ベルギーとイギリスでの上映会で感じたこと。
人生のキーワードをもらった、エジンバラでのある出会い。
撮影/伊東隆輔 取材・文/中村千晶
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/イヤリング flake(http://www.flake.co.jp/)、トップス スタイリスト私物、
パンツ BLESS(Diptrics 03-5464-8736)、ブーツ KATIM 03-6303-4622 Instagram@katimshoes/ #katim
取材協力/鎌倉文学館
ベルギーとイギリスでの上映会で感じたこと。
人生のキーワードをもらった、エジンバラでのある出会い。
この日、三島監督はベルギーとイギリスから帰国したばかり。『幼な子われらに生まれ』の上映が行われていたという。
「映画の上映後にQ&Aやトークイベントがあり、それに招んでいただきました。イギリスの大学で日本映画を研究し教えている方がインタビュアーで、自分のカット割の文体やリズムについて鋭い解釈をしていただいたりして、おもしろかったです。それに向こうでは日本文学も浸透しているので、『父親がちょっと変な人で、三島由紀夫から名付けられた』というと、毎回爆笑されました」
イギリスでは以前『繕い裁つ人』も上映されたことがある。海外での自作上映は、もちろん監督にとって無上の喜びでもある。
「『幼な子』は6年くらいかけて作り上げた作品なので、日本での公開が終わっても世界のどこかで上映され、この映画について語り合ってもらえるというのは本当に幸せな瞬間ですね」
Q&Aでは様々な質問を受けた。まずは「好きなイギリスの映画監督は?」という質問。
事象を描くより心情を
重点的に追う事に、強く興味が
向かっている事にも気づかされた。
「この質問には、デヴィッド・リーン監督、ケン・ローチ監督や『めぐりあう時間たち』のスティーブン・ダルドリー監督ファンなので、そう答えたり。最初に観た映画がイギリス映画の『赤い靴』ですし、気づかないうち、自分の映画経験にイギリスが影響しているんだなと思いました。特に今”事象を描くより心情を”重点的に追う事に強く興味が向かっている事にも気づかされた。イギリスのみなさまには、映画に描かれるように親権が父母のどちらかにしかないという状況が不思議だったみたいです。イギリスでは、子どもが離婚した父親と母親の家で1週間ずつ過ごす、ということもよくあるそうです。『離婚はしない方がいい』という国と『離婚することもあるよね』からスタートしてる国の温度差みたいなものを感じて、興味深かったです」
女性監督であることを意識した質問もあったという。
「『女性監督としてやっていく大変さは?』と聞かれました。でも自分では女性だからこう描いているとか、女性だから物事にこういう風に接しているという感覚はないんです。
作品には出てしまうものなのかもしれませんが。ただ、仕事場や現場では、スタッフや仕事のパートナーに女性と意識されないよう気をつけていたのですが、それに関しては馬鹿馬鹿しかったなと思うようになりました。良い意味でも悪い意味でも女性であることで目立って来たように思っていたからです。今の年齢になったというのもあると思いますが、ベルギーやイギリスのクリエイターの皆様に触れ、もっと自然でいいのかなと思いました。ただ、今回のツアーにも“フィーメール・ディレクター”という肩書きがついていたんですね」
not far away!
そんなに遠くない、
そんなに遠くないから大丈夫!
「『このフィーメールという言葉が取れる時代が来ればいいですね』と言ったら、会場にいた女性のほとんどの方がうなずいていました」
本質をつく質問にドキリ、としたことも。
「『なぜ、あなたは映画を作ってるのか』という質問がきて、改めてなぜだろう? と考えました。お金を集めたり、仲間を集めたり。大変なのに、なぜやっているんだろうって」
辿り着いたのはシンプルかつ深淵な解答だ。
「結局、自分の中に『作りたい』という衝動の芽が生まれたらそれを摘むことはできないという事。どんなに作っても『作りたい、届けたい』という思いが枯れることはない。作っている時は、悔しさから『うぉー!』って叫びたくなる事は何度もありますけど(笑)。でも好きな事をやってる訳ですから楽しいんです。一緒に作ってくれる仲間にも恵まれてきたんだと思います。映画は一人では作れませんしね。でも、もう撮りたいものがないという状態になったら監督は辞めようと思ってます。撮りたいものがなければ、監督をする必要がない。お金を貯めて、どこか留学でもします(笑)」
そして、今回のテーマは「慣れんなよ」だ。
「監督業にはまったく慣れませんね。毎回、向き合うテーマが違いますし、出演者も違います。先日、演出部についてくれた新人のインターンの男子から『監督になったら楽になるんですかね?』と聞かれて『逆だと思うよ』って話しました。監督になれば背負うものが大きいので。だけどそのぶん、楽しいし、素晴らしい景色も見られる。天国も地獄も見ることになる。その振幅の大きいラインを行ったり来たりしている感覚。それが監督になるっていうことなのかもって感じる。私はまだまだ千回くらい生まれ変わらないとダメな小者ですけど」
さらに、監督はイギリスでのあるエピソードを語ってくれた。
「今回のロンドンで良い“人生のキーワード”をもらった出来事があったんです。エジンバラで夜に劇場へ公演を見に行こうと思い、歩いて行ったんです。でも、途中で完全に迷ってしまった。そこで、会った男性に道を尋ねたんです。この人が“天使”だったんですよ!(笑)」
公演は19時半スタート。だが、道を聞いたときには19時17分をまわっていた。
「もうダメだと思ったんですが、そうしたらその人が『一緒に行こう!』と言って走り出したんです。しかも彼は走りながら『not far away!』と私に言うんです。『そんなに遠くないから大丈夫!君は間に合う!絶対に公演を見られる!』って」
まるでマラソンのメンタルコーチのようだったと笑う。10分ほど疾走して劇場に辿り着いたのが19時29分。彼は監督が無事に当日券を買い、入場するまで見守ってくれたという。
「名前も連絡先も聞いてないんです。私はその時なぜか棒突きキャンディーを持っていて、最後に『ありがとう!』と、それを渡しました。サラリーマンとかではなく、勉強をしている大学院生のような印象でした。本当に天使でしたね(笑)。なにより『そんなに遠くない』という言葉は、何をやるにつけてもとても良いキーワードだなと思いました。忘れられない言葉になったんですよね」
「まだ君はたどり着けてないけど、ゴールはそう遠くない」。新作の知らせもそう遠くない未来に聞かせてもらえるはずだ。
三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身。18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『幼な子われらに生まれ』など。上梓した小説には『しあわせのパン』(ポプラ社)、『ぶどうのなみだ』(PARCO出版)がある。2017 年に第41回モントリオール映画祭審査員特別グランプリ、第42回報知映画賞監督賞、2018年はエル ベストディレクター賞を受賞。
撮影/伊東隆輔 取材・文/中村千晶
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/イヤリング flake(http://www.flake.co.jp/)、トップス スタイリスト私物、
パンツ BLESS(Diptrics 03-5464-8736)、ブーツ KATIM 03-6303-4622 Instagram@katimshoes/ #katim
取材協力/鎌倉文学館