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佐藤 塚越さんが『ニュースで読み解く ネット社会の歩き方』でも指摘されていた通り、ネット上での誤情報の拡散は年々大きな問題になっています。陰謀論という言葉もずいぶん頻繁に聞くようになりました。古くはユダヤ・ロスチャイルドにまつわる陰謀論など、どの時代にも存在するものですが、荒唐無稽と笑い飛ばすには難しい問題も含んでいますよね。反権力・反エリート主義の心理とも絡み合っていて。
塚越 今、大学ではオンライン講義を行っていますが、数百人いれば数名、マスコミに対する不信感をあらわにし、かなり強い言葉で既存メディアを嫌う受講生もいます。一方、数年前に教えていた学生から「彼女が陰謀論にハマって、謎のセミナーにも参加しているみたいで心配だ」とLINEで相談されることもあります。
佐藤 コロナやワクチンの議論にしてもそうですが、異なる意見を持つ人間同士はお互いのことを「陰謀論に騙されている人」と見なしているわけです。しかも実際にファクトとは何かを証明するのは難しい。
塚越 インターネット上には多数のファクトチェックサイトがありますが、残念ながら陰謀論者に対してはあまり効果が期待できないと思います。理由は二つあり、一つはそもそもファクトチェックサイトに関心を払う人々は陰謀論にハマらない。もう一つは、ファクトチェック団体でファクトチェックを行うのは多くの場合既存メディアのジャーナリストです。そもそも既存メディアに疑いをもっている人々からすると――。

佐藤 どうせディープステート――いわゆる裏の政府、影の政府――がやっているのだから信用に値しない、という捉え方になる。
塚越 そうですね。ファクトチェックの試み自体は重要なのですが、その試みをどのように伝えていくかは、今後の課題だと思います。
佐藤 ただ、いくつかの陰謀論批判を見ていて感じるのですが、ディープステートなんてない、と盲目的に信じてしまうのも危ない。民主的統制の効かないところで国家の意思形成がなされている部分はどの国にもある。塚越さんは、ディープステートはあると思いますか?
塚越 偶発的な出来事が重なって生じるイメージがあります。悪のボスがいて裏で操っている、というよりも。
佐藤 そうですね。実態は悪の組織などではなく、特定の大学サークルやある地域の出身者というような、属人的なネットワーク、コネを持ったエリート集団ですね。
塚越 それは一般人の集まりですか。
佐藤 現在の日本だと開成高校のOBたちです。今回、開成会内閣が成立しましたから、今後さらに「日本を牛耳る開成会」のような見出しが表に出ると思います。ただ彼らは陰謀なんて企んでいるわけじゃない。男子校特有のホモソーシャルな学園祭のようなノリなんです。
塚越 アメリカのアイビーリーグの寮のような……。

佐藤 はい、一緒です。一昔前なら東大のボート部、日大の相撲部……。そういう公式に任命されたわけでもなければ資格もない、議員でもない人たちが重要な意思決定に関わっている。この傾向はコロナ禍でさらに強まっているでしょう。時間をかけていると国民の生命・身体・財産を守れないから意思形成をショートカットしたい。となると身近な信頼のおける人の意見を参考にしますよね。彼ら自身もメリットはないのだけれど、友達や先輩後輩に頼まれたから専門知識を貸してやっている程度の認識で。悪意はないんです。
塚越 陰謀ではなくても、見えないところで行われる意思決定は、ある種の不安と結びつきやすいのだと思います。
佐藤 本当に陰謀を企てる人たちは別のところにたくさんいますよ。特捜検察なんて日常的に陰謀を企てています。永田町も陰謀の世界です。ただしそうやって仕組まれた陰謀が計画通りに行くことはありません。なぜなら外的なさまざまな力が働くから。

佐藤 ディープステートはある、陰謀もある、けれど仕組まれた通りの結果になることはない。それを踏まえておくだけでも、だいぶ世の中の見方が変わってくるんじゃないでしょうか。
塚越 SNSでは情報が断片的で断定的なものも多い。それでいて流れが速いので、発信者がどういう動機で動いているか、という点まで想像する余裕がなくなっているのだと思います。 その意味では、人を見る目を養うのが難しい時代なのかなという気もします。
佐藤 ロシアでホンモノの陰謀家に何人か会っておくといい経験になるんですけどね。
塚越 含蓄のあるお言葉です(笑)。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。第68回菊池寛賞受賞。近著に『仕事に悩む君へ はたらく哲学』など。

