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バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤 サングラス素敵ですね。私もほしいんですよ。俳優の白竜さんがプロデュースしたモデル、凄みがあっていいんだよね。
真鍋 佐藤さん、すでに迫力十分じゃないですか。どこのマフィアかと思いました(笑)。
佐藤 ふふ。2004年から連載されている『闇金ウシジマくん』も最終章に入り、いよいよ佳境ですね。一読者として大変興味深く楽しんでいます。そもそもなぜ闇金というテーマに目をつけたんですか?
真鍋 打ち切りになった前作からずっと、身近にある葛藤の物語を描きたいと思っていました。お金を絡めた題材にしようと漠然と考えていたときに「五菱会事件」がメディアで騒がれ、闇金の情報を入手しやすくなったことがきっかけです。
佐藤 カネ、権力、暴力の3つは、それぞれ代替性がある。暴力はカネに、そしてカネは権力になりうる構造が、ウシジマくんを読むとよくわかります。現代の日本社会が抱える問題の事例集にもなっている。
真鍋 連載当初からすると、闇金業界もだいぶ雰囲気が変わりました。以前はやはり暴力系というか、威圧的な方が多かったんですね。距離を置いたら電話が1日何度もかかってきたり、弔電が来たり、探偵につけられたり、生のカニが送られてきたり(笑)。

佐藤 腐ってなければ法に触れないから、そのあたりは相手もちゃんと考えてる。
真鍋 最近はそういうこともなくなりました。闇金の業界自体に金がまわっていないのか、当初仕切っていた人たちは別の稼ぎ口に移動したみたいですね。先日取材に行った沖縄なんて、スクーターで取り立てに行って、道端で受け渡しするくらいカジュアルで。
佐藤 沖縄には昔から「模合(もあい)」という相互扶助の風習があるから、貸し借りの敷居が低いのかもしれない。なぜ「逃亡者くん編」の舞台を沖縄にしたんですか?
真鍋 取材中にたまたま沖縄に逃げた人の話を聞いたんです。二部屋借りてカネを隠すという方法も実話を元にしています。何度か取材で行くうちに、沖縄って観光で行くにはいいけれど、住むとしたら娯楽も少なくて、いい仕事もあまりない。だからパチンコやお酒にハマってお金を借りるしかなくなるという環境になっていくんだなと、構造がわかった気がします。
佐藤 沖縄はある意味、日本の矛盾が集約している土地です。初期の「フーゾクくん編」に登場した風俗嬢の杏奈が「逃亡者くん編」で再登場して、すごい構想力だなと感心しながら読んでいました。毎回、かなり綿密な取材をされていますよね。

真鍋 シリーズごとのキャラクターはわりとモデルがいます。一人のことも複数のこともありますが、裏社会に詳しいライターさんや知人のツテを辿って話を聞かせてもらっていて。ウシジマをはじめカウカウの主要人物には特にモデルはいないんですけど。あ、うーたんは昔飼ってたうさぎがモデルです。名前もうーたん。
佐藤 そうでしたか。かなり闇深いテーマにも切り込んでおられますが、取材で危ない目に合うことはないんですか。
真鍋 ヤンキー全盛期の工業高校出身なので、「輩」の方々に対しても一般の人より文化的抵抗は少ないというか、適度な距離感をキープするバランス感覚はあるほうだと思います。むしろ自分は酔っ払って路上で寝たりするのでそちらのほうが危険かもしれません。
佐藤 どんな方とよく飲むんですか。
真鍋 取材相手や漫画家とか。店で隣に座った人にもどんどん話しかけちゃいますね。

佐藤 人への興味がとても強いんですね。
真鍋 そうですね。実は佐藤さんの本を読んでいて、すごく人に対する興味が強い方だなって、勝手にシンパシー感じてました。
佐藤 それは何よりです。FILTは若い世代の読者も多いので金銭トラブルに遭わないための助言があれば教えてもらえませんか。
真鍋 本当にほしいものだけ所有するようにしていれば、そこまで金に困ることってないと思うんです。自分はその日の酒代だけあればいいっていう感覚なんですね。ないなりの楽しみ方ってあるし、他人の価値観に沿って大して必要じゃないものにまで欲を出したらキリがない。見栄とか他人の目とか、そういう自分を縛るものを極力減らしていけば、騙されることもない気がします。

佐藤 優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『佐藤優の集中講義 民族問題』。

佐藤 どうなりました?
真鍋 出会った頃はショップ店員だったから元の仕事に戻れればいいと思って。ところが働こうとせずお金をせびるようになってきたので付き合いを断ちました。根本は自分で解決するしかないので。
佐藤 私もソ連時代を含め200人以上に貸したけど、返ってきたのは3人くらい。貸すことは別に問題ないんですよ。自分は借りはつくらないけれど、人間関係の一環として、わりと金は出すほうです。今は優秀な学生を支援しています。
真鍋 面倒見がいいんですね。どのくらいの額ですか。
佐藤 ケースバイケースですが、生活費から学費まですべて面倒を見ると数百万単位になりますね。勉強できる時間は短いから、優秀な学生にはバイトせずに学業に専念してほしくて。
真鍋 返済期限はあるんですか?
佐藤 特に設けていないけれど、彼らは返すと思うよ。誰かに無償で助けてもらった経験がある人間は、きちんと返す。私も学生時代に先生たちが割のいいバイトでお金を回してくれたからこそ研究に力を注ぐことができ、外交官試験にも合格できたと思っています。

佐藤 中途半端な欲望ほど危険かもしれませんね。大して親しくない友だちとの交際費や衣食住のグレードなど、深く考えずに誰かのものさしに合わせていると、必要なものにカネがまわらなくなる。
真鍋 あと女性の場合は、ヒモ体質の男にひっかからないことが重要かなと。ヒモ体質って大体DVとセットだから、判断能力が失われてしまう。特に家庭環境が複雑だったり自分に自信がなかったりする女性は、上辺の優しさみたいなものにすがりついて視野が狭まり、搾取されやすい傾向を感じます。
佐藤 愛着障害の問題も関わってきますね。「そんな相手やめなよ」って言ってくれる、いい友だちがいればいいんだけど。
真鍋 なかなか根深いですね。一度、風俗を辞めたいという女の子にあげるつもりで1ヵ月分の生活費を貸したことがあるんです。

真鍋昌平 まなべしょうへい 漫画家。2004年より週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて『闇金ウシジマくん』の連載がスタート。山田孝之主演でドラマ化や映画化もされるなど、大ヒットを記録。2017年11月現在、最終章となる「ウシジマくん編」が連載中。

真鍋 有効なお金の使い方ですね。自分もデビュー前の20代半ばに一念発起して、バイト全部やめてマンガに専念した時期があります。佐藤さんのように面倒見てくれる人はいなかったので、その時の生活費は全部、消費者金融で借りました。3ヵ月くらい全力で描いた作品が新人賞を受賞して、賞金と原稿料で返済できてよかったんですけど、そうでなかったら借金だけが残る状況でした。
佐藤 思い切りましたね。本当に実力のある人にしかできないことです。
真鍋 基本的にある程度のリスクはとるほうです。今より面白いことがしたいと思ったら絶対にリスクはつきものじゃないですか。人間関係も同じで、ある程度踏み込んで付き合わなければ仲良くなれないし、深い話も聞けない。もちろん、自分が全然楽しいと思えない面倒事は避けますが。カネもリスクも良い悪いはなく、捉え方、つきあい方次第なのかなと思いますね。

構成/藤崎美穂 撮影/伊東隆輔 撮影協力/PROPS NOW TOKYO
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