バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい30代中盤より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。
佐藤 駒崎さんは病児保育を行う認定NPO法人「フローレンス」を立ち上げられ、以降ひとり親家庭の支援など、社会のセーフティネットからこぼれてしまった親子を支える活動をなさっています。私は同志社大学の神学部を出て、現在も客員教授をしているのですが、日本で一番最初に社会福祉学という科目が生まれたのは同志社の文学部・神学部(当時)なんですよ。そういう伝統があるのでいまでも福祉分野に進んでいく学生が多く、駒崎さんの活動には非常に共感を覚えています。
駒崎 日本の福祉をつくってきたのは、クリスチャンの方々が多いんですよね。日本で初めての近代孤児院といわれる岡山孤児院は、石井十次というキリスト者の方がふたりの子どもを拾ってきたことから始まっています。また明治のころまで知的障がい児は教育に値しないとされてきましたが、石井亮一、筆子夫妻は「教育に光を」と滝野川学園を設立した。こちらもキリスト教の流れを汲んでいますよね。
佐藤 重度の障がい児のための止揚学園も、同志社大学神学部の先輩の福井達雨さんによって設立されました。イエス・キリスト自身がいつも子どもを集めていたので、キリスト教は子どもの養護ということに対して関心が深いのです。
駒崎 特に日本の福祉の歴史においてキリスト教は密接な関係があり、そのあたりのお話を佐藤さんに伺いたいなと思っていました。
佐藤 日本のプロテスタンティズムの特徴として、旧藩閥派の人間が多いんです。明治以降、薩長同盟体制のなかで官僚の道がつくられ、藩閥の閉ざされている人たちは、自分らの可能性を宗教や教育に見いだしていったんですね。別の言い方をすれば、キリスト教や教育しかいく場所がなかったと言えます。そういう関係性を見ていくのも面白いですよ。
駒崎 そうなんですか。その視点はなかったです。僕は歴史好きで、今みたいな話は大ヒットです(笑)。それともうひとつお尋ねしたかったのが、国策との関係です。佐藤さんはかつて外務省という国の内部にいらっしゃいましたよね。僕は民間で社会福祉、社会保障を担っている立場なのですが、最近は草の根ロビーイングを提唱しているんです。というのも、事業で目の前の方を助けるだけでなく、苦しまれている多くの方々を支えていくためには制度にしないといけない。ですから審議会で提言をしつつ、裏で審議会と交渉したり、政治家の方と話してとりはかってもらったりして、両面からの救済をしようと考えているのですが。
佐藤 非常に大切な視点です。旧来型の選挙やデモで物事を変えようとしている人たちは、よく「体制側に取り込まれている」というもの言いをしますが、それは間違いです。現実を変えるためには、体制に入らなければならない。確かに体制との間に壁はあります。
しかしその壁の向こう側に仲間をつくらなければ、物事は絶対に動きません。例えば貧困問題であれば湯浅誠さんは、現実的に貧困問題を解決にむけて安倍政権に働きかけていますね。政権におもねっているわけではない。けれど、それで誤解されることも辞さないと腹をくくっているわけです。
駒崎 そうですよね。湯浅さんのようなプラグマティックな手法は、我々にとって見習うべきものだと思います。
佐藤 湯浅さんの場合は緊急避難的な側面が強いけれど、子どもの問題に関していうと、長期までいかなくとも、5年から10年の中期的なスパンで緻密な制度設計をしなければならない。現在の体制のなかに入っていくのであれば、例えば「子どもの貧困問題を解決することでよき納税者が育つ。それが成長戦略である」という論理でいくと比較的簡単に説得できます。これは事実ですから。
駒崎 おっしゃる通りですね。虐待に関しても、放置をすると年間およそ1.4兆円の損失があると言われています。子どもたちに深いトラウマが刻み込まれ、将来的に学力が低く
なったり、生活保護受給率や犯罪率が高くなるんですね。子どもたちを救済することでその損失を防ぐ、経済効果につながると説明することで、経済右派の人達は説得可能だし、福祉に強い興味を持つ公明党も連動してくれる。
佐藤 公明党のレゾンデートルですよね。
駒崎 それと、子どもに投下される予算はいまだに非常に少ないんです。高齢者と子どもを対比させると、年金なども含まれますが11対1くらいの差がある。2040年には4割が高齢者という、人類史上体験したことのない超高齢者社会が到来するのですから、逆転させていかないと尻すぼみになってしまいます。
