映像作品について語る連載の第35回。
世間が大型連休に沸く中、白石監督の姿は京都にあった。親交のある安田淳一監督の大ヒット映画『侍タイムスリッパー』のスピンオフドラマ『心配無用ノ介 天下御免』を撮影するためだった。同ドラマは、BS-TBSにて7月16日から放送開始。映画同様に安田監督が監督・脚本・撮影を務めるが、そのうちの1話分を白石監督が担当する。
「5月2日から4日間ほど京都に滞在して、撮影しました。安田監督が撮っているところも見学したかったですし、リニューアルしたばかりの太秦映画村を見に行くという目的もありました。久々の京都だったこともあって、楽しかったですよ」
太秦映画村での撮影は一般に公開され、白石監督は観光客や映画ファンの前で、カメラを回すことになった。
「団体ツアーのお客さんもいれば、たまたま映画村に遊びに来た人たちも遠巻きに見ているという環境でした。普段はあまりやらないスタイルですが、お願いすればみなさんマナーを守って静かにしてくださるし、撮影の合間には声をかけてもらったりして、とても有意義な撮影でした。それに、『侍タイムスリッパー』には、すでにたくさんのファンがついていて、現場ではその熱も感じました。あれだけヒットしたのには、理由があるんだなと。そういう意味では、安田監督の座組にちょっとお邪魔したという感覚です」
自主制作映画から異例の大ヒットを飛ばした安田監督の撮影手法には、前から興味があったという。
「商業映画だけをやってきた人ではないので、安田さんならではのオリジナルな映像の作り方は見ておきたかったんです。僕の担当した回は安田さんがカメラマンをやってくれて、脚本も安田さんなので、「これってどういうことなんですか? ああ、わかりました。じゃあ、ちょっとがんばってやってみます」みたいな(笑)。安田さんにその場で直接聞けるのはよかったですね。あと、コメディの要素も少しあったんですけど、僕と安田さんの笑いのツボが違うので、それも面白かった。安田さんから、「ここはもうちょっとこうしてもいいですか?」と提案されたら、「どうぞどうぞ! なんなら自分で直してください」と。僕の世界を出そうという気は1ミリもなくて、安田さんの企画ですし、安田さんが総監督みたいなものなので、お任せできるところはお任せしました。今回、『十一人の賊軍』でご一緒した本山力さんも出演されていて、再会できたのもうれしかったですね。撮影後には安田さんや撮影所の仲間たちとご飯を食べに行きましたし、仕事ではありましたけど、とてもいい息抜きになりました」
一方、リニューアルした太秦映画村については、映画の作り手として複雑な思いも抱いた。
「オープンセットで時代劇の撮影ができる場所が、感覚として以前の3分の1、あるいは5分の2くらいに減ってしまった印象です。お客さんを入れるためのアトラクション施設が増えるのは経営的にも当然の判断ですが、制作する立場からすると、“京都に行けば時代劇が撮れる”という環境が次第になくなりつつある。今後、時代劇を撮るハードルは一段と上がったかもしれません。ただ、撮影できる場所が減っていくのは残念ですが、だからといって新しい時代劇の企画を止める理由にはならない。できる方法を模索すればいいだけだし、そこは僕らが考えることなのかなと」
間口の広い映画がうってつけ。
GW後は、息つく暇もなく新作映画に取り掛かっており、6月11日からは関東近郊で撮影もスタート。並行して、12月25日に公開される『BYE BYE LOVE 探偵はBARにいる』の仕上げも進めている最中だという。
「ピクチャーロック(映像のカット編集が完全に確定した状態)は終わらせて、今はCGカットがポツポツと上がってきている状態です。音楽の池頼広さんとも打ち合わせをしたので、今は劇伴を作ってくださっているはず。あとは音楽をつけて、アフレコ作業をして……まだまだ作業は残っています」
先日、本作のヒロインを鈴木京香が務めることが発表された。
「ヒロインに関しては、僕が監督に呼ばれる前から、プロデューサーの須藤(泰司)さんが「絶対に京香さんがいい」と熱望していたんです。すでにプロットもあったので、僕からも「ぜひお願いしてきてください」と託しました。実際にご一緒してみて、本当に優しくて、素敵な方でしたね」
本作のクランクアップ前日には、ファミリーデイイベントを実施。スタッフやキャストの家族20世帯・総勢50名を東映東京撮影所に招き、探偵事務所のセット見学や、スタッフと同じ“現場メシ”の実食などを通じて、映画作りへの理解を深めてもらうという試みだった。
