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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/野呂美帆

2024年に公開される最新作のこと。

自主映画を撮るということ。

 これまで全国公開規模の商業映画を数多く手掛けてきた三島監督が、新たに挑んだのは自主映画だった。2024年に公開される最新作『一月の声に歓びを刻め(仮)』は、三島監督のパーソナルな部分に踏み込んだ一作となる。商業映画の監督が自主映画を撮るケースはあまり多くはない。なぜ、いま今作を自主映画として撮ることにしたのか。その理由を三島監督はこう話す。

「自分自身が47年間向き合い続けた「ある事件」があります。その事件は、私の尊厳を大きく踏みにじりました。生きている価値がないんじゃないかと思っていた私を救ってくれたのが、映画館であり映画だったんです。映画の中では、いろんな人が悩みもがき、苦しみながらも一生懸命生きようとしている。その姿は美しく、この世は生きる価値があると教えてくれました」

いま作らなければ

前に進めない

映画だった。

三島有紀子

「自分のような人間に向けて映画を作りたいとこの世界を目指し、美しい人間の存在を信じていただきたいという想いで、これまで『しあわせのパン』や『繕い裁つ人』『幼な子われらに生まれ』などを作ってきました。が、今こそ、47年間見つめた傷と罪をテーマにした映画を、100%純粋に、誰かに届くと信じて作ろうと思いました」

 昨年、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)の審査員を務めたことも、きっかけとなった。

「この映画の脚本を書いている最中に、PFFの審査員のお話をいただいたんです。期間中は審査員として毎日会場へ行き、朝から晩まで自主映画のシャワーを浴びました。そこで自主映画のピュアな衝動に改めて触れたことも、自分の心の底にある“作りたい”という衝動を大きくしたと思います」

 審査員として感じたのは、各作品から伝わってくる監督たちの熱だった。

「映画監督には、いまこれを作らなければ前に進めないという、自分自身の抱えているテーマがあって、PFFの作品からはそうした皆さんの強い想いが伝わってきました。そして、私が脚本を書き進めていた作品も、いま作らなければ前に進めない映画だったんです。だからこそ原点に戻り、自主映画として作ろうと思いました」

ただ濃密な、

人生の特別な時間を

切り取ろう。

三島有紀子

 『よろこびのうたOde to Joy』『インペリアル大阪堂島出入橋』、ドキュメンタリー映画『東京組曲2020』、そして今度の新作。こうして連なる近年の監督作には、新しい映画作家・三島有紀子の誕生といった印象を受ける。

「これらはコロナ禍に作った作品で、劇映画はすべてオリジナル脚本です。コロナ禍には進めていた映画企画がストップしてしまい、自分のパーソナルな深淵を覗くしかなかったんですね。『インペリアル…』は、自分の故郷である大阪の堂島で初めて撮った作品です。以前、青山真治監督から“故郷で撮れ。見えてくるものがある”と言ってもらってたこともあったのですが、なかなか撮れなくて、やっと撮ることができました。その中で、まさに今回の作品のテーマが浮かび上がってきたというわけです」

 2009年に監督デビューを果たしてから、劇場公開された映画だけでも12本。今作は、長編映画として、記念すべき10本目となる。映画監督としてキャリアを積み重ね、さまざまな技術を身につけたことも、今作を撮る動機の一つとなったのではないか。

「それを駆使するというよりは、いまだからこそ、表現方法としてはむしろそれらを捨てるというか……。とにかく、物語を語ろうとしない、いいことを言おうとしない、ただ濃密な人生の特別な時間を切り取ろうと考えました。それに、自分自身が今作のテーマと向き合えるようになったことも、一つのきっかけでした。そうしたら、少し前にはできなかった、つぶさに自分の過去を見つめ直すということができたんです」

 こうして自主映画として制作がスタートした今作は、三島監督の熱意に賛同して集まったスタッフやキャストによって、大きな広がりを見せることになる。

「話が進むうちに、大ベテランのキャストの方に出ていただけることになったり、『しあわせのパン』でお世話になった方に御協力していただくことになったり、『繕い裁つ人』の主演である中谷美紀さんから差し入れが届いたりと、どんどん仲間が増えていきました。まさに人のつながりが紡いだ映画と言っていいかもしれません」

 三島監督の仲間や友人も協力を申し出てくれた。

「中学時代の同級生が経営しているラブホテルを貸してくれたり、自分の家のお墓があるお寺で撮影できるように話をつけてくれたりしました」

三島有紀子

「エキストラはほとんど、自主映画を一緒に作っていた仲間や、中高時代の友達とその息子さんやお嬢さんです。あと、私の地元にあるレトロな喫茶店・マヅラで、どうしても撮影をしたくて、友達に“あそこで撮りたい”という話をしていたんです。別の日に、プロデューサーと一緒に、そのお店の方にお願いしに行きました。そうしたら“話は聞いている”と。“感謝せなあかんで。あんたの友達が、三島が映画を撮りたいらしいんで、ここで撮らせてやってくださいって何人も来た”と言われて、とても驚きました。そんなことの連続で、どこか運命的な流れで完成した映画です。公開までもう少しだけお待ちください」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。昨年はイタリア各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。ドキュメンタリー映画『東京組曲2020』・短編劇映画『IMPERIAL大阪堂島出入橋』が全国順次公開中。最新作『一月の声に歓びを刻め(仮)』が2024年公開予定。【公式HP

撮影/野呂美帆