バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい30代中盤より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。
佐藤 木暮さんの世代だと、マルクスを専門に学ぶ学生はそう多くなかったのではありませんか?
木暮 そうですね、友人から「なんでそんな歴史みたいなことやってるんだ」と言われたこともありました(笑)。
佐藤 慶應大学で、まだ飯田裕康先生がいらした頃ですよね。著書を拝見して、講座派の伝統が生きていると感じました。マルクスの価値形態論をきちんと押さえている学者は多くはないですから。
木暮 最初は必修の授業だったんですが、さっぱり理解できなかったんですよ。ならわかりやすくしてやろうと思って、在学中に学生向けのマルクス解説本を自費出版したんです。アウトプットするために、ひたすらインプットして…。いま振り返ってみても、そこで学んだ経験が、とても身になっていると思います。
佐藤 正しい勉強の仕方ですよね。 さらに木暮さんは新卒から10年間、3つの企業で働いてから、独立されている。リアルな会社員の経験があるからこその見解も大きいのでは。
木暮 実際に社会に出てから、マルクスの論説が現代社会でそのまま通用する、実践的な考え方だということがよくわかりました。ただ面白いことに、独立してサラリーマン時代よりも収入はあがっているものの、
生活はむしろ質素になってるんです。20代のころ仕事で頻繁にタクシーを利用していたんですけれど、今はほとんど乗りません。タクシーのほうが楽ですが、一度生活レベルのバーをあげると元に戻れなくなるから、お金を使って楽することに、なるべく慣れないほうがいいと思っているんですよね。
佐藤 わかります。あと面白いのは、世界レベルの大富豪になると、たいてい、行動パターンが似てくるんです。ちょっと時間が空いたら、自家用ジェット機で日本にやって来て買い物をして、しゃぶしゃぶを食べて帰るとか。使おうと思えばいくらでも使えるわけですが、そこまでしたいことって人間、意外とないのかもしれない。大富豪とはいえ消費には限界がある。
木暮 そうですよね。衣食住と、あと健康。その部分で必要最低限のものを入手できない経済状態は不幸だと思います。病気なのに病院にいけないとか。でもある一定の基準以上なら、あったらあった、なきゃないで、幸福感はそんなに変わらないような気もするんです。いくらお金があっても、人は慣れてしまうから。
佐藤 その基準とは、どのくらいなんでしょうね?
木暮 一人暮らしなら、年収300万だと僕は思いますね。複数になれば共有できるものもあるので、単に倍数では語れませんが。
佐藤 一人ならカップラーメンで済むところが、二人だとレストランにいってしまって、かえって金がかかるケースもありそうです(笑)。まあ、いま300万円って悪くは無いですよね。100万円以下となると、食うに困るレベルではないにしても、生活に制限が出てくる。
木暮 そうですね。でも、年収1000万円以上あっても「足りない」と思っている人って、たくさんいますよね。つまり、発想が受身なんだと思います。1000円しかないと考えたらそこで終わりだけど、この1000円でいかに有意義に過ごすかを考えたら、楽しめるじゃないですか。足りないと思う人はきっと年収2000万円でも足りなくなる。
佐藤 よくわかります。金がすべてじゃない。それに金は絶対でもない。1億2億程度の金融資産を持つ小金持ちがふんぞり返っていたら、そんな金は何かあればすぐ紙屑になるんだから、もっと別の価値観を見出したほうがいい、と忠告したくなります。でも、まだ社会に出たばかりの若者や、実家にパラサイトしているような人には「金はものすごく大事だ」と伝えたいですね。働いて稼いで、自分の金で生活できるようになってやっとスタートなんだと。
木暮 フェーズによって、まったく違う話になりますよね。
佐藤 社会全体の傾向からすると、さっき木暮さんもおっしゃっていた健康の問題、それと教育は経済状態によって格差はより大きくなっていくでしょうね。日本は保険制度のおかげでかなり平等ではあったけれど、財政的にいつまで維持できるかわからない。
木暮 ですよね。医療費の削減には、もっと意識的にならないと。教育に関しても、いわゆる超高額な英才教育は賛成していないんですけれども。ただ最低限の教育が受けられるような経済状態は維持しなければ、国力も下がるし、貧困の連鎖が加速してしまいます。
佐藤優 さとうまさる 作家。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識とそこから伺える知性に共感する人が多数。近著に「崩れゆく世界を生き延びる知恵」「超したたか勉強術」「プラハの憂鬱」など。
木暮 佐藤さんは、他にはどんなことにお金を使われますか?
