佐藤 これまで書評でも書きましたが、村田さんの小説には、現代を生きる人間の内面や、社会が抱える問題が網羅されていますね。例えば、『コンビニ人間』では、まずメカニズム論が展開されています。形ができることで文化が変わっていく。マニュアル化されたメカニズムが人間にまで及ぶと、主人公の古倉さんのような人物像になる。リアリティがあります。
村田 ありがとうございます。光栄です。
佐藤 彼氏というのか、白羽さんもなかなかすごいですね。自意識が高く実力は低く、女性蔑視もひどくさらにお客さんの住所を控えるというストーカーぶり。最悪ですがああいうタイプは高級官僚に結構います。
村田 白羽さんは書いていくうちにどんどん迷惑な人になってしまいました。ちょっと登場するだけのはずが、どんどん膨らんでメインキャラになってしまって。
佐藤 僕は食いしん坊だから食という観点でもとても興味深かった。彼が「餌」を食べながら風呂場に住んでいる描写も生々しいなと。そしてコンビニは今、食文化に非常に大きな影響を与えていますよね。肉屋のコロッケも居酒屋のおにぎりも、コンビニの味に近づいています。海苔を別出しにするとか。
村田 かもしれないですね。私はコンビニでしか買わないからあまり気づかなかったですけれど。
佐藤 食というテーマは、最新作の『地球星人』で究極まで突き詰めて考えられています。重要なネタバレになるから詳しくは言及しませんが。そして『地球星人』では物事を相対化する視座を得る思考実験もなされています。何かに恐怖を感じているとき、その対象もまたこちらを恐れている…というような。それは現実の外交においても非常に重要な視点です。『コンビニ人間』と『地球星人』に描かれていることで今起きている出来事はだいたい説明できる。10年後も確実に読み続けられるであろう古典的な価値を備えているんですよね。
村田 嬉しいです。とても深く読んでくださっていて。実はテーマを考えずに書き始めるんです。『コンビニ人間』はコンビニを、『地球星人』は長野を舞台にする、決めていたのはそれだけなんです。書き進めるうち、自分の中に潜んでいたであろう感情や深層心理に存在するものが解凍され物語に出てくるんだと思うんですけど。
佐藤 それでも共通するテーマがあり、深化している印象です。生殖と性愛の分節化もその一つでは。キャリアを重視するエリートは結婚もビジネスライクに考える人が多く、子供が欲しくなったら人工授精というカップルも珍しくありません。周囲に言わないだけでね。
村田 私は普段は小説の登場人物と違ってぼんやりしているんですが、誰かと話しているときに、ふとした言葉が引っかかって心の底に残ることが多いんです。婚活アプリで出会って結婚した友人が何人かいて、お互いに穏やかに生活を営める相手だと感じて結婚しているんですね。家族として。でも子どもがほしいとなると、急にセクシャルな行為が必要で、それが違和感があるし恥ずかしい、と冗談ぽく言っていた友だちがいて。それで、セックスレスが悪いこととは思わないし、分けて考えてもいいのでは……というテーマに関心が行ったのだと思います。
佐藤 発想にも小説にも外部性があるんですね。これは、AIには決してできないことです。外部性――外部から何かが入ってくる、という感覚は、僕もそうですがキリスト教圏の人間にはさらに強く刺さるものがあると思う。
村田 『コンビニ人間』はアメリカ、ドイツ、フランス、韓国、台湾で翻訳していただいて。『地球星人』はこれからなので、どん引きされたらどうしようと今からドキドキしています(笑)。
佐藤 それはないでしょう。タブーに挑んだ小説というより自分たちの深層意識の蓋をされている門を開いてくれる感覚に近いはず。作風としてリアリズムの要素が非常に強いんですよね。現実のうえで話が展開するんだけどグラっとずらしていく。『コンビニ人間』は社会の発達障害が話題になり始めた時期とも重なりましたし。
村田 古倉さんの具体的な病名については、アメリカやイギリスでの登壇イベントでかなりご質問をいただきました。文学の世界で重要なテーマとして扱われているみたいですね。
佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『人をつくる読書術』『未来のエリートのための最強の学び方』など。
佐藤 そんな枠に収まらない人たちがいながら社会が成り立ってもいいじゃないか、ということを極端な形で描くのが小説なわけで。方向性や答えを示すのではなく読者に委ねる姿勢に非常に共感しましたし、強靭な思考力がないとできないことだと思います。
村田 子どもの頃から本は好きだけどおとなの意図を感じる類の絵本や児童書は嫌いだったんです。だから今も作家の意図を感じる小説って書きたくないし、書けないのかもしれません。
佐藤 村田さんは芥川賞受賞後もコンビニで働き続けていたことも話題になりましたが、今は執筆に専念されているんですよね?
村田 はい。残念ながら両立できなくなってしまって。喫茶店や、出版社さんに通って、スペースをお借りして原稿を書いています。
佐藤 私は自宅周辺と箱根に複数の仕事場を用意して、テーマ毎に場所を移動して書いています。資料も全部分けてあるから。
村田 ええ! すごいですね。私も仕事部屋を2回借りたんですが2回とも出社拒否になってしまって(笑)。
佐藤 なりますよね。複数用意するといいですよ、どこかには行くから。逃げ場は用意しておくことが大事です。
村田 具体的な名前は出さないようにと決めていたので、そうお答えしたんですが。
佐藤 『殺人出産』は、今の政府がやっている子育て支援の延長線上で考えうる世界にも相当近いです。どちらが主流でどちらが非主流かという観点で考えても大変に面白い問題提起になる。そういうことが書けるということは、村田さんが大いなる常識を持っている方だからとも思っていました。
村田 たしかに変なことをしないよう、失礼のないよう、周りを見て、必死にトレースしながら生きています。子どもの頃から良い子でいなければいけないという思いが強くて、人を嫌うこともいけないと思ってきましたから……。
佐藤 トレースはある程度みんなしていると思うんですよ。そうしなければ弾かれてしまう社会だから。たばこは受動喫煙の害があるので全面的に禁煙にするとか、コンビニから成人誌を完全に排除するとか。そんな綺麗な世界で、はみ出ないように周りをトレースして……となると、誰でもくたくたになってしまう。
村田沙耶香 むらたさやか 小説家。1979年生まれ、千葉県出身。’03年に『授乳』で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。’09年に『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、’13年に『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、’16年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。著書に『殺人出産』『消滅世界』『地球星人』など。
佐藤 それに外だと、話しかけられたりしませんか。
村田 ないんですよ。バックに1リットルのミネラルウォーターを入れていたとき、年配の女性に「大きい水を持ってますね」と話しかけられたことがあるくらいです(笑)。
佐藤 最近は学生を見ていると2リットルのペットボトルを持ち歩いてる人もいますけれども。しかしフィクションとノンフィクションでは、手法や思考は正反対とまではいわないけれど、かなり違いますね。フィクションが粘土をこねて形をつくっていくとしたら、ノンフィクションは木をノミで削っていく作業だと思う。削り過ぎちゃうと戻せないんですよ。
村田 テーマは最初から、かっちり決めているんですか?
佐藤 ノンフィクションは現実世界に即しているからある程度テーマが決まってきます。私のように外交問題を扱っていると、今であれば韓国は外せない。それから、今後大きな問題になるであろうベネズエラとかね。村田さんは特にテーマを決めずに、ということですが、今、どんなことに関心が?
村田 小説のテーマとは違うんですが、英会話はちゃんと勉強しなければと思って焦っているところです。海外での翻訳出版の関係でイベントに呼んでいただくことも増えているので。スピーチはなんとかなったとしても、その後の歓談についていけないんです。一人だけ通訳さんを通じて時間差でジョークに笑ったりするのが、いたたまれなくて(笑)。
佐藤 英会話は数をこなしていけば大丈夫ですよ。本当に、時間を置かずに世界的規模で活躍する作家になられると思う。次回作も楽しみにしています。
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