佐藤 太田先生の『「自営型」で働く時代』を読んで、非常に共感しました。今組織でいきいきと働いている人は、自分で課題を設定し、自分の裁量で解決する「自営型」が目立ちますね。役人の世界でも、特に官邸で働く管理職以上の優秀な人は、何か問題が起きたときも個人のネットワークを駆使してスピーディに処理しますから、士気が高い。
太田 だいぶ変わってきましたよね。かつて日本企業は、会社の一員として働く「メンバーシップ型」が主流でした。けれど組織には人事主導の部署異動がありますから、キャリア形成しようという意識が生まれにくい。雇用形態の変化に伴い、欧米のように職務を限定して契約する「ジョブ型」も入ってきましたが、日本の組織には今ひとつ馴染みにくい。そこで提唱しているのが、組織にいながらプロジェクトごとに個人が中心になって動けるような「自営型」です。
佐藤 ジョブ型は日本では定着しないですよね。まず日本では高度専門職が大切にされません。ロシアはほぼジョブ型なんです。大学が専門に特化しているから、入学時点である程度の進路が決まります。例えばモスクワ大学出身者はアカデミズム方面、ロシア国立研究大学高等経済学院やプレハーノフ記念ロシア経済大学なら経済・産業方面と、エリートを分散化するんです。そこで10年ほど経験を積ませ、マネジメント能力の高い人を総合職に引き上げるやり方です。そしてこれはロシアだけではないけれど、諸外国の専門家は一つの問題を徹底的に研究します。地雷なら地雷の専門家として最低10年。ロシアの外交官で日本を担当したら30年はやる。日本の中途半端な専門家は太刀打ちできません。
太田 同じジョブ型といっても日本ではちょっと意味が違いますよね。もともとジョブ型は大きなミッションが与えられて、その中で自分の裁量で自由に仕事をしていくというものですが、日本人は真面目すぎるというか、細かな仕事一つひとつまで決めてしまう。結果、メンバーシップ型より窮屈になってしまいかねない。
佐藤 神学には「肯定神学」と「否定神学」があります。「これをしなさい」という教えが肯定神学で、「これをしてはいけない」が否定神学。東洋ではネガティブリストを避ければ、あとは自由という否定神学的なルールのほうが馴染みます。肯定神学的なルールを与えると、言われたことしかしなくなる。
太田 今までのようにピラミッド型組織で上の命令に従う、そして分担も決まっているというスタイルは、産業革命後にできた工業生産モデルだと思います。それをずっと続けていくのは、やはり非効率だし、働きがいにもつながらない。これだけ環境が大きく変わってきてるわけですから。ここ数年で若い人に増えている、条件は恵まれているのに退職してしまう「ホワイト離職」の増加も、無関係ではないでしょう。
佐藤 現在メンバーシップ型で働いている人も自営型の感覚を持つと仕事が楽しくなると思うんです。それに先生の『日本人の承認欲求』を読むとよくわかりますけれど、自営型で仕事をしていくと良い循環が生じて、承認欲求が満たされます。
太田 単に言われたことをこなして褒められるのとは満足感が違います。そうやって自分で自分の欲求を満たせる働き方が増えれば、組織も変わってきますよね。
佐藤 承認欲求は誰もが持っているものですが、昨今は歪んだ形で使われることも多い。さらに「言ったもの負け」とでもいうような消極的利己主義がはびこっているじゃないですか。
太田 ジャニーズ事務所や宝塚の問題もそうですよね。みんな見て見ぬふりをしていたわけで。
佐藤 この状況を変えるには「自営型」で働ける環境と、個人がその中で承認される仕組みを作ることが、ほぼ唯一の処方箋だと思いながら読んでいました。ただ現状においては、自営型でいきいきと働いている人と、そうではない人の間に溝ができてしまいがちですよね。
太田 自分なりの目的を持てるかどうかが一番の分かれ目でしょうね。学生たちを見ていても、目標がない、そもそも目標を持って生きるものではない、という考え方が珍しくありません。もっとも、入りたい会社に入っても希望する部署に配属されるかどうかは人事次第。となると、それも当然といいますか。むしろ目標がないほうが臨機応変に対応できて良いという意見もあるほどです。でも、受身なまま、目的がないままではやりがいを見つけるのも難しい。