「プロデューサーたちと飲んでいたときに『探偵はBARにいる』なら現場に家族を呼んでも大丈夫だよねという話になったんです。ファミリーデイ自体はハリウッドなどでも当たり前に行われているんですけど、けっこう題材が重要なんです。例えば、『死刑にいたる病』みたいな映画だと、ちょっと子どもは呼べないじゃないですか。凄惨な拷問シーンや血みどろの場面を見せるわけにはいかないので。その点、間口の広い『探偵』はうってつけでした」
本当に一つもなかった。
撮影所を訪れた50名には午前中からローテーションで撮影を見学してもらい、昼休憩は家族で一緒にケータリングを食べ、午後からはセット見学。最後はみんなで記念撮影をしたという。こうして、イベントは大成功を収めたが、その背景には主演の大泉洋をはじめとするキャスト陣の多大なる協力があった。
「俳優さんの中には、家族とはいえ部外者の前で芝居をするのを嫌がる人もいるはずです。でも、大泉さんはとにかくサービス精神旺盛で、ウェルカムな人だから、「皆さんのために僕、今からNGを出しますからね!」なんて冗談を言って場を和ませてくれて。全員の家族と写真も撮ってくれました。松田龍平くんも自分のお子さんを連れてきたりして、現場は本当に温かい空気でしたね」
何より白石監督の胸を打ったのは、裏方として日々汗を流す若手スタッフと、その家族たちの姿だった。
「例えば美術部の20代の若い女性スタッフたちって、朝から晩まで働き通しなんです。親からしたら、「映画の仕事をしているらしいけど、いったい何をやっているのかわからない」のが現実ですよ。でも現場で、先輩スタッフが親御さんに「彼女にはいつも助けられてます。これ、彼女がデザインしたものなんですよ。映画でこう使われます」って説明してあげていたんです。昼休憩が終わる前に、若い子が次の準備に行こうとしたら、「今日は家族が来てるんだろ。いいから、ギリギリまでちゃんと一緒に飯食ってこいよ」って先輩が止めたりして。あれは感動的でしたね。本当に、このイベントをやって悪いことは一つもなかったです」
働く現場をオープンにすることは、スタッフのモチベーション向上だけでなく、業界の未来を照らす一助になるのかもしれない。「タイミングと条件さえ合えば、今後も続けていきたい」と語る監督自身の家族との向き合い方についても聞いてみた。
「娘が小さかった頃は、何回か現場に連れて行ったことがあります。最近はそうした機会もないんですけど、『碁盤斬り』の撮影時は、娘が友達と京都へ遊びに来たついでに撮影所に寄ったりして。でも、そこまで関心はないんじゃないかな(笑)。「どこかで撮影してるんだろうな」くらいの認識だと思います」
1ヵ月以上家を空けることもザラにある監督業だけに、こんな出来事もあった。
「僕が台湾で撮影をしていた時期に、北海道で結構大きな地震があったんです。そうしたら娘から電話がかかってきて、「パパ大丈夫!?」って。「いや、今、台湾で撮影中なんだけど」って言ったら、「え、北海道じゃないの?」って(笑)。だいたいの時期と、台湾や北海道で撮影することくらいしか伝えていなかったので、心配させてしまいました」
現在撮影中の新作は7月末のクランクアップを予定。この作品を一区切りにして、後はひたすら仕上げ作業に没頭するつもりだ。
「まだ少し追加の撮影もありますけど、基本的には仕上げと、先々のオリジナル企画の脚本作りなどに費やすつもりです。あと、この春に僕の35ミリのフィルムカメラを使って、助監督時代からの後輩が『十一人の賊軍』のカメラマンの池田直矢さんと、短編を1本撮ったんです。これがなかなか面白い映画になりそうで、その仕上げもちょっとだけ手伝います」
労働環境の改善、海外を見据えた作品作り、そして若手への支援と、八面六臂の活躍を見せる白石監督だが、唯一の懸念は“健康”だ。
「足の剥離骨折はまだ痛みが残っているし、リハビリにもちゃんと行けてません。体調面にも不安がないわけじゃない。ビールを控えて、体も動かしたいと思うんですけど、どうしても撮影中は外食中心になってしまう。スタッフの高齢化が進んだせいもあり、撮影現場では「どこが痛い」「何の病気をした」みたいな話ばかりですよ。ただ、健康を損ねたら、映画を作ろうと思っても何もできないですから、とりあえず今の撮影が終わったら、自分の体と向き合って、ちゃんとケアするつもりです」
満身創痍の体を奮い立たせ、白石監督は今日も撮影現場でモニターを見つめている。その疾走は、まだしばらく続きそうだ。
撮影/野呂美帆