塚越 それともうひとつ気になっているのがファクト軽視の傾向です。学生の意見などを見ていると、ネットリテラシーといえば5年くらい前までは「情報を精査して正誤を区別する」と考える人が多くいました。しかし今は、前提として正しい情報を自分が判断できるとは思っていないんですね。それ自体は「間違えることを前提とする」という意味で、良い面もあります。ただ反面、事実がわからないとなったとき、結局自分に都合のいいものを事実として精査せずに受け入れてしまう人も増えてしまう。すると何が起こるかというと、例えば第一線の研究団体が発表した内容に対して、専門知識のない素人学生が「それは事実ではない」と、大した根拠もなく言ってしまう。この傾向がトランプ政権以降、5年ほどで急速に加速していると思います。
佐藤 今の大学生以下の年代は、ポストモダンの影響下にありますからね。価値相対主義がベースで、リオタールの言うところの“大きな物語”を共有していない。でも人間は大きな物語を作る動物だから、稚拙であってもわかりやすい極端なものに吸収されやすい。

佐藤 ナショナリズムはいい例で、貨幣信仰、学歴や出世信仰もその一種です。
塚越 情報に対する防御力がどうしても弱くなってしまいます。親も社会も、自分すらも信じられない。そのような、何にも価値を見いだせないと思っている時に、何かそれらしいことを言われると簡単に信じてしまう。それは信じるというより、不安の埋め合わせ、つまり精神的な依存のようなものだと思います。また、信じる先が経歴等の出自がはっきりしないSNSアカウントやYouTuberの発信であり、それを専門集団や有識者の意見と比較しなくなってしまうことにも危惧を抱きます。
佐藤 しかも自分で選んでいるわけではないんですよね。ケインズの美人投票的というか、ほかのみんなが良いと判断しそうなものを予測して評価しているでしょう。好き嫌いの主観ですらない。
塚越 自分でも自分を騙しているというか。

塚越健司 つかごしけんじ 社会学者。1984年生まれ、東京都出身。学習院大学非常勤講師、拓殖大学非常勤講師。専門は情報社会学、社会哲学。2021年4月から朝日新聞論壇委員。近著に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』『アメコミヒーローの倫理学』(翻訳担当)など。

佐藤 その方が楽ですからね、考えないでいいから。ただし高等教育を受けて思考力があるから陰謀論にはまらないかというとそうも言えなくて、偏差値主義者で陰謀論にはまる人はいくらでもいます。むしろ多いかもしれません。
塚越 たしかに、真面目な人、またトンデモ理論を自分で検証して理論を組み立てることができてしまうような知性の高い人ほどはまりやすい印象はあります。仲間内でその知識を披露するとみんな褒めてくれて、所属意識も持てる。――佐藤さんは『ビハインド・ザ・カーブ -地球平面説-』という、アメリカで地球平面説を唱えている人々に関するドキュメンタリー映画はご覧になりましたか。
佐藤 Netflixで見ました。真剣にやっているんですよね。定期的に大規模なシンポジウムも開催されている。
塚越 印象的だったのは「いつも自分はバカにされてきた。でも、ここに来ればみんなに会える」と、本当に嬉しそうに話している人がいて。ああ“居場所”なんだな、と腑に落ちたんです。何も信じられない時代だからこそ、いっそのこと極端な思考をもった方が、それ故に人々と「つながり」を持てると。潜在的にはそのような意識が働いているのかなとも思いました。本当はそのような思考に行く前に、もっと身近な家族や友達に弱音や本音を話せたらと思うのですが。
佐藤 だからこそ強い否定は逆効果になりますね。お互いの意見を尊重しつつ、根気強く対話を試みる。決して追い詰めない。こういったコミュニケーションは陰謀論に限らず、対立した意見の場でこの先より重要になってくると思います。

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