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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/野呂美帆

公開中の『一月の声に歓びを刻め』のこと。

映画を観た人から届いた、さまざまな反響のこと。

 映画『一月の声に歓びを刻め』の公開前に行われた完成披露舞台あいさつで、主要キャストが一堂に会した。マキ役のカルーセル麻紀、誠役の哀川翔、そして、れいこ役の前田敦子と、「トト・モレッティ」を名乗るレンタル彼氏役の坂東龍汰。共に手を携えて撮影に挑んだ盟友たちと、三島監督は壇上に立った。

「孤独な3つの島を舞台に、心に傷を負い、罪の意識を抱えた人々が共鳴し合って、1本の映画になりました。マキと誠とれいこは、物理的に出会うことがありません。劇中で直接交わることのない者同士が舞台上に並んでいる姿は、とても感慨深いものがありました」

先行上映会では、

洞爺湖のみなさまが

暖かく迎えてくれた。

三島有紀子

 映画の舞台の一つでもある北海道の洞爺湖では先行上映会が開催され、約250名の観客が町内のホールに詰めかけた。

「上映会には私も参加させていただきました。土日の開催で、土曜日が『しあわせのパン』、日曜日が『一月の声に歓びを刻め』の上映だったのですが、金曜日まで大荒れの天気で、飛行機が飛ばないかもしれなかったんです。でも、蓋を開けてみれば快晴で、これは持っているなと(笑)。洞爺湖のみなさまにも暖かく迎えてくださいました。実は、坂東くんが北海道出身で、お父さまが会場に来てくださったんです」

 映画の公開後、多くの感想が監督のもとに寄せられたが、中にはトトに関するこんな声もあったという。

「20代の男性の方ですけど、とても印象深い感想がありました。彼は、トトがれいこから性被害に遭った過去を打ち明けられた時に、すぐに“そんなの気にしなくていいよ”とか“大丈夫だよ、君が全然傷つく必要はないよ”とか言ってあげればいいのに、と思いながら観ていたそうなんですね」

「私たちは大丈夫」と

言い合えるような

寄り添う作品であってほしい。

三島有紀子

「でも、トトはまた違う形でれいこに寄り添います。その場面を観た時に、“気にしなくていい”とか“大丈夫”という言葉は、実は上から目線の言葉で、同じところに立って寄り添うことってこういうことか、と気づいたと。この映画が傷ついた人と同じ目線に立ち、“私たちは大丈夫”と言い合えるような寄り添う作品であってほしかったので、トトの行動でそう感じていただいたことはうれしかったです」

 性別や年齢を問わず、誰もが自分のことのように観られる映画になった。

「例えば、八丈島編の誠の視点でご覧になったという娘を持つお父さまもいました。かつて犯罪に手を染めた男性の子どもを娘が宿して帰って来た時に、どう受け止めるのか考え続けたとおっしゃっていました。 今回、取材中に哀川さんが“生きることは可能性だし、許すことが次のスタートになる”とおっしゃっていました。生きていると辛いことも悲しいこともあるけど、生きていないと何の可能性も生まれない。楽しいことも新しい出会いも生きているからこそだし、自分自身を含めて、許すことで次に進めるんだと。すごく好きな言葉ですし、それは映画のテーマでもあります」

 希望を感じたという声も多い。公開後、監督のDMには毎日たくさんの手紙が届く。

「子どもの頃に性被害に遭われたという多くの方から、“自分も同じ体験をしている。だけど、この映画を観て救いになった”と言っていただけたことで、心からこの映画を作ってよかったと思いました。そうした経験がなくても、誰もが普段は蓋をしている傷があると思うんです。そうした傷に触れる映画ですが、だからこそ一歩を踏み出せると、男性女性問わず言っていただいたことも励みになりました。観ている間よりも、観終わってからのほうがずっと考えてしまう、尾を引く映画だとおっしゃってくださる方もいて。“心ゆさぶられたけど、なんだこれ?”と、もう一回観たくなる映画を目指したんですよね」

三島有紀子

 2024年2月9日に産声を上げた本作は、折に触れて人々が思い出す映画になりそうだ。

「登場人物の言葉だったり、表情だったり、美しい情景だったりを反芻してもらえたらいいなと。例えば、れいこも営業職として笑顔で仕事をしていたり、美味しいものを食べたり、カラオケをしたりしているんですよね。傷を抱えたみなさまもそうでしょうし、自分もパワフルに笑いながら映画を作っているわけです。映画の中で描かれている人たちが今日もどこかで一生懸命生きているんだなと思ってもらえたら、そして、観てくださったみなさまが今日も豊かな時間を過ごしていたら、それ以上のよろこびはありません」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。昨年はイタリア各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。セミドキュメンタリー映画『東京組曲2020』・短編劇映画『IMPERIAL大阪堂島出入橋』が全国順次公開中。最新作『一月の声に歓びを刻め』が公開中(予告編はこちらから)。【公式HP

撮影/野呂美帆