佐藤 最近は欲しい物ってないんです。必要な本はあらかた揃えたし、めぼしい新刊本は書評を書いているので出版社が送ってくれる。最近だと、東ドイツの百科事典全18巻を海外オークションで競り落としたのね。本体は4000円だったんだけど、空輸だから送料が5万円かかってしまって。それは結構びっくりしました。
木暮 ああ…Amazonに海外配送してほしかったですね。
佐藤 他はソ連時代のソ連製万年筆や、エジプト猫の青銅の置物には興味があって、オークション代行業に頼んでます。でも、趣味嗜好は、檻を境にかなり変わりましたね。作家になって少し経ったとき、外交官時代から欲しいと思っていた、63万円くらいするモンブランのボールペンを頑張って買ったけど、いまは70円です。18金で重いし、もういいやと思って。木暮さんはいかがですか?
木暮 僕もほとんど物欲ってないんです。ワインとか、スーパーの800円くらいので充分ですし。お金が入ったときにどーんと使ってしまう人というのは、普段抑圧されている反動なのかなと。目的がストレス解消だから、いくらあっても足りなくなる…。
佐藤 あと一般的にお金を使うことに関していうと、タダのものはやっぱり身につかない。セミナーにしても、参加費0円と3000円では、やはり集まる人の取り組み姿勢が違う。
木暮 無料のセミナーの時がいちばんクレームが多いんですよね。10万円だと誰も文句を言いません。投資した元を取ろうとして、自分から積極的に学ぼうとして、わからないところは、とことん質問してきます。ライザップが成功したのも同じ理由だと思いますよ。
佐藤 受動的であるか、能動的になるか。
木暮 大金を払う時点で、覚悟が決まりますよね。
佐藤 私もチェコ語とロシア語を習っているんですが、ロシア語は機械翻訳用の難解な文法書をベースにした専門性の高い授業で、腹にこたえるくらいの授業料を払っていますよ。
木暮太一 こぐれたいち 1977年生まれ。千葉県出身 経済入門作家、経済ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒業。在学中に執筆した学生向けの経済書が大ヒット。大学卒業後は一般企業で務めるも、のち作家としてキャリアをスタート。『カイジ「命より重い!」お金の話』『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』など多数の人気著書を執筆。
佐藤 それで思い出したけど、外務省でも民間の企業でも、大きな金の事件を起こすのは、公私の線を超える人です。はじめは滅私奉公で組織に尽くし、後輩を居酒屋に連れて行くなど自腹を切る。でも、やがて功績が認められて大きな経費を任せられるようになると、反動で使い込んじゃうんだよね。これまで自分の金も使ったからいいだろう、という心理が働くんでしょうね。一方で木暮さんは、働き方も、マルクスの学説を総合するような、労働と遊びを切り離さない方針を推奨して、体現しておられるでしょう。共産主義世界的な働き方というか。
木暮 そうですね。だから、仕事をして疲れることはあっても、ストレスは感じていないです。もっともこれも意識の問題で、目の前の仕事を楽しめるかどうかは、その人の考え方次第だと思うんです。どんな仕事も興味を持ったら楽しくなるし、つまらないと思ったら、それ以上にはなりませんから。
佐藤 そういうスタンスの働き方なら、反動で浪費する必要もない。もしいまお金の使い方に問題があると感じている読者がいたら、まず自分にとってのお金の価値、そして仕事への向き合い方を見直してみるといいかもしれませんね。
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