「うつしだす世界」を紐解いていく。
三島監督が小説『男ともだち』と出会ったきっかけは、映画『Red』(2020年公開)にまつわるテレビ出演だったという。
「『Red』公開時、NHKの『あさイチ』でご一緒に出演した島本理生さんが薦めていたのが千早茜さんの『男ともだち』でした。『Red』をお書きになった島本さんがお好きな小説なら、私の中にもきっとつながる何かがあるに違いないと思って、読んだのが最初でした」
小説に登場する人物たちは、誰もが欠落しており、自分勝手で、壊れた経験を持っている。決して模範的ではない人々の姿に、三島監督はかつての体験を重ね合わせた。
「自分にも男ともだちがいました。彼は優しくもなく、女性にだらしなく、壊れたことのある人でしたが、だからこそかもしれません。私が世界からはぐれ落ちそうな、もう本当にダメだと思った夜に、「うまい飯でも食いにいこう」と誘い出して、何を話すわけでもなく、ただ隣を歩いてくれるような人でした。今はもうこの世にいません。この小説を読んだとき、人間の清らかでない部分が押し寄せる濁流のように描かれていました。でもそれらが醜いとは思わなかったんです。むしろ愛おしく感じられ、だからこそ、人間は誰かの隣にいたがり、何かを作ってしまうんだという、かけがえのない美しさに心震えました。人は清らかで幸せだから誰かを求めるのではなく、醜く欠けているから誰かを求め、何かを作る。その考えに深く共鳴しました。男ともだちを失ったばかりの自分には、この原作は必然のように思え、そして、この二人に会いたい、と感じました」
その矢先、まるで導かれるように偶然が重なる。それは、ファントム・フィルム(現・ハピネットファントム・スタジオ)の杉本雄介プロデューサーからのオファーだった。
「ファントム・フィルムで『幼な子われらに生まれ』(2017年公開)を配給していただいたご縁もあり、杉本さんから「『男ともだち』を一緒に作りませんか」と声をかけていただきました。『Red』をご覧になって、そう思ってくださったそうです。原作をあらためて三回読みました。言葉にできない距離感と感情を、映画として引き受けられるのか。自分に問い続けていたら、やがて、“すべてを燃料にして生きていく人”の姿があざやかに浮かび上がってきたんです。それで、「ご一緒に作りたいです」とお返事しました」
映画化に向けて動き出したプロジェクトは、じっくりと時間をかけて練り上げられていった。小説を映像化することの難しさは、三島監督もよく知っている。
「小説は、それだけで完成された芸術です。だから映画にするときは、まず自分がどこに心や身体が反応したのかを整理します。そこが見えてきたら、一度小説を解体して、登場人物たちと一緒に旅をするように映画として組み立てていく感覚かもしれません。映画は物語を説明するものではなく、人が生きる時間そのものを映し、その時間を観客と共有する芸術だと考えています。この映画では、創作する人間が誰とどう生きるのか、その問いとともに生きる時間を体感してほしいと願いながら撮っていました。この人たちはどんな場所を歩き、どんな時間を過ごすのか。どんな風景の中に立てば、どんな位置関係であれば、小説に描かれた人間の本質に近づけるのか。脚本だけではなく、ロケ場所も含めて、人の感情が自然に動き出す環境を探していきます。原作を書かれた作家と対話しながら映画を作っていく感覚に近いのかもしれません」
感じる映画にしよう。
物語の舞台となるのは、京都・富山(撮影は福井)・広島の3都市だ。
「4年前、脚本家の澤井香織さんと杉本さんの3人で各地へシナハンに行きました。それぞれがプライベートな話もしながら街を歩いているうちに、この映画は乗り物の時間そのものが大切な映画になると、より思えてきました。あがってきた澤井さんの脚本には、二人の感情と距離感が息づいていました」
企画を進めていく中、「男ともだち」という言葉について、世代で捉え方に違いがあることにも気づかされたという。
「客員教授として教壇に立っている立命館大学でも、男女が自然に一緒にご飯を食べ、授業を受けています。昔なら「あの二人、付き合ってるんじゃないの?」なんて噂が立ちそうなものですが、今はそういう感覚ではないように見えます。性別や年齢に関係なく、友達は友達。その姿を見ていると、“男ともだち”という言葉自体が、少し前の時代の感覚になってきているのかもしれないと思いましたし、あえて言葉にすることの面白さも感じています」
それでもなお、この映画が描き出すのは、友達とも恋人とも言えない名前のつかない関係と、複雑な感情の揺れ動きだ。
「言葉にできない何か、に向き合う映画なのだろうと撮り始めました。人は理解できたものよりも、理解しきれなかった感情の方を長く抱えて生きるものなのではないかと私は思っています。だからこそ、この映画では、物語を説明することはやめよう、感じる映画にしようとスタッフに話しました。観終わったあと、身体に残る映画にしたかったんです。撮影カメラマンの大塚さんが「自分と同性の友達のことを思いながら撮りました」と言ってくれ、人と人との深い関係そのものを、みんなで信じながら撮れていたんだと、その言葉を聞いてあらためて思いました」