佐藤 難しいですね。「子どもに手厚く」という旧政策では子ども
佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。作家。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に「いま生きる階級論」「知性とは何か」など。
貧困や関連する問題が放置される。児童虐待防止法を改正し警察ときちんと連携させることが早急に求められています。そうすれば、パトロールの一環として目くばせができますから。
佐藤 警察の機能は重要です。私は学校にも事案により、警察を入れたらいいと考えます。いじめは犯罪なのだと線を引かなければ。
駒崎 わかります。実際にアメリカやイギリスでは、司法と連携したことで虐待のケースが減り始めているんです。日本ではまだ全然ですね。先日の狭山市で起きた3歳の女の子の虐待死事件も、警察は事件前に二度訪問していました。にも関わらず、外傷がないという理由で無罪放免、児童相談所への連絡もしなかった。もしその時点で連携があれば、定期健康診断に行っていないという理由からすぐに保護に向かうことができたはず。救えた命だったのにと、憤りを感じています。いま政治家の方々に働きかけていて、児童虐待防止のための議連ができたらいいなと思っているんですが。
佐藤 非常に重要なことですね。目に見えにくい問題を可視化するシステムを、きちんとつくっていかないと。
駒崎 政治の力は必要ですよね。
のいない人たちのコンセンサスが得られませんから、社会的な分断をどうさけるか考えながら、政策を組み立てないと具体化しない。
駒崎 高齢者がマジョリティとなる社会において、次世代のために身を削って投資するという中長期的には合理的な、短期的には非合理的な選択をできるかどうかが問われてきますよね…。一方の課題として、子どものソーシャルワーカーがいない。介護の現場にはケアマネージャーがいますが、子どもの問題はスクールソーシャルワーカーだけなんです。
佐藤 学校以外のところで、子どもの問題を発見するシステムが整っていないということですね。もっとも学校の現場でも、整備されているとはいいがたいけれど。
駒崎 はい。児童相談所の児童福祉士は、一人につき100件ほど担当しています。欧米では20件が限度ですから、確実にキャパオーバーなんです。本当は家庭訪問が必要なのに、半年に一度「何もありませんように」と祈りながら電話するような状態だと。手がまわらないから
駒崎弘樹 こまざきひろき 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、IT企業に勤務するも、「子育てと仕事を両立できる社会づくり」を目指し、NPO法人フローレンスを設立。病児保育園の経営をスタート。その後、医療ケアを必要とする障害児を専門で預かる保育園も設立。少子化問題、貧困家庭、虐待、養子縁組などの改善を唱え、子どもたちの明るい未来のため活動を行う。
http://www.komazaki.net/
佐藤 ただ行政でも児童相談所の担当を希望する人は少数と聞きます。児相に行った人の離職率も高い。
駒崎 はい。児相と生活保護のケースワーカーは不人気です。いずれにしても2年一度異動があるので、なかなかプロフェッショナリティが育たないんです。
佐藤 神学部で社会福祉に進みたいと考えている学生には、地方公務員の道も提案しているんですよ。ただもっと専門職化してライフプランを立ててあげる必要があります。何年後にはどのくらいのポストになるとか。それに問題が発覚したあとの、シェルターの整備もまだ不十分です。児童養護施設でも職員が足りなくて、虐待が問題になっている。
駒崎 そうなんですよね。諸外国では親から離れた子どもは最初に里親や養子という選択肢があり、養護施設はあくまでも一時的なシェルターです。でも日本は逆で施設が先という形で、現状9割は施設に行っています。職員は足りず、こちらも課題は大きいですね。
佐藤 マクロの面では現体制側のエリートを味方につけ、同時にミクロの側面で教育格差などの具体的な問題に取り組んでいく。駒崎さんがいまされているアプローチは、今後さらに重要な意味を持つようになっていくでしょうね。
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