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佐藤 萱野さんにゲストとしてお越しいただくのは2回目です。前回は2014年でテーマは「結婚」でした。当時は独身生活を満喫されておられたけれども翌年にご結婚されて。心境の変化もおありでしょうか。
萱野 45歳まで独りでしたから、まあ、生活は変わりましたね。一人暮らしの頃の気軽さを差し引いても、端的にクオリティ・オブ・ライフがあがりましたし、心境のいちばん大きな変化としては「結婚っていいな」と思うようになりました(笑)。
佐藤 いいですね。聖書にも“一人でいるのはよくない”と書いてあります。私は、一度目は25歳で結婚して14年後に破綻しました。45歳のときに再婚しましたが、今はやはり結婚はいいものだと思います。破綻の経験からいうと、少なくとも半年から1年は同棲してお互いの生活習慣とか価値観を知ったほうがいい、とは思いますが。
萱野 ともに生活していくとなると、お金の使い方も重要ですよね。そこは結婚相手に限らず、最も人柄が表れるところでもあるかなと。例えば佐藤さんってすごく気前がいいじゃないですか。
佐藤 そんなに良くないですよ(笑)。
萱野 学生への支援にしても、必要と思ったところにはバシッと使うでしょう。無駄遣いはしないけど。メリハリがある。

萱野 お金って自分のために使うか人のために使うかの2種類しかなくて、その価値観はとても人柄が反映されます。お金の使い方がきれいっていうのは、尊敬される人の最低条件だと思います。
佐藤 自分の時計や自動車にはお金をかけるけど人付き合いではたかりグセのある人が学者にもいますからね。
萱野 言動が一致しない人もいますよね。日頃「弱者に優しい社会を」と声高に言っている人が、いざ世話になった取引先が倒産したとき、真っ先に債権回収にかけつけるとか。
佐藤 数字はわかりやすいですからね。サラリーマンが60すぎていきなり老け込むのは、再雇用で給料が大幅に少なくなって、自分の価値もなくなってしまうように思うからですよ。
萱野 収入や肩書だけが人生の価値になっていると、そうなりますよね。それで家庭や、身近なところで威張り散らして、さらに居場所がなくなって……。最近、駅員に対しての暴行がいちばん多いのは60代だとか。ちょっと電車が遅れただけでも「馬鹿にされた!」と憤って八つ当たりする。解決策として、それまでの社会的な序列と関係のない、マウンティングの必要のない人間関係をつくりましょう、とよくいいます。でもそれができる人なら、始めから暴走はしないような……。

佐藤 コミュ力の問題ですね。
萱野 本当に。一方で、ある程度の序列がないと人間関係が安定しないというのも一つの真理かなと思います。
佐藤 そう思います。ただ今の時代、老若男女問わず、働く人はかなりストレスフルでしょう。働き方改革といっても数年で元の長時間労働に戻ります。家庭の役割の究極は、そういった仕事で抱えるストレスを緩和できる場所であったり、あるいはリストラになったときの安全弁だったりするんですよね。
萱野 社会の価値基準ではないところで、自分の存在を受け入れてくれる人がいるというのは大きいですよね。裏を返すと、家庭に社会の基準を持ち込んで、うまく行かなかったときに責めたり、互いの価値を貶めるようなやり合いをしたりするようになると、もうそこはセーフティネットどころか一番の戦場になってしまう。

佐藤 それは深刻な問題ですね。実際に多いんですよ。教育の現場でも、お父さんが見かねて口を出すとスパルタ型のお母さんが「あなたみたいになったら困るでしょ」と。そしたらもうお父さん何も言えない。帰宅拒否になるしかない。
萱野 そのリスクを考えるとね……。令和になるときに、平成という時代についてあちこちで議論があったじゃないですか。その一つで私は、すごくリスク重視型の社会になったなと思ったんです。成長が止まったともいえる。とにかく今あるものを失わないようにする。で、博打は打たない。
佐藤 その通りですね。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『サバイバル組織術』『佐藤優の挑戦状』など。

