出演作や私生活を語る連載の第4回。
僕らにとって、『日本統一』の映画の舞台挨拶で全国各地を巡るというのは、もうすっかり定期的なルーティンになっています。「また今回も始まったな」という感覚です。
熱心なファンの方の中には、僕たちを追いかけて全国の会場を何ヵ所も回ってくださる方もいらっしゃいます。だからこそ、舞台挨拶でお話しする内容にはいつも頭を悩ませています。毎回、同じ挨拶をしていては、何度も足を運んでくれる方に申し訳ないので、ときには映画とまったく関係のない怖い話を急に始めてみたりすることもあります(笑)。初見のお客さんは「急に怖い話が始まったぞ?」と驚かれるかもしれませんが、そういうイレギュラーな展開も含めて、生の舞台挨拶を楽しんでもらえたらと思っています。
映画本編に関して、これから2回目、3回目をご覧になるリピーターの方や、配信などでご覧になる方に向けた見どころを挙げるとしたら、やはりラストカットですね。前回の映画から、なぜか喜矢武がパンツ一丁になるという謎のお約束ができあがってしまいました。どうすれば劇中で、いかに自然な流れでパンツ1枚になれるのか。周りの役者たちも全力でそれに協力するという、妙なチームワークが発揮されています。彼は脱ぎたがりなので、その気持ちを尊重してあげたということです(笑)。
本編シリーズの『日本統一』が持つシリアスな空気とはまた違い、『山崎一門』は彼らの友情をテーマにしたコミカルな要素の強い作品です。肩の力を抜き、そういう細かいお約束のシーンも含めて、気軽に笑って観ていただけたらうれしいですね。
魅力や切り口を発見できる。
最近の『日本統一』ですが、映像だけでなく、コミカライズの展開も進んでいます。5月15日には、僕が監修を務めさせていただいたコミック『飲み食い道楽 ~日本統一~』(漫画:川端新)の単行本第1巻が発売されました。
前もお話しましたが、こうしたスピンオフやコラボレーション作品のお話をいただいたときに、僕らプロデューサー陣が最も重要視している判断基準があります。それは、相手方にどれだけ『日本統一』に対する愛があるか、ということです。
川端先生と最初にお会いしたときもそうでしたが、作品への愛があるかどうかは、直接会って1分も話をすればすぐにわかります。「あ、この方ならお任せできるな」と思いました。
僕は監修として、プロットやネームの段階で「ここはこうしたほうがいい」と意見をお伝えする役割を担っていますが、川端先生のように愛情を持って描いてくださる方の作品は、「なるほどな」と納得させられることばかりで、僕のチェック作業も驚くほど少なく済みます。
以前、『日本統一』のLINEスタンプを作っていただいた漫画家の地球のお魚ぽんちゃん先生もそうでしたが、女性のクリエイターの方とご一緒すると、僕ら男性陣とは違う目線や角度で作品を捉えてくださるので、非常に面白いんです。僕ら自身が気付かなかったキャラクターの魅力や切り口を発見できるので、逆にこちらが勉強させてもらっています。今後も他の方ならではの視点で描かれる『日本統一』の世界を楽しみにしたいですね。
7月10日からは、僕の出演している映画『鬼平犯科帳 本所の銕/密告』が公開になります。池波正太郎先生の原作ですが、台本を初めて読んだときの衝撃は忘れられません。
池波作品は、本当に無駄がないんです。起承転結の運びや登場人物の感情の動きが研ぎ澄まされていて、いつも感銘を受けます。今回は、過去から続く因縁の話なのですが、台本自体の厚さは『日本統一』と比べるとすごく薄く、シーン数も登場人物も最小限に絞られています。それなのに、読み終えたあとにズシッとくる「いい意味での疲労感」がありました。薄い台本の中に、親子の愛や人間の業がぎっしりと濃密に詰まっているということです。
僕は『日本統一』の台本作りも担っているので、「どうすればこんなふうに無駄を削ぎ落とした台本が作れるんだろう」と、ここ数年はずっと池波作品のからくりを解き明かそうと参考にしているのですが、なかなか真実にたどり着くことができません。
物語を作っていると、どうしても背景を説明するために人物を増やしたり、セリフで語らせたりしてしまいがちです。「視聴者に伝わらないのではないか」という不安から、余計な手数を増やしてしまいます。でも池波作品は、観る人、読む人を深く信頼しているのだと思います。できるだけ説明を省き、余白を視聴者に委ねるという姿勢には、ただただ感動するばかりです。
ぶつかり合うのが時代劇の醍醐味。
池波作品は、説明が省かれているからこそ、役者の力量が問われる作品でもあります。
