バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい30代中盤より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。
佐藤 法曹界を目指す若者は依然として多いですが、実際にはなかなか厳しい時代になってきていますね。エリート職と思って今まで通りに安穏とはしていられない。
水野 そうですね、司法改革以降やはり弁護士の数が増えましたから。僕も改革後の法科大学院(ロースクール)卒業組なので、まさにその中の一人です。
佐藤 水野さんは著作権などの知的財産権などをご専門に、独自の活躍の場を広げておられるから大丈夫でしょう。これからの弁護士は、無駄に思えるくらい過剰なスペックがあったほうがいいです。
水野 僕もそういうタイプだという自負があります(笑)。もともと弁護士という職種にこだわりがあったわけではなく、この資格は自分のやりたいことをやるためのツールの一つと捉えているんです。法的なものの見方をするという意味で、弁護士というよりは法律家、アーキテクトなのかなと。
佐藤 とても重要な視点ですね。
水野 その立場から今日は佐藤さんにお訊きしたいことがたくさんあります。さっそくですが、2015年を騒がせた五輪エンブレムの問題をどのようにご覧になりましたか。
佐藤 法的な戦いと、表現者としての生き残ること、この二つの論点がありますよね。前者でいえば水野さんは以前「違法性はない」というスタンスで記事を書かれていました。
水野 ええ。佐野さんのロゴ案に限っていえば、僕らが日常的に扱っている業務で扱う案件と比較しても、大きな問題があるとは思えませんでした。先人への尊敬の念を込めたオマージュやパロディというのは表現の世界では立派な手法ですが、そのような許容されるべき表現の「余白」すらも奪われてしまったように見えます。ネットやメディアの影響でデザイナー自らが問題がないように見えるロゴ案を「取り下げた」ということになっている以上、今後のクリエイションに確実に委縮効果があるのではないかと懸念しています。
佐藤 佐野さんは表現者として釈明に問題があった。オリジナル作品だというなら、最後まで「バッシングは不当である」と突っぱらないとダメ。取り下げるにしても「無意識のうちにいろいろなものを見ていたので、もしかしたら類似しているところもあるかもしれない。ということなら、意識的ではなくとも問題がありました。すみません」と謝ればよかったのかと。そうではなく、「家族やスタッフが精神的に耐えられない」といった私的な理由で取り下げたのがまずかったですね。
水野 もちろん適正なルールは必要ですがこのような流れが加速すると、どんどんせせこましくなっていくと思うんです。日本人はどうしても空気を読んじゃうので、すでにあらゆることが窮屈になってますよね。最近じゃ立ちションもしにくい状況じゃないですか(笑)。
佐藤 ロンドンあたりでは駅でしている人も相当数いますからね。匂いでわかります。
水野 それはそれでどうかと思いますけれども(笑)。
佐藤 法の関知しない部分で裁いているのが誰かといえば、カギかっこつきの「民意」です。私もさらされた経験がありますが、この共同主観性と世論の風に耐えるのは大変なんです。特に佐野さんはこれまで順風満帆できていたでしょうから、見ていてとても気の毒でした。
水野 企業やメディア、国家権力や法律すらもオーバーライドする力を持った「民意」。叩くという行為は誰にメリットがあるわけでもない、ネットリンチのような気がします。「民意」というけれど、それは本当の意味で民意と言えるのか…。
佐藤 それはわかりません。ただし「民意」は変容します。そうでなければ私は今作家として成り立っていません。背任事件や不正融資などで捕まったいろんな人が本を出していますが、大体は一作だけ扱われて終わり。私の場合は「民意」が変容した結果、あるいは変動期の最中だから、生き残れたのでしょう。
水野 また佐藤さんはキリスト教的な価値観から、寛容さの重要性を説いておられます。私も同意見なのですが、難しさを感じているのが、不寛容な人への態度です。寛容であるということは、不寛容な人の価値観に対しても寛容であれ、ということですよね?
佐藤 はい。寛容な人は不寛容を認めないといけない。しかしナチズムのようなものが登場したときには封じる必要があります。
佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。作家。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に「いま生きる階級論」「知性とは何か」など。
みんな仲良くちゃんと順番に入札しているじゃないですか。これは独自のルールをつくっているからです。もし欧米式の競争原理で本気で叩き合ったら、あちこちで杭の手抜き工事が起こります。
水野 ルールが明言化されない文化があるということですか。
佐藤 これは私の言葉ではありませんが「談合は日本の文化」なんですよ。駐車違反と一緒で、摘発されたらごめんなさいと謝ればいいと思っている。それがいいことかどうかはわかりませんが、日本人は狭いコミュニティ内のルールを作るのはうまいと思いますよ。
水野 ただ国際的なルールとは相いれない部分もありますね。
佐藤 そうですね。これからそういった村社会的なルールと法的なルