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バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤 若新さんが発起人となった「NEET株式会社」はずいぶん話題になりましたね。収支としては、いかがですか。
若新 全く儲かっていないです。そもそも僕がしたいのは、仕事を与えるでも働き方を教えるわけでもなく、ニートを集めた会社をつくる、ということ。それで最初に何が起きたかというと、集まったニートたちが派閥を作って喧嘩していじめが起きて男女関係で揉めて…と、人類の歴史をそのまま繰り返し。
佐藤 特段の目的意識を持たずに集団ができるとそうなるでしょうね。
若新 それ意味ないじゃん、とか、若者をダメにするだけだとか批判されましたけど、僕はそもそも、この会社では働くことがゴールだとは思ってないんです。むしろ、働かない人間にどんなエネルギーがあって、彼らが集まるとどんなことが起きるかを知りたくて始めたので。
佐藤 働かないということは、生活費は親持ちですか?
若新 そうですね。スマホとWi-Fi環境はあるし、衣食住の心配もありません。
佐藤 古代中世の人がタイムマシンで現代にやってきたら、彼らをいちばん身分の高い人間だと思うでしょうね。

若新 彼らは現代の貴族なんです。中世ヨーロッパでは仕事は労働階級がやるから、貴族は暇を持て余し、様々な遊びを思いついた。暇だから球を蹴ってサッカーが生まれ、音楽も美術も学問もあらゆる文化が発展した。
佐藤 そもそも、スクールの語源であるギリシャ語のスコレーは、暇っていう意味ですからね。
若新 それいいですね。立ち上げた頃から「彼らが新しいカルチャーを生み出すかもしれない、もしくは何も生み出さないかもしれない実験」って言ってるんですが、なかなか理解されなくて。でも幸いなことに大学の先生方はわりと興味を持ってくれるので、この先教育の現場でも新しい提案ができればと思っているんですけど。
佐藤 それと対極は学童疎開の思想です。子どもを守る目的は戦争を再生産するため。だから衣食住を保証してみんなを平等な環境に置いた。日本はベースが軍隊の考え方だから、それに馴染めない人がいるのも当然です。
若新 世間ではニートだけでなくイレギュラーな状況に追い込まれた人たちのことを、すぐ「社会問題化」しますよね。「ニート問題」とか「非正規問題」とか。そして評論家や社会活動家が出てくる。問題化することで解決のためのマーケットができる。僕はそれは好きじゃないので「問題」ではなくただ「現象」と呼んでいます。
佐藤 食い物にはしないと。

若新 社会の構造が変わらないと根本的な解決にはならないじゃないですか。多くの人たちはソリューションが好きなんで、解決の数を実績にしますが、僕はこの現象とつきあっていくことで何か面白い発見があるといいなと思っていて。
佐藤 僕が教えている同志社大学神学部にも「できれば自宅でずっとパラサイトしていたい」っていうすごい優秀な学生がいますよ。ニート的なメンタリティって大事だと思う。ただ社会的にニートがニートでいられる時代は、永続はしないだろうけれども。
若新 親の経済力がなくなったら、自分で生活費を得るしかないですよね。そういう意味では僕の呼びかけで今集まっているニートたちは何も得がないかもしれない。変化が生まれるのは何十年か先、次の世代かもしれません。
佐藤 でも人とコミュニケーションをとって、喧嘩したり恋愛沙汰で揉めたりっていうのは、彼らの人生にとってものすごい大きな変化じゃないですか。

若新 現時点での成果は、彼らの何人かが外出する理由をつくったってことだと思います。2組、結婚したカップルもいるんですよ。
佐藤 エクソダス(脱出)ですね。
若新 若者の就労支援の現場では、結婚を考えるならまず生計を立ててからって言われます。僕は逆でいいと思っていて。結婚したいと思えるくらいの出会いがあったら、その人生の価値を捨てたくなくて、がんばるじゃないですか。ニートであることを否定することはないけれど、働けなくなる年齢っていうのはあるから、機会があるなら早いうちに恋愛も結婚もしたほうがいいとは思います。
佐藤 働こうと思えば仕事はあるんですよね。特に若いうちなら。どこも人手不足と言っている。

佐藤 優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『40代でシフトする働き方の極意』など。

若新 でももう一つ気になっているのは、大卒レベルの変化です。偏差値40以下の高校を出ても、昔ならそのまま地元の工場にちゃんと居場所があった。それが今では、大学にまで行く。大卒ということである程度の事務能力を期待して採ったら、電車や飛行機の予約ができないとか。そういうギャップでドロップアウトしてしまう人もかなりいるのではないかと。
佐藤 そういう話よく聞きますね。
若新 適材適所にいれば能力を活かせるかもしれないのに、おそらく本人も親も、大学出たなら事務仕事…っていう気持ちがある。仕事の優劣みたいなことを考えすぎているんです。でも「デイトレーダーになりたい」という学生に「社会的価値がない」とか説教する大人がいますけど、僕が会社の上場で得た資産の運用を狙ってべったりくっついてきている東大卒のエリート証券マンと、やっていることがどう違うのかなって。
佐藤 その通り。ロシア担当の外交官だって、戦後70年経って北方領土を取り返せていないでしょ。何の意味があるんだって話ですよ。政治家だって8割くらい無駄なことをしているしね。

若新 ただ、人手不足な企業を並べると、大手チェーンのアパレル、飲食、運送会社などの、いわゆるブラック企業認定されがちなサービス業が勢揃いなんです。考えてみると、自分もそういった企業のサービスのへビーユーザーなんですよ。異様に安くて、質もそこまで悪くないじゃないですか。実はブラック企業は僕たち消費者がつくっているんです。
佐藤 使う人がいるから繁栄するわけですからね。
若新 そのしわよせが働く人間に集中したら、そりゃしんどいに決まってます。昔は値段なりの「安かろう悪かろう」が許される仕事がもっとあったし、能力に応じてそこそこ働けば、ぼちぼちの給料がもらえる「ゆるい職場」がもっとあった。
佐藤 20年後にはそうなると思いますよ。いまの教育格差が再生産されていくと、いわゆる上流と下流の格差が歴然として、文字通り住む世界が変わると思っています。イギリスでパブの扉が中流階級と労働者階級で分かれているように、日本もやがて格差が歴然とした社会になるんじゃないかな。

若新雄純 わかしんゆうじゅん プロデューサー/研究者 福井県出身。(株)NewYouth代表。慶應義塾大学特任准教授。障害者の就労支援を行う(株)LITALICOの創業・COO等を経て独立。「NEET株式会社」や「鯖江市役所JK課」など、実験的なプロジェクトを多数実施。

若新 仕事とか社会的な価値や評価軸って、その時代ごとに人間が勝手につくったもの。それに特に今の日本って、「仕事の神様」みたいなものへの信仰が厚すぎて、生きづらくなってる人がとても多いと思うんです。どこかで神様が見てるから、手を抜いてはいけない。辛くても頑張らなきゃいけない、みたいな。無理がありますよ。
佐藤 疲れ切っちゃってる。
若新 「美味いけど汚い、サービスが適当なラーメン屋」でも「あまり美味くないけど安くてとにかく量が多い」でも、お客さんが合意していればいいじゃないですか。仕事の本質って価値の交換であって、当事者同士が納得していれば、誰にも文句をいわれる筋合いないはず。仕事に優劣もない。そういうふうに働く側も消費者も、選択の幅が広がればいいなとは思っています。
佐藤 古代ローマ法に「合意は拘束する」という原則があります。当事者同士の合意さえ守れば、それ以外は自由。近代以前はそれが当たり前だったんだよね。時流の価値観に乗れない人は「目の前の人との約束、信頼関係だけは守る」と割り切って、理不尽なことからは適時うまく逃げることも大事ですね。

構成/藤崎美穂 撮影/伊東隆輔 撮影協力/PROPS NOW TOKYO
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