僕が特に意識しているのは、“刀”の存在です。現代劇であれば、自分の人生経験という物差しで劇中の人間関係や登場人物の感情を測ることができます。しかし、『鬼平犯科帳』の舞台となる“江戸の世界”は、記録には残っていても、誰も実際に見たことがありません。
僕が常に考えているのは「いつでも人を殺せる道具を腰に差したまま、日常を送り、人と会話をする」というのは、いったいどういう心理状態なのかということです。
例えば、「給料を上げてくれ」と上司に交渉する場面があったとします。現代のスーツ姿で行う交渉と、お互いに人殺しの武器を携帯した状態で行う交渉が、果たして同じトーンになるでしょうか。そこには必ず、現代人には計り知れない独特の緊張感や、命がけのヒエラルキーが存在したはずです。
ちょっと危ない人なら「気に入らない上司は斬ってしまえ」と思うかもしれませんが、実際にはそうならないための強固な秩序や主従関係がありました。その時代の武士たちの日常とは、どういうものだったのか。池波作品を含め、20年近く時代劇をやらせていただいていますが、いまだに自分なりの完全な答えは出ていません。役者一人ひとりが想像力を働かせ、見えないものを思い描きながらぶつかり合うというのが、時代劇の難しさであり、最大の醍醐味だと思っています。
この『鬼平犯科帳』シリーズで僕の演じる筆頭与力の佐嶋忠介は、松本幸四郎さん演じる長谷川平蔵の右腕であり、与力たちのまとめ役でもあります。平蔵の重みや威厳を引き立たせるために、自分自身がどういう重厚感を持ち、どう補佐官として立ち回るべきなのか。鬼平を立てるためのポジション取りという点にも、ぜひ注目して観ていただければと思います。
少し話は変わりますが、先日、高田文夫先生のラジオ番組『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』にゲストとして出演させていただきました。トーク番組に出るのは珍しいと思われるかもしれませんが、実は高田先生とはけっこう接点がありまして、あちこちでお会いしています。
高田先生は、本当に不思議な引力を持った方です。どこか親戚のおじさんに会いに来たような、ホッとさせる安心感と独特の雰囲気を持っていらっしゃる。ゲストにプレッシャーを与えず、リラックスしてしゃべらせる技術が本当に見事で、あの矢継ぎ早な一問一答のリズムに乗せられると、つい何でも話してしまいそうになります。
番組側で進行台本も用意してくださっていたのですが、僕は一切見ませんでした。もう先生の独特の間合いにすべてお任せしよう、と。ただ、乗せられてうっかりしゃべり過ぎないように、という点だけは気をつけました(笑)。
番組内でも少し触れましたが、妻(松本明子)の体調について心配してくださる声もいただいています。妻は仕事に復帰しているのですが、まだ足が本調子ではありません。ただ、足以外は相変わらず元気そのもので気力は十分なので、周りの方々に助けていただきながら、彼女らしく明るく仕事に取り組んでいます。
最後にもう一つ、映像業界の新たな動きについてもお話をさせてください。FODで配信されている縦型ショートドラマ『極道~GOKUDO~』に、僕も少し出演させていただいています。小沢和義監督による作品で、主演は山口祥行です。
スマートフォンでの視聴に特化した「縦型」というフォーマットは、中毒性も高く、今後の映像業界に大きな変化をもたらす可能性を秘めていると、僕自身も注目しています。
実は以前、『日本統一』でもこの縦型フォーマットで何かできないかと模索した時期がありました。縦型の映像を手掛けている制作会社の方とも直接お会いして、作り方やシステムを詳しくヒアリングさせていただいたんです。そのときはスケジュールなどが合わず、実現には至りませんでしたが、作り手としての興味は今も持っています。
ただ、縦型には縦型の独自のノウハウが必要です。横長の映画やドラマのカメラワークをそのまま縦に切り取ればいいというものではなく、画角の特性を熟知した演出や構成の最適化が求められます。安易に手を出せば、縦型でやる意味自体が失われてしまう別物だと認識しています。
今回の『極道~GOKUDO~』は、業界が縦型ドラマというフォーマットをどう発展させていくかを見る上での、一つの“試金石”だと思いました。山口の主演作を一番近くで見守りながら、この新しい波がどう変化していくのか、あるいはどうメジャーになっていくのか、その動向をしっかりと見極めたいですね。
もちろん、その研究の先には、『日本統一』での縦型ショートドラマの展開という可能性も、決してゼロではありません。僕たちは常に面白い手法を探していますから、チャンスがあれば、新しい見せ方にも挑戦していきたいと考えています。
撮影/森田直樹(アフロスポーツ)
Photo by Naoki Morita(AFLO SPORT)