やがて本になるwebマガジン|FILT BOOK
三島有紀子
映画監督・三島有紀子の映像作品や言葉から、 「うつしだす世界」を紐解いていく。
 新作の撮影などもあり、今年の夏もまた、三島監督にとっては目まぐるしくも充実した季節となった。7月30日には、公開から約1年半を経て、『一月の声に歓びを刻め』のDVDがリリース。当日は、ポレポレ東中野で発売を記念した一度限りの特別上映が行われた。
「DVDは私の中で一つの区切りだったので、無事に世に出せて本当に良かったです。DVDを作った理由は二つあります。自主映画にも関わらず、キャストやスタッフのみんなが一生懸命あの作品を完成させてくれたというのが一つ(自主映画を完成させて公開することって本当に大変で、多くのみなさまのお力と運が必要だからです)。もう一つは、海外も含めた各地の映画館を巡ったときに、大勢の方から「お前は美しい。世界で一番美しい」という言葉が自分の大切な宝物になったし、その宝物をずっと心に持っておきたいので、ぜひDVDを作ってください、とおっしゃっていただいたことが大きかったです」
三島有紀子
DVDで大切な言葉やシーンを
いつでも思い出せる。
 動画配信サービスの普及などにより、映画がパッケージソフト化されるケースは極端に減っている。だからこそ、『一月の声に歓びを刻め』のDVD化は、大きな意味を持つことになった。
「もし配信が終了してしまったら、DVDにもなっていない映画は観る手段がありません。でも、DVDがあれば大切な言葉やシーンをいつでも観ることができる。消耗品にならない映画を目指して作っているのですが、映画がDVDになることの意義を考えながら、いろいろな人の手を借りて作りました」
 ポレポレ東中野で行われた特別上映では、トークイベントも開催。三島監督は主演を務めた前田敦子と共に、撮影を振り返った。
「前田さんも特別上映に参加したいと言ってくださり、上映後のトークイベントが実現しました。劇場は満席で、撮影部や照明部や演出部のみんな、フードスタイリストの石森いづみさんも来てくださいました。本当に感謝しかないです。役の難易度が高かったですし、前田さんにとっても簡単な撮影ではなかったと思うんです」
三島有紀子
 トークでは、二人が撮影のある一場面を振り返る。
「前田さんの演じたれいこがトトのスケッチブックを奪って「人の顔、勝手に描くな!」と言って走り出すシーンがありますが、あれは手持ちカメラで撮っていて、途中かられいこの走るスピードに合わせるために、カメラマンが車椅子に乗ってプロデューサーがそれを引っ張るという方法で撮影したんです。車椅子で撮影するというのは我々にとって大きなイベントですが、前田さんは車椅子の存在に気づいていなかったそうなんですね。それだけ集中して“れいこ”になりきってくれていたんだなと思いました」
 れいこが思いを吐露するシーンは、撮影前の段取りの時間に二人で手を繋ぎながら、想いをリンクさせていった。
「前田さんと二人でその場を歩きながらボソボソと「れいこはここでこんなことがあったんでしょうね」とか「こんなことを感じたんでしょう」と1時間ほど話してたんです。いつの間にか手を繋いでいたらしいんですが、私たちはそんなことは忘れてまして。そのときに、トト役の坂東龍汰さんやスタッフのみんなが後ろからついてきてくれて、二人を見守ってくれた。前田さんと「この映画に必要なことを受け取っている時間だった」と話しました」
三島有紀子
すべて大変だったが、
やり遂げてよかったなと思った。
 トークイベントの後は、三島監督のサイン会も行われた。
「函館や九州、台湾から観に来てくれた方もいらっしゃいました。台湾の方は、台湾では上映していないから、どうしても観たくて日本に来たそうで、「2024年の日本映画のベストワンはこれだった」と言ってくださって、とてもうれしかったですね。また、れいこと同じような経験をされている方が「今まで自分が幸せだと思うことがあまりなかったけど、この映画を観て、初めて自分の人生に色がつきました。だからもう1回観に来ました」というようなことを泣きながら伝えてくださって。この映画を作るのも、公開するのも、DVDにするのも、すべて大変でしたけど、たくさんの方に協力してもらえて、改めてやり遂げてよかったなと思った瞬間でした」
 DVDに英語字幕を入れたのも、この作品を必要とする人に届けたいという思いからだった。
「日本で販売する日本映画のDVDに英語字幕が入ることはほとんどありません。これだけ日本に海外の方が住んでいるのに、日本映画を英語で観る手段はとても限られています。ただ、世界中にいるであろう“れいこ”にも、また日本に住む英語圏のみなさまにも観ていただきたく、『一月の声に歓びを刻め』のDVDは、英語字幕入りにしました。本当はすべての日本映画に英語字幕をつけたらいいのに、と思うんですけどね」
 世界中にこの映画を届けたいという思いは、こんな形でも結実する。『一月の声に歓びを刻め』は、9月9日にLAで開催されたJapan Film Festival Los Angelesでも上映され、三島監督もリモートで参加。上映後のQ&Aでは、映画に関する質問に答えた。
「映画祭のスタッフである池田さんから「この映画はどこかで苦しんでいる誰かにとって必要なメッセージが込められていると感じた」とおっしゃっていただきました。まさに、私たちがこの映画を作った理由です。LAにもこの映画を届けることができて、とてもうれしかったです」
 さらに、全米最大のアジア映画祭であるAsian World Film Festival のディレクターを務めるGeorgesさんも本作を鑑賞し、次のような絶賛のコメントを寄せている。
《ちょうど『Voice(英題)』を観終えたところです ―― なんという衝撃でしょう。4章からなる美しい映画で、特に性的暴行を中心に、トラウマの持続的な影響を探求しています。どうやらこれは、幼少期に被害者だった三島自身の経験から着想を得ているようです。3人の主人公にとって、それは過去と痛みをもって向き合う癒しの旅です。第3章での前田敦子は、受賞級の演技を見せています。力強く、生々しく、揺るぎなく、哀れみを感じさせない! 非常に力強い物語の語り方。美しい撮影。力強い演技。トト(Toto)とナンニ・モレッティへの言及も気に入りました! これが、新しい日本映画の誕生……であってほしいですね!》
 世界中に広がりつつある『一月の声に歓びを刻め』だが、三島監督はDVDが完成したことで「心置きなく次に向かえる」と、新たな作品に取り組んでいた。監督の最新作は長崎県の佐世保を舞台にした作品だ。
「ロケハンを兼ねたFILTの連載の写真撮影で、佐世保には2回訪れています。佐世保は米軍基地が中心に位置する街でもあり、初めて訪れた日がちょうどアメリカの独立記念日でした。そこで、ある光景を目にしたのが、映画を撮る一つのきっかけになりました。この夏、その佐世保で撮影を行い、今は編集を進めているところです。まずは、10月4日(土)に、一緒に作ってくださった佐世保や長崎のみなさまに無料で試写をいたします。全国のみなさまに観ていただける上映までもう少しお待ちください」