FILT

バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤 國分さんは近世の哲学をご専門にされながら、地元小平市での道路建設をめぐる住民活動にも力を入れておられます。その活動や思いが記された『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)を読んで、ついに思想の力を実生活に生かせる若い世代が現れたと非常に頼もしく感じました。
國分 佐藤さんは官僚の世界を熟知したうえで、政治経済の分野にも思想や哲学が重要だと主張してくださいますね。大学改革で締め付けをくらっている僕らとしては、その援護射撃が本当にありがたいんです。実際、哲学というのは概念をパッと掴みとって物事の本質を理解し、それを上手に使って問題を考えていくものであって、どんな分野の勉強にも役に立つと思っています。
佐藤 世界が大変な混乱期にあることと、思想の力が弱まっていることには明確に関連性がありますからね。
國分 変な話ですが今、哲学を勉強している人の仕事が増えています。今日こうして声をかけていただいたのもそうですが、本を出版するだけでなく、いろいろなところで呼ばれて話をしたりと、多くの機会をいただいているんですね。ただそうして哲学が求められる時代は、不幸な時代だとも思うんです。去年はメディアにおいて、立憲主義という言葉を何度も聞きました。でも民主主義と立憲主義の関係というのは、答えが

出ていませんし、それで博士論文が書けるくらい難しいテーマです。そんな言葉が日常生活で出てくるというのは、根本的に政治や社会のシステムが揺らいでいる変革期だからではないかと。
佐藤 おっしゃるとおりですね。そして哲学ブームといえど、國分さんのように古代から解きほぐして考える人はなかなかいない。16世紀から17世紀にかけては、思想史上の大転換期です。私もそのころのプロテスタントスコラ学に強く関心を持っています。そういった教養を政治や住民運動に生かしていける知識人は、現代日本では非常にまれです。
國分 僕が専門にしている17世紀はまさしく近代の主権国家が成立した時期です。当時問われていた「主権とは何か」「主権に何ができるのか」といったテーマを、今、また考えなければいけないところに来ている。なのに言葉も思想も追いついていません。
佐藤 だから滑稽な事態が生じてくる。いま世間を騒がすヘイト問題にしても安全保障の問題にしてもそうです。第三者の視点から見ればあきらかにおかしい議論が起きるのは、政治を執行する側の人間に思想の力が足りていないからでしょう。
國分 安全保障に関しては、これまで日本の思想が目をつぶってきた……ということも問題だと思います。遡ればギリシャの時代から、哲学者は安全保障につい

ても考えていました。たとえば最初の哲学者と呼ばれるタレスは、ペルシアへの従属を免れるためにイオニアのポリスは連邦を作るべきだと主張していた。近代だとルソーも小国の同盟という安全保障案を持っていた。今そういう話をすると「軍事について考えるなんて」と非難される雰囲気があるけれども、やはりこの問題は避けて通れなくなった。
佐藤 戦前でも日本では、軍事に関して具体的に考えられる知識人はそういなかったでしょうね。そこで出てくるのが東条英機の『戦陣訓』や永田鉄山の『国防の本義』。民間なら蓑田胸喜が『国防哲学』を書きましたが、観念論に終始しているわけで。
國分 政治についての思想が観念論的にならずに済むかというのは、重要な問題です。先ほど佐藤さんがご紹介くださったように、僕は地元の小平市で道路建設に関する住民運動に関わっています。そうして地域に密着してどれだけ政治を考えていけるかが一つの鍵になると思っています。

佐藤 自分たちのことを自分たちで考え行動するとなると、具体的に考えざるをえませんね。直接の実害があるのだから。
國分 はい。昨年4月から1年間、家族でイギリスに行っていて実感したのですが、イギリスの国会議員って、自分が選挙区の代表であるという意識がすごく強いんです。有権者も政治に関して関心を持ったらまず議員に相談する。
佐藤 労働党も保守党も、小まめにやっていますよね。
國分 はい。国会の傍聴や見学ツアーの申し込みも選挙区の議員を通じてする。有権者の政治に対する関心は担当の議員が全て面倒をみる感覚です。だから国会のHPで担当の国会議員が検索できる。

佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に「使える地政学 日本の大問題を読み解く」など。当連載も書籍化。

國分 それと少し似た話ですが、娘の通っている小学校があまりにも自由なんで校長先生に話を聞きにいきました。するとイングランドは1980年代まで国が定めた学習のカリキュラムがなく、今あるのもラフなものだというんです。学校の独自性も非常に高い。学校にせよ議会にせよ、国や地域の歴史があってのことですからそのまま日本でトレースはできませんが、ヒントはあると思いました。
佐藤 國分さんがよく一緒に活動されている山崎亮さんも、下からの民主主義を考えて実践している人ですね。それを思想的に強化する作業を國分さんがやっておられるから相乗効果で両方強くなる。
國分 実践を思想的に強化するという点は、僕も意識的にやっているところです。小平の住民運動に出会った時も、まず行政に住民がアクセスできない問題点にすぐに気付いたんです。そこから考えを進めていくと、これが主権の定義に関係していることが分かった。これまで主権は立法権として定義されてきたので、住民が民主的なルートで行政そのものに関われなくても民主主義を自称できるシステムが作られてしまっている。そういう概念的な思考をきちんと思想として広めようと思い発言していました。

國分 スコットランドも面白かったです。独立運動を掲げているスコットランド国民党は右も左もなく、とにかく住民のことを第一に考えている。だから社会民主主義的になる。
佐藤 スコットランド国民党の住民投票のときに、琉球新報だけが日本の中で唯一違う論調だったんですよ。東京にいると、もっともリベラルとされている朝日新聞や、琉球新報と提携している毎日新聞でもスルーされてしまうのですが。
國分 地域が独立するということに沖縄では関心が高いというか、他人事ではないのでしょうね。僕は政党政治というシステムがもう機能しないものだと思っていたんですが、これで少し考えが変わりました。地域政党が集まり議論するというスタイルはありうると。
佐藤 賛成です。イギリスって、政治の中でも実念論の影響が埋め込まれているんですよね。目に見えないけれど確実に存在するものがあるという、中世のリアリズム。だから憲法の基礎も実体法にしないでいいという考え方で、成文憲法がない。

國分功一郎 こくぶんこういちろう 哲学者 1974年生まれ 千葉県出身。高崎経済大学准教授。近著に「近代政治哲学――自然・主権・行政」「民主主義を直感するために」など。

佐藤 わかります。思想の力が弱い運動は的外れな方向に進むか、政治的思想を持つ団体に利用される。
國分 全国の道路問題で悩んでいらっしゃる方たちが僕の本を読んで「運動の基礎になった」と言って下さったことはすごく励みになりました。思想の力が住民運動の力に結びつく瞬間に立ち会えたというか。
佐藤 民主主義というと多くの人が、代議制民主主義のことだけだと思っている。そうなってしまったのも思想の力が弱いからなんですね。教育の問題も大きいので簡単ではないけれど、根底の意識が変わり各地で動きが活発になれば、大きなうねりになるでしょう。
國分 若い人によく話すんですけれども、わからないことは「わからない」と言っていい。「難しい」という言葉で考えることを止めないでほしい。例えば選挙権を18歳まで引き下げたなら、政治家は現在の18歳にわかるよう政策を説明しなければならない。それに有権者には「わかるように説明してください」と主張する権利がある。こんな風に見方を変えていくだけでも、いろいろなことが変わっていくはずです。

構成/藤崎美穂 撮影/伊東隆輔
top
CONTENTS