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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/野呂美帆
スタイリング/谷崎 彩
衣装/スタイリスト私物

八丈島で撮影した映画のこと。

ある名優から学んだこと、感じたこと。

 三島監督が取り組んでいる3つの“島”を舞台にした長編映画の一篇は、昨年の12月中旬に八丈島で撮影された。ファーストシーンの場所に選んだのは、山の上の牧場。三島監督はその場所との出会いをこう振り返る。

「自然以外は何もない山の上の草原に、牛用の水飲み場だけがポツンとあったんです。ロケハンで最初にその場所を目にしたときに、“あ、ここだ”と思いました。霧が深くて幻想的で、土着的なのにとても神々しい風景でした。この水飲み場に牛が集まってくるシーンが頭に浮かび、物語の始まる予感がしました」

動き=行動化で

表現することを

強く心がけた。

三島有紀子

 八丈島は酪農が盛んで、主演の哀川翔が扮した主人公の赤松誠も、牛飼いを生業にしている。

「島の方から、昔は各家庭に1頭は牛がいたほど生活に密接していたとお聞きして、ぜひ脚本に加えたいと思いました。一番興味深く思ったのは、太鼓でのコミュニケーションのお話です。八丈島には両面から叩く八丈太鼓という太鼓があり、お祭りなどの特別なときだけではなく、家庭でも日常的に叩かれていたそうなんですね。落ち込んでいたり、気分がふさいでいたりするときに叩いていると、隣近所から人がやってきて、もう片方を向き合う形で叩いてセッションしてくれる。とても素敵なコミュニケーションだと思い、映画の中でも八丈太鼓に登場していただきました」

 八丈島の文化や風土を入れ込み、三島監督自らの手によって脚本が完成。撮影は、あることを意識して臨んだという。

「この映画だけではないんですけど、今回は特に“動き=行動化”で表現することを強く心がけました。哀川さんは、ひとつひとつの心情や設定を繊細に動きで表現してくださいます。例えば、10年ぶりにたばこを吸うシーン。一本のたばこをじっと見て、鼻にゆっくりと滑らせて匂いを嗅ぐという動きから、火をつける動きに向かっていく。その動きで、ああ久しぶりに吸うんだなとわかるわけです」

止まらない時間の

流れの中で、

存在できる理由。

三島有紀子

「“映画はACTION(動き)である”とよく言われます。動くという身体的表現で伝えることをずっとやってこられた哀川さんは、演技、いや存在そのものがまさに映画的でした。数多くの錚々たる映画監督の要望にアジャストしてきた方でもありますから、作品が求めていることを迅速に深く理解した上で、そこから進化させてくださって、撮っていて楽しくてしかたなかったです」

 そして、こんな話も聞かせてもらった。

「流れるように溢れる細やかな身体表現に感嘆していると、哀川さんがある監督に“歌って踊れ”と言われたんだと話してくださいました。アクションもそうだけど、食べるシーンも歌って踊らないと、流れが止まっちゃうんだよな、と。なるほど、だから止まらない時間の流れの中で、存在できるんですね。しかしながら映画というのは、こうやって先輩がそのまた先輩に学ばれたことが、後輩である次の世代に脈々と伝えられていくんだなあとも思います。 以前、ある役者さんから“セリフは歌うように、歌は語るように”という言葉を聞いたことがありますが、これから“歌って踊れ”という言葉も念頭に演出したいと思いました。そういう意味でも、ひとつの出会いというものには映画界の長い歴史も含む大きなものを感じますし、今、こうして八丈島の同じ空気を吸いながら、このキャストのみなさまやスタッフと一緒に映画を作れていることが本当に幸せです」

三島有紀子

 撮影の中で、名優はこんな一面ものぞかせた。

「最終日のあるシーンの撮影で、時間がないのに丁寧に撮りすぎてしまって、私がぴょんぴょんと跳ねながら“まずい、いつものペースで撮っちゃってる!このままだと撮り切れない。撮るぞ!”と言ったんです。そうしたら、哀川さんも同じようにぴょんぴょんと跳ねながら“頑張ってもっと撮ろう!”みたいなことを言ってくださって、なんて有難くてキュートな方なんだろうと感激しました」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。『IMPERIAL大阪堂島出入橋』(「MIRRORLIAR FILMS Season2」の一篇としてDVD発売中!)をきっかけにイタリア各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。2023年、コロナ禍の東京を描いたドキュメンタリー映画『東京組曲2020』がシアター・イメージフォーラムにて公開予定。【公式HP】

撮影/野呂美帆
スタイリング/谷崎 彩
衣装/スタイリスト私物