサド以外は「攻めてこない」と判断しました。そんな集団同質的な思い込みにより、あわや国が滅びかけた。このときの痛烈な反省から、情報機関にわざと反論を構築する「悪魔の弁護人」が制度として組み込まれるようになりました。基本路線の意見があれば、それに対する反論意見の2つの答弁書を用意して、首相に判断を委ねるというものです。
田中 あえて反対意見を並列に提出するんですね。
佐藤 真逆の意見を強制的に注入することで、基本路線の瑕疵が浮かびあがることもあります。特に役所は集団行動が得意で、序列に忠実な犬だけの同質化現象が生じやすい。
田中 佐藤さんから見ると、霞が関はどうですか?
佐藤 猫の多い役所もありますよ。例えば経産省あたりは、単年度主義の短距離走だからいろんな発想が出てくる。ただし後始末やレビューといった発想は皆無。猫的というか、焼畑農業みたいな人間がいます。
田中 焼畑農業では困りますね(笑)。やっぱり1、2割くらいは異なる性質を持つ人というのが、ほどよく同質化を防ぐバランスなのかもしれません。
佐藤 私は外務省の中では猫的だったと思いますが、私の事件以降に極端に猫が減ったのは、佐藤優という猫へのペナルティーが苛烈だったからでしょうね。左遷やクビならギリギリ納得できても、メディアバッシング3ヵ月の後、東京地検特捜部に逮捕されて7年間裁判を抱えて裁判費用2,500万円かかって、執行猶予が明けるまでに11年かかるとなると、さすがに猫も犬みたいになってしまう。私だって笑って話せるのは、今とりあえず食っていけるからです。
もっとも塀の中にいる間は、前科者の自分が作家として何冊も本を書くようになるとは思いもしませんでした。それも時代の変化ですよね。
田中 たしかに、あらゆる価値観が変わっていきますね。以前は出る杭は打たれた。そもそも若手は手を挙げる機会そのものがなかったかもしれません。でも今は積極的に手を挙げることがより価値を生む時代です。最初は結果が出ないことも、失敗もあるかもしれませんが、それで落ち込んでいたらもったいないくらいに世界は急速なスピードで動いています。「みんなと同じ」「上司の言う通り」でいるより、どんどん手を挙げたほうが面白い経験ができて、自己投資の幅も増えて、それがさらに個性や才能につながっていく。つまり人的資本としての自分を強くする好循環に乗りやすいんじゃないかと思います。
撮影/野呂美帆 構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子
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