FILT

三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/野呂美帆
※4枚目のみ(C)FEFF26_Alice Durigatto

長野県上田市の映画館の取り組みのこと。

イタリアのウディネで開催された映画祭のこと。

 映画『一月の声に歓びを刻め』の熱気は、公開から3ヵ月以上が経った今も冷めることなく伝播している。各地の劇場ではロングラン上映が続き、ティーチインやトークイベント、舞台挨拶などが開催。観客と触れ合う中で、三島監督のもとに届いたのはこんな声だった。

「自分を抱きしめてくれる映画だった、作ってくれてありがとうと多くの方に話しかけていただけました。自分の傷と他者を見つめて、徹底的に人間に寄り添えたらという気持ちで、みんなで必死に映画を作りました。映画館で観てもらえて、そう言っていただけることに、映画の原点を見せてもらえた気がしました」

小さな頃、

自分も映画館が

居場所だった。

三島有紀子

 3月には、以前から交流を深めている映画館で行われた取り組みにも参加した。

「長野県上田市の上田映劇さんでは、子どもたちの新しい居場所として、映画館を活用する取り組みをされています。『うえだ子どもシネマクラブ』といって、学校に行きにくかったり、行きたくなかったりする日は映画館へ行こうと呼びかけて、子どもたちに映画館を開放しているんです。小さな頃、自分も映画館が居場所だったこともあり、全国に広がってほしい試みだと思い、走り出しの頃から微力ながら応援していましたが、今回その『うえだ子どもシネマクラブ』で『一月の声に~』を上映していただけました。保護者の方を含めた大人たちが映画を観ている中で、子どもたちは映画を観たり、光の差し込むロビーで鬼ごっこをしたり、お菓子を食べながら友達としゃべったりしている。なんて自由で豊かな空間なんだろうと思いましたし、自分が小さい頃、映画館ってこうやって人が集まる場所だったことを思い出しました」

 子どもたちは映画を観たい時に中に入り、好きな時に出ていく。全部観た子もいれば、なんとなく途中のシーンだけ観て出ていく子もいる。そんな中、上映時間1時間58分の本作を最初から最後までじっと観ていた小さな子どもがいたという。

すべての映画から

何かしらを受け取り、

蓄積されている。

三島有紀子

「7歳くらいの女の子なんですけど、動かずじっとスクリーンを観ていました。なかなか感想を言葉にするのは難しいと思いますし、今は彼女が感じたことだけを大事にしてもらえればと思ったので、あえて何も聞きませんでした。7歳の子にとっては、わからないことも多いはずなんです。それでも、2時間近く座って観てくれていました」

 子どもの頃に観た映画の記憶は、なんらかの刻印を残す。

「私も小さい頃に観た映画に大きな影響を受けています。『赤い靴』やトリュフォー、チャップリン、スピルバーグなど、強く記憶に残っている映画もありますけど、覚えていない映画も当然あって、だけどすべての映画から何かしらを受け取り、自分の中に蓄積されている気がします」

 突然、ふと思い出す映画もある。

「『聖職の碑』という山岳遭難事故を題材にした鶴田浩二さん主演の映画があり、私は9歳の時に観ているんですね。劇中では生き残った二人の生存者が最後に尾根の向こうから力強く登ってくる朝日に照らされるシーンがあるんですが、すっかり忘れていて。でも大人になって、この映画を撮影したカメラマンの木村大作さんの監督作品を観た時、鮮明にその場面が蘇ってきたんです。黒澤作品も担当された方ですが、そのカットの積み重ねは、生き残った希望と人間の力強さを表現していました。 ワンカットかもしれないし、たった一つのセリフかもしれないけど、上田映劇で観てくれたあの子にも、何かが残ったかもしれません。それはわかりません。良くも悪くも観たものは、自分自身を形成する記憶のひとつとなっていくように感じます。いつか語りあえる日が来たとしたら、お友達になりたいですね」

 そして、本作は4月24日から5月2日までイタリアのウディネで開催された「第26回ウディネ・ファーイースト映画祭」のコンペティション部門に正式出品され、満席の劇場で上映された後には、1200人の拍手が鳴り止まなかったという。

「映画を作ればお友達ができる。黒澤明監督もおっしゃっていることです。友達作りの苦手な自分もよく思うのですが、みんなで作った映画を観てくださった誰かが喜んでくれて、話しかけてもらい、その瞬間“友達ができた”と感じます」

三島有紀子

「映画祭は友達がたくさんできる場所です。英題はVoice。いくつもの取材を受けたのですが、記者の方から「どの章も“声”の表現で人間の変化や成長を表現していた」「音の解釈も革新的だった」「エモーショナルな魂に届く詩的な映像作品」という感想をいただけました。色が大事な章でモノクロームにした理由を質問され、演出的理由として、「過去を引きずっている人間を描く」ということと「“色”が失くなることで“色”を意識して観ていただくため」とお話ししました。パーソナルなテーマをどう世界というものにコネクトしていくかなど、映画についてたくさんの“友達”と話ができ、とても豊かな時間をいただけました。素晴らしい映画祭に参加できて、すべてのみなさまに心から感謝です」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。一昨年はイタリアのヴェネツィア、ローマ、ナポリ各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。2023年、セミドキュメンタリー映画『東京組曲2020』・短編劇映画『IMPERIAL大阪堂島出入橋』公開。最新作『一月の声に歓びを刻め』が全国順次公開中(予告編はこちらから)。【公式HP

撮影/野呂美帆
※4枚目のみ(C)FEFF26_Alice Durigatto