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佐藤 小川さんは数多くの書籍を出版されていますが、対象読者によって表現を工夫しておられるのが見事だと思いました。例えば古今東西の哲学者と思想を非常にわかりやすく紹介している『中高生のための哲学入門』では、付録のブックガイドで中高生が実際に読めるレベルの原典を薦めています。岩波ジュニア新書とか、光文社の古典新訳とか。とても親切でいいですね。
小川 ええ、読みやすくなるべく薄いものを選んでいます。私はずっと「中高生に哲学を」と口を酸っぱくして言い続けてきました。まず興味を持ってもらうために『鬼滅の刃』などのマンガ作品を題材にした哲学入門書なども積極的に書いています。ただわかりやすさを重視すると伝えられる内容に限界がありますから、興味を持ったらぜひ実際に原典にあたってほしいんです。
佐藤 私は同志社の神学部で教えているんですが、神学部の学生は一通り哲学史を学ぶ必要があります。そこで最初に守破離の話をするんです。みんなには型破りな人間になってほしい、そのためにはまず型を覚えなければならない。「守」で完全に型を覚え、「破」で別の流派を覚える。それから自分流の「離」を持っていく。そうしないとただのでたらめになる、と。

佐藤 具体的には寺沢恒信・大井正の『世界十五大哲学』と淡野安太郎の『哲学思想史』を薦めた上で、『もういちど読む山川倫理』という社会人向けの倫理の教科書を元に作成した250問くらいのワークブックを使って、3ヵ月くらいかけて基礎に取り組ませます。
小川 哲学書って膨大で難解ですが、高校の倫理の教科書をきちんと読めば最低限必要な基礎知識はカバーできるんですよね。
佐藤 ハーバーマスまで載っていますからね。ただし今までは選択科目でした。どちらかというと理科系の生徒が、単位取得が楽だからという理由で選択していた。
小川 そうなんですよね。2022年度からやっと高校の授業で『公共』という哲学的思考の学びに近い必修科目ができましたけれど。ただ学んだ知識をどう使うかという部分は、教科書や授業ではなかなか教えにくい部分だと思うんです。やはり理解したうえで、自ら実践できるようにならないと意味がないと思っていて。
佐藤 教育や実践を非常に大切にされていますよね。学生だけではなく、市民向けに哲学カフェといった場もサポートしておられる。
小川 哲学カフェは私自身も一緒に学ぶ場です。対話は座学だけでは学べないことが多く、話題や思考の広がりも違います。

小川 そうして実体験を通して実践していってこそ生きた哲学だと思っています。というのも私自身、学生時代は法学部で卒業後は商社に入り、哲学とは無縁の生活を送っていました。20代後半で挫折を経験して引きこもり、人生を立て直すために必死で様々な情報を漁って救いを求めているときに、哲学に出会ったんです。宗教やスピリチュアル系にピンと来なかった中で、最後にたどりついた砦のようなものだったんですよね。
佐藤 初めから実用のために哲学に触れられたわけですね。研究対象としてではなく。それが良かったのでしょうね。
小川 はい。そしてなんとか潜り込めた市役所で公務員として働きながら勉強を始め、やがて哲学は仕事にも生かせることがわかりました。街づくりや、悩んでいる市民の方へのアドバイスに生かせる。私の哲学の定義は、ハクスリーの『すばらしい新世界』に登場する「人生において思いも寄らないことがある。これが哲学だ」という考えが近いんです。

小川 だいたいの人は常識を破れなくて苦しんでいる。だったら常識を打ち破るような視点を持たないと解決しません。哲学思想を学ぶということは、常識はずれな様々な視点を学ぶことでもあるので。といっても、もともとヘーゲルから入っているので、現実をきちんと見据えた上での発想にはなりますが。
佐藤 なぜヘーゲルに関心を持たれたんですか?
小川 初めに共感したのはヘーゲルが遅咲きだったところです。下積み時代が長く苦労をしたという伝記を読みまして。そこからどうやってベルリン大学の総長になったのかと興味を持ち、学ぶうちに「否定」というものを肯定的に捉える姿勢に惹かれるようになりました。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。第68回菊池寛賞受賞。近著に『危機の読書』など。

