善悪じゃない、自分なりの尺度。
現在公開中のJTマナー広告の動画および紙媒体用スチールの撮影が行われたのは、2026年6月のことだった。被写体としてカメラの前に立ったのは、お笑い芸人のヒコロヒー。動画では、むき出しのギターを背負いながら一本道を進む姿が印象的だ。三島有紀子監督が手がけたJTマナー広告の第四弾となる今回の映像は、埼玉の湖に面した公園や農道、新宿の歌舞伎町周辺などで撮影された。
「台本を読んだ最初の段階では、ちょっとどういう世界観なのかわからなかったんです。でも、監督の表現したい世界なんだろうなということは伝わってきたので、自分にできることをやらせていただいたという感じです。恋人役と無邪気に戯れるシーンは湖畔での撮影だったんですけど、そこがすごく綺麗で印象に残りました」
近年はドラマや映画への出演も相次いでいる。自然体でありながら、確かな存在感を示す芝居への評価は高い。大物俳優から「演技がうまい」と絶賛されることもあった。しかし、周囲からの評価をよそに、自身の演技に対する捉え方はあくまでフラットだ。
「今回の撮影もそうですけど、本当に言われたことをやるだけなんです、もうずっと。こう演じようとか、こうなりきろうとかは一切なくて、指示された通りにやるだけです。演技が上手いとか、自然に演じているとかいう認識もないですし、それで評価されたとしても、自分の手柄ではないというか。すべては監督をはじめとした現場の皆さんのおかげだと思っています」
潔いほどの執着のなさと、元来の職人気質が被写体としての彼女に不思議な奥行きをもたらしていた。主軸であるバラエティの仕事においても、そのフラットでしなやかな姿勢は一貫している。今年の5月には、齊藤京子とタッグを組む冠番組『キョコロヒー』のイベントが開催され、約3,700人もの観客を熱狂させた。番組開始から6年目を迎えた今の率直な思いを聞くと、やはり飄々とした答えが返ってきた。
「素直にうれしいですし、ありがたいなという思いです。ここまで続いてきたのは……ラッキーだなって感じです。本当に自分たちの力だけではないというか。スタッフさんも視聴者の皆さんもそうですし、いろんな人の支えがあったし、ラッキーが重なって、これだけ長くやらせていただいているんだと思ってます。今度の展望ですか? そうですね、京子が結婚するぐらいまではやりたいなと思っています(笑)」
さらに、プライベートではこんな出来事も。歌舞伎町で行きつけだったバーの店主が亡くなったことをきっかけに、その店を買い取り、現在はオーナーとして経営に携わっている。その経緯は自身のYouTubeチャンネル「歌舞伎町の女」でも配信されたが、オーナーになったことで生活に変化はあったのだろうか。
「ないです、ないです。お店には立ってないですし、スタッフに任せているので。(YouTubeも)大した意味はないんですけど、店を買ったはいいけど、どうしたらいいかわからへんっていうことをやっているだけなので。別におもろい話とかじゃなくて、ドキュメンタリーっていう感じで見てもらえれば」
そんな彼女の目に、歌舞伎町という街はどのように映っているのだろう。今回のJTマナー広告の舞台にもなった歌舞伎町には、「欲望が渦巻く街」というステレオタイプなイメージもあるが……。少し考え込んでから、ヒコロヒーは独特の表現でこう答えた。
「“欲求”の多い街っていう印象です。欲望っていうと、なんかちょっと違うかな。歌舞伎町を歩いているお兄ちゃん、お姉ちゃんもそうですけど、ちっちゃい承認欲求とか、あれが手元にあればみたいな物欲とか、欲望というほどではない欲求が集まっているイメージです」
ささやかで、少し切実で、どこか人間臭い感情の集積。歌舞伎町の一面を切り取った鋭い観察眼は、執筆業にも活かされている。2024年1月に発売された短編恋愛小説集『黙って喋って』は、「第31回島清恋愛文学賞」を受賞するなど、注目を集めた。しかし、権威ある賞で認められても、「これもラッキーだなって感じです」と、驕る様子は微塵もない。執筆活動への向き合い方も極めて冷静だ。
「書くことのプロではないので、自分が書けることの範囲で、ちゃんと誠実にやらせていただくというだけです。書く作業は全然嫌いじゃないですし、お笑いのネタづくりと共通する部分もあって、楽しいです」
それでも紡ぎ出す言葉は、多くの人の心を打つ。今回の紙媒体のサブコピーには、かつて彼女が綴ったエッセイの中から、「必ず主語を自分にしている」という一節が採用された。
「ずいぶん前のエッセイに書いたやつなんで、なんも覚えてないですけど(笑)。つまり、「世間は」とか、「男は」とか、「女は」とか、主語をでかくして、架空の味方を作ってしゃべる人が多いですけど、「いや、お前やろ」っていうことを書いたんじゃないですかね。ちゃんと自分の意見として言えよ、みたいなことだった気がします。きっと、「俺は」とか「私は」みたいに、自分のものとして引き受けるのが怖いんでしょうね」
主語を自分にするということは、他人のせいにせず、発した言葉に責任を持つということ。それは、自分らしく生きるということでもある。今回の広告のテーマでもある“マナー”については、どのように考えているのだろうか。
「マナーって、つまりは人を不快にさせないということだと思うんです。見られる仕事をしてるからというわけでもないですが、自分自身はマナーを守っていますね。お笑いの世界はそこまでうるさい世界ではないですけど、挨拶をするとか、お礼をちゃんと言うとか、最低限のことはしているつもりです。もちろん、先輩から「わざわざ挨拶に来なくていいよ」と言われたら、素直に「はい」と。相手の嫌がることをしないというのが基本じゃないですか。知らず知らずのうちに嫌がられていることはあるかもしれないですけど(笑)」
最後に、マナーを守り、心地よく生きるための話を聞いた。
「その人を見極めるときには、善悪よりも、「かっこいい」とか「かっこ悪い」とかで判断するほうが簡単でシンプルかなと思っていて。私は道端に座り込んで、たばこを吸っている人とかを見て、ダサいなと思うんですよ。逆に、マナーを理解しながら、自分の責任のもと、その場にあわせた対応できる人はかっこいいし、大人だと思います。私から読者の皆さんにお伝えできることがあるとすれば、マナーを知って、イケてる大人になりましょうっていうことですかね」
脚本・監督/三島有紀子、プロデューサー/市橋浩治
元彼氏役/田中爽一郎、ラインP/田中佐知彦
撮影/関 瑠偉、録音/浦田和治
スタイリスト/中村もやし、メイク/安藤メイ
編集/澤井祐美、音響効果/柴崎憲治
助監督/中村幸貴、制作/山口真凛
「たばこのマナーを守る。」ヒコロヒー篇はこちら
写真(上から1・2・4・6枚目)/森田直樹(アフロスポーツ)
写真(上から3・5・7枚目)/朝倉 健(アフロスポーツ)
スタイリング/中村もやし ヘアメイク/安藤メイ