信じることができた。
物語は、松岡茉優演じる神名と、成田凌演じるハセオの二人を中心に描かれる。神名は決して共感しやすいヒロインではなく、自分勝手で、不毛な恋愛にも足を踏み入れている。そして、イラストレーターとして表現と向き合うアーティストでもある。
「神名は多くの人に好かれるタイプの人物ではなく、一般的にはむしろ嫌われかねない役です。しかも、アーティストの業みたいなものを孤独に抱えている。でも松岡さんは、こうとしか生きられない人間を背景まで感じさせるように演じてくれました」
ハセオは一般的な価値観と自分が違うことをよしとしながら、どこか達観しているような人物だ。
「彼は本質を深く見抜いていて、神名のこともよく見ています。神名自身も気づいていない、その人を満たすものが何かをわかっている人だと思います。イメージとしては、ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』の天使のようなものかなと話していました。見守り、寄り添いながら、決して交われない存在といったような。何か壊れたことのある人間の悲しみと優しさを成田さんが体現してくれたと思います」
主人公の神名を演じた松岡については、役に対するアプローチの深さに舌を巻いたという。
「松岡さんとは15年ほど前にトーク番組でお会いしたのですが、利発で想像力が豊かで器用だな、なのにどこか満足していない人という印象でした。不思議な方だと思ったので、話よりも彼女に集中していたことをよく覚えています。その後、彼女の出演作を観て、彼女の演技をずっと追っていました。彼女は、立ち方、歩き方、座り方といった身体の動きから人物を構築していく、非常に緻密なプランを持った方です。『愛にイナズマ』では、映画監督の役で、チーフ助監督(三浦貴大)が自分のやり方を馬鹿にしながら否定してきたときの映画監督の屈辱や怒りを、自分を守るように背を丸めた立ち姿で雄弁に語っていました。そういった役の構築ができているからこそ、芝居を細かく切って説明する必要がない。一つのショットの中で感情が生まれていく、その時間を信じることができました。演技について私が強く言ったのは、あるシーンで「最も醜くやってください」でした。私の腕を掴んでから本番に挑んでくれたシーンは、何かがつながって、あらためて神名が肉体を通じて生まれた感覚があり、今まで観たことのないお芝居が撮れたのではないかと思いました」
そんな神名に相対するハセオの言動や仕草にも、心を砕いた。
「二人の化学反応が生まれる環境を作ることが、監督としての一番の仕事なのかなと思っていました。成田さんとは毎朝1時間ほど、その日のシーンについて一対一で話をしました。イメージはありますが答えを出すことはあまりしません。あるところまで一緒に考えたら、役者さんに投げるようにしています。それをご自身の中で考え続けて、本番で身体を通して返してくださる。私は、それを受け取って撮る。そのやり取りを大切にしています。現場では、それぞれが考えてきてくれたものを持ちよって、アンサンブルが調和していくようにみんなで芝居を育てていく。間や言葉の置き方が少し変わるだけで、感情の流れも微妙に変わってしまうんです。映画は、そういう小さな積み重ねの中で生き物のように形を変えて生まれていくものだろうなと。成田さんと話したことは、芝居を通して他の役者さんへと自然と伝わっていく。だから「共犯者になってください」とよくお願いしていました。成田さんはご一緒した『ビブリア古書堂の事件手帖』(2018年公開)の頃からそうでしたが、できないから悩むのではなく、もっと良い表現があるはずだと悩み続けられる方です。その時間を経て本番で生まれた感情は、私の想像を超えてくることが多くありました。演技は再現ではなく、その瞬間に生まれるものだと思います。だから監督の仕事は、その瞬間を迎えられる場を作ることなのだろうと。やはり私は、役者さんの肉体からこぼれ落ちる感情を信じています」
2月に行われた撮影では、思いがけない奇跡が次々と舞い降りた。
「ちゃんと悩み、真摯に役に向き合っている人たちのところには、映画の神様が降りてくるのかもしれません。現場では、不思議なタイミングで雪が降ったり、虹が出たりしました。虹が出たときは、成田さんがアドリブで虹に触れてくれスマホで写真を撮ってくれました。結果的にその写真を使っています」
5年の歳月と数々の奇跡を経て紡がれた『男ともだち』は、冬の空にかかった虹のように、観る者の心に確かな光を残すはずだ。
撮影/森田直樹(アフロスポーツ)
Photo by Naoki Morita(AFLO SPORT)
※写真はすべてJTマナー広告のロケハン時に撮影したものです。
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