佐藤 株式会社の存在目的は、あくまでも営利追求が第一です。そこを見誤ると失望することになりかねません。
佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。第68回菊池寛賞受賞。近著に『猫だけが見える人間法則』など。
太田 組織には組織の目標があり、個人には個人の目標がある。それをいかに統合していくかが組織学の最大のテーマだと言っていいと思います。欧米企業はそのすり合わせに力を注いでいるのですが、日本企業はそもそも個人の目標に言及していない。ある研究者は「社員が辞めないことが前提になっているからだろう」と言っていました。たしかに終身雇用前提であれば、組織として会社の繁栄がすなわち個人の幸福にリンクしていたかもしれません。けれど今は違います。むしろ株式上場のために作られたような企業理念であれば、個人としてもそこまで気にしなくてもいいのかなと。
佐藤 私もそう考えます。学生には、その会社のトップが書いた本やインタビューがあれば一応目を通しておくようにと伝えています。建前であっても、あまりに合わなければその会社はやめたほうがいい。その上で組織との間で連立方程式を組む。出世したいのか、途中でとんずらしたいのか。どんな人生を歩みたいのか、老後までのマネープランも考えたほうがいいと。ちなみに私自身は大学入学当初『「神はなぜ人になったのか」を知りたい』という目標を掲げました。外務省に入ったのもチェコ語を学ぶためで、42歳までにはとんずらしてどこかの大学に潜り込んで助教授になろうと思っていました。でも外交官になってみたら他にも面白いことがたくさん出てきたんですね。結果として前科もついたけれど、今でも大目標からは外れていません。すべては10代の時に決めた目標からの好奇心で広がっているんです。
太田 20代くらいまではあまり具体的な目標を持つ必要はありませんよね。具体的すぎると、それ以外のチャンスを逃すこともありますから。
太田 肇 おおたはじめ 組織学者。1954年生まれ、兵庫県出身。同志社大学政策学部教授(大学院総合政策科学研究科教授を兼任)。経済学博士。専門は組織論、人事管理論、モチベーション論。研究分野は「個人を生かす組織・社会づくり」。近著に『日本人の承認欲求』『何もしないほうが得な日本』『「自営型」で働く時代 -ジョブ型雇用はもう古い!』などがある。
太田 私自身も、組織論を専門にしようと決めたのは研究者となってからでした。ですから、社会の役に立ちたいとか、お金を稼ぎたいとか、仕事よりプライベートを大切にしたいとか、それくらいざっくりとした程度でもいい。優先したいものを決めておくことが重要なのかなと。
佐藤 国家でも、社会でも、家族でも、神様の存在でも、何でもいいからまずは自分の心の中にある大きな目標を見つける。そして「守破離」という言葉があるように、まずは基礎知識をしっかりと身につける。基本ができていないうちからオリジナリティを出そうとするのはただのでたらめですから。そうして目標を掲げ、基礎力を身につけていれば、どんな組織に入っても、自分で考えて動けるようになります。
太田 これからは、自分で意思を持てば未来は開ける時代です。かつて能力は、学歴や資格、キャリアなどで判断されるものでした。でもデジタルの発達した現在では常に「今、何ができるか」が問われます。私は「能力時価主義の時代」と呼んでいますが、要は過去なんてどうでもいい。そういう意味でいうと誰にでもチャンスがあります。そして、AIには任せられないアナログ的な能力を身につけられるかどうかが重要になるはず。子どもの頃から積み重ねてきたさまざまな経験から、自分にしかない視点を持つこと。読書を含むそのリアルな体験に裏付けされた思考の枠組みこそが、とっさの情報の判断や問題解決のための何よりの武器になります。佐藤さんがおっしゃったように「守破離」の精神で、基礎はしっかりと固めつつ、アナログ的、人間的な能力を磨いていくことが、これからは一番の強みになっていくでしょうね。
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