小川 「否定をどう受け入れるか」は、人生を立て直すという今回のテーマから見ても、とても重要な観点だと思います。
佐藤 私の学生時代に初期ヘーゲルの神学論考の翻訳が出ました。そこでかなり熱心に読んだのですが、42歳のときに再び印象的な出会いがありました、獄中で。樫山欽四郎訳の『精神現象学』を読んでいると、150ページくらいにわたって、頭蓋骨の形は知能や犯罪に関係があるのか否かという話をしているんですが、結論としては「全く関係ない」。これが非常に面白かったんですよね。無意味なことにとんでもない労力をかけて150ページも費やしている。私がやってた外交官の仕事というのも同じだな、と。
小川 それはでも無意味ではないんですよね。ヘーゲルにとっても佐藤さんにとっても。
佐藤 一種の人種主義批判なんですよね。現在のルッキズム批判も遡ればヘーゲルの頭蓋論に行きつく。でもそれは結果論で、ヘーゲルの『精神現象学』を読むと「人生ってこんなもんだ」ということがよくわかる。

小川 いま諦めについての原稿を書いているんです。最近持病のめまいがひどくなって、以前のスピードで執筆活動をするのが難しくなり、ユングの言う「値踏みのし直し」が必要になってきているのではないかと。そこで真っ先に思ったのがヘーゲルの『法の哲学』の序文にある「理性を現在の十字架における薔薇として認識し、それによって現在を喜ぶこと」という言葉です。人生はうまくいかずに諦めることが多い、その際に心を穏やかにするには、過去の自分を否定し諦め、自分と和解することが大事だと。その際必要なのは理性すなわち哲学だと言っている。それがすごく腑に落ちた瞬間でした。
佐藤 挫折を挫折としてきちんと認める。それも教養、哲学の重要な仕事でしょう。できないと『イソップ物語』の「酸っぱいブドウ」の話になってしまう。私は50歳になったときに人生の持ち時間を考えるようになりました。そこから仕事のスタイルを変えて、教育にウエイトを置くようになりました。62歳の今は4時間かかる人工透析に週3回通っていますから、優先順位を考えざるを得ない。

小川仁志 おがわひとし 哲学者。1970年生まれ、京都府出身。山口大学国際総合科学部教授。異色の経歴を持ち、Eテレの哲学番組をはじめ様々なメディアで活躍。「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践。近著に『不条理を乗り越える』『ざっくりわかる 8コマ哲学』など。

小川 年齢や健康状態に合わせて、自分のやるべきことを考え直す時期というのは、誰にも訪れるものなのだと思います。そして、それは日本の社会も同じかもしれません。最盛期を過ぎて、方向転換が必要な時期が来ているにも関わらずうまく転換できていないから、問題が増えているような気がします。
佐藤 それは本当にその通りだと思います。
小川 そこで哲学が必要だと思うのですが、どうすればそれが実践できるのか。私がつねづね学生たちに伝えているメッセージは、とてもシンプルです。「疑って、視点を変えて、再構成して、言語化する」それをするのが哲学だと。ただ誰かが言った言葉を暗記しているだけでは、自分の悩みを解消したり人生を立て直したりはできない。
佐藤 ヴィドゲンシュタインの言葉を借りるならば、「はしごをかけて2階に上がったら、使ったはしごは落とさなきゃいけない」。
小川 はい。哲学者たちの思想や思考のプロセスを学び、それらをツールとして使って自分自身で問題解決をする、それこそ守破離の「離」であり、哲学の実践だと思います。そして哲学の実践って、終わりがないんですよね。都度の答えはあるけれど、ずっと更新していかないといけない。それが大変で、面白いところでもある。だからフィロソフィー、ソフィア(知)をフィリア(愛)し続けるという名がついているわけです。

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