佐藤 それから国家に対する鈍感さも気になります。萱野先生が扱う内容ですが、例えば日本の状況を安定化させるには、ある程度を国家に委ね、高負担高福祉の方向に行くのが近道だと思う。
萱野 そもそも国家の成り立ち自体、自分たち家族だけでは対処できないもの、例えば強盗団など、そういう脅威に対抗し、治安を維持するために公権力を作った。それが国家の重大な意義でした。
佐藤 4年ほど前に『高畠素之の亡霊』という本を書きました。高畠素之は日本で『資本論』を最初に全訳したのですが、その中で人間は生物として性悪であり資本主義が格差を強化する、その格差は国家にしか是正できない、つまり国家社会主義でしか格差は解消できないと言いました。だから、ソビエトが出てきたときにも歓迎した。けれど後に彼は宇垣一成に従って陸軍を中心にした形で国家改造を目論みます。これは今もう一度きちんと見ていく必要がある。いわゆるリベラルと言われる人たちが、ものすごい形の国家主義を作り出す可能性があると。例えば萱野先生が国家というものを正面から見据え、内在する暴力性などから死刑制度の問題に発言するとリベラル派の人たちに裏切り者扱いされたりするじゃないですか。

萱野 仕事でも「留学してMBA取得」とか減りましたよね。キャリアアップにならないどころか、キャリアの中断になってしまった前例がたくさんあるから。そしてフリーターになったら這い上がれないのも見ているからブラック企業でも正社員にしがみつくとか。結婚も同じようにまずリスクを考えるから、どんどん慎重になっていく。
佐藤 変なのと結婚するよりは一人のほうがいいという考え方もありますね。
萱野 独身でいるのも結婚するのもリスクがある。ただそれで足踏みしているうちに選択肢が狭まってしまう事例もよくありますよね。
佐藤 リスクは考えるけれど、一方で「時のコスト」には鈍感です。気付いたら時間が経っていた、という。
萱野 時間は一番平等なものです。才覚や経済力は個人差が非常に大きいけれど、時間は誰でも1日24時間。1年365日。そのコスト感覚がないと人生の組み立てがうまくいかなくなる。

萱野稔人 かやのとしひと 哲学者。1970年生まれ、愛知県出身。津田塾大学総合政策学部学部長・教授。『THE NEWS Alpha』(フジテレビ系)や『情報ライブミヤネ屋』(日本テレビ系)などにコメンテーターとして出演中。近著に『死刑 その哲学的考察』『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』『女子力革命』など。

萱野 ずっと言われてますよ。
佐藤 それこそ思考が停止している。
萱野 家族と国家って常に緊張関係にあるけれど、特に距離が変わってきていることも、ちゃんと捉える必要がありますね。DVとか児童虐待の問題って増えたのではなくて、今までは公権力が介入できなくて、問題が可視化されなかっただけですから。
佐藤 国家に暴力が内在するように、家庭にも暴力は内在しています。DVのように目に見える形ではなくても。夫婦の収入差、学歴差、家系の違いなど、あらゆる差や違いが暴力に転化し得る。
萱野 スピノザは『神学政治論』の中で潜在する暴力が噴出する可能性についてずっと気にしていました。結論としては、知性を働かせるしかない、というところになるのですが。
佐藤 暴力の問題に関連して、啓蒙的理性の限界は捉え直したほうがいいですよね。暴力のない家庭を目指すのではなく、内在するものを顕在化しないよう上手にマネージしていくスキルが重要です。まずはあらゆるところに暴力が潜在している、という感覚を持って家族間でも過度に期待しすぎない、過度に距離を縮めないようにする。
萱野 殺人事件の2件に1つは身内が犯人ですから。他者への過度な期待って、自己愛と表裏一体ですし。
佐藤 特に子どもへの過度な期待、そこからの過干渉や過保護は危険です。猫だって、仔猫はかわいがるけどある時期から親は子を蹴っ飛ばします。でないと仔猫に自分で生きる力がつかない。そして他者に何も期待はしないけど、助け合いはします。
萱野 やはり猫に学ぶところは大きいですね(笑)。

撮影/伊東隆輔 構成/藤崎美穂 スタイリング(佐藤)/森外玖水子
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