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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/伊東隆輔
取材・文/中村千晶
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/チェックのトップス ZUCCa(A-net Inc.) 03-5624-2626、イヤリング セシル・エ・ジャンヌ0120-995-229
『魔法おしえます』絵/米倉斉加年 作/奥田継夫 出版/偕成社
『普及版 ハリスおばさんパリへ行く』著/ポール・ギャリコ 訳/亀山龍樹  出版/復刊ドットコム

本の問屋街が、自分の本棚だった。好きだった本のこと。

楳図かずおさんに出したファンレターのこと。

 秋公開の新作『ビブリア古書堂の事件手帖~memory of antique books~』の完成が近づいてきた。原作は累計640万部を超える大ベストセラー。その映画化を手掛ける決心をしたのは「本」という題材に惹かれたからだと言う。

「古い本には、それを手にした人の心の変化や想いが積み重なっている。それが長い年月を経て、別の誰かの手に渡っていく。そうするうちに、その本に寄せた誰かの想いが、いつか別の形で結実する――そんなことがあるような気がしてならないんです」

 子ども時代から本に親しみ、高校時代は文芸部に所属し、小説を書いていた。監督の本との出会いは、どんなものだったのだろう?

「実家の近くに、本の問屋街があったんです。本が柱のように積み重なった空間でかくれんぼをしたり、大きな脚立にのぼって好きなだけ小説を“座り読み”することができた。『好きな本をどれだけ読んでもいいよ』という本屋さんが自分の庭のように広がっている――そんな感じでした」

中に詰まった物語を

ワクワクしながら

開く喜びがある

三島有紀子
三島有紀子

 なんとも恵まれた環境だ。しかも問屋の人々は本好きの少女に、卸の値段で本を売ってくれた。

「絵本や小説はもちろん『別冊マーガレット』や『コロコロコミック』、『りぼん』などもみんなよりも早く手に入れられたんです。学校の帰り道に『もう、出た?』と問屋さんに立ち寄ってました」

 近くには映画館もあり、映画もよく見ていたが、よりモノとして記憶に残っているのは本だ。

「本は“物体”として触れられるので、体験として深く記憶に残るんだと思います。新刊を開いたときの紙とインクの匂いとか手ざわり。昔の本って装丁もデザインも素材も素晴らしいですよね。表紙も革だったり、赤いビロード生地に金の刺繍が施されていたり。この中に詰められた物語を…ワクワクしながら開く喜びがあります」

 子ども時代に読んだ本で記憶に残っているのは『ハリスおばさんパリへ行く』。ロンドンでメイドをしているハリスおばさんが、勤め先で見たディオールのドレスに心奪われパリまで行くが…と言う冒険物語。大切なものを手に入れるには時間と人との出会い…様々なことが必要だと学んだ。

 ルース・スタイルズ・ガネットの『エルマーのぼうけん』も好んで読んだ。そして父に贈られたのは『魔法おしえます』。「私が父に『魔法が使いたい』と言ったら父は『答えはいずれあなたのもとに』と言い、その年のクリスマス、枕元にこの本があった。俳優の米倉斉加年さんが描かれた挿絵が美しくも強烈なんです」

 大人になって読み返したのは『ぼくはくまのままでいたかったのに……』。

「人間がクマの住む森の周囲に工場を建てクマは人間と工場で働くようになるが…という話。身勝手な人間に流されていくと、自分を見失うという風刺だと思います」

書くってことは

“自由”なんだと

教えてもらった。

三島有紀子

 父の書棚にあったのは坂口安吾全集や三島由紀夫全集。それらは少しずつ読了。それ以外の作家には、問屋街などで出会ってきた。小・中学生時代にハマったのは星新一と北杜夫だ。

「『船乗りクプクプの冒険』や、『さびしい王様』…北杜夫さんの本って例えば本のまえがきが六章あったりするんです。まえがきその1、まえがきその2…『どんだけまえがき、長いねん!』という(笑)。ユニークな視点の持ち方や、周囲と違うことは悪いことじゃない、むしろ書くっていうことは“自由”なんだということを教えてもらいました」

 星新一の本からは「視点を変えると、物事は違うものに見える」ということを教わった。

「ある星で起こっていることを、別の星から見ている人がいる――というような視点の転換にハッとさせられます。内側から見ているものと外側から見ているものは違うんだ、ということを教えてもらいました。昔からテスト前になるとなぜか必ず星さんのショートショートを読みたくなるんです。あれには困りました(笑)、『ボッコちゃん』『未来いそっぷ』なんて、ボロボロでした」

 そんな監督が小学生のとき一度だけファンレターを書いた作家がいる。漫画家の楳図かずお氏だ。

「『恐怖』という漫画を読んだんです。何かに強い思い入れや執念があることは他者からすると恐怖でもあるんだ、と感じて震えあがったけれど、感動しました。誕生日は親に『持っていない楳図かずおの漫画全巻を希望する』と言いました。『洗礼』『おろち』『漂流教室』『怪獣ギョー』『赤んぼ少女』…一通り読んだ気になって『あなたの作品は素晴らしい!』ってファンレターを書いたんです。なぜか完全に上から目線(笑)ほんと、すみませんっ」

「『まことちゃん』も大好きでマグカップを持っていたんです。飲むと底に立体のうんち(楳図さんはビチクソと表現されていました)が見えてくるカップ(笑)。だんだんと真実が見えてくる感じがして、おもしろかった。楳図さんは恐怖や美や醜悪を描きながら、常に“真理”を見ようとしてるのだと思います。美には万人の共通感覚があるけれど、醜にはない。それを突き詰めようとしている楳図さんはすごいと、子どもながらに感じたのかなと。楳図さんは何かの本で『子ども向けのマンガにこだわるのは、頭が柔らかいうちに真理とはなんなのかを考えてもらいたいから』というようなことをおっしゃって。確かに子ども時代に読んだからこそ大きな影響を受けたんだと思います。そして、こういう大人が出来上がった(笑)。楳図さん、ごめんなさい。なぜか謝ってしまいたい(笑)」

三島有紀子

 文学作品も多く読んだ。『ビブリア古書堂の事件手帖』の原作者・三上延氏とも、本好きという点ですぐに通じ合えた。

「三上先生はかつて本屋さんで働いていたそうで、当たり前ですが、本に対する愛情も知識もものすごい。『太宰治だと何が好き?』と聞かれて、私がマイナーな短編をあげても、三上先生は細部までご存知なんです。そう言えば、大好きな『満願』などのお話もしました。会うたびに本の話で盛り上がりますね」

 自身の名の由来である三島由紀夫については……。

「よく『ミシマ作品を映像化しないのですか』と聞かれます。いま自分が発信したいこととはリンクしないのですが、いずれやるときが来るかも。もしかしたら『ビブリア…』にも自分自身の『春の雪』的な要素が入っているのかもしれません」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身  18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『少女』、『幼な子われらに生まれ』など。秋には、最新作の『ビブリア古書堂の事件手帖 ~memory of antique books~』が公開予定。

撮影/伊東隆輔 取材・文/中村千晶
スタイリング/谷崎 彩 衣装協力/チェックのトップス ZUCCa(A-net Inc.) 03-5624-2626、イヤリング セシル・エ・ジャンヌ0120-995-229
『魔法おしえます』絵/米倉斉加年 作/奥田継夫 出版/偕成社
『普及版 ハリスおばさんパリへ行く』著/ポール・ギャリコ 訳/亀山龍樹  出版/復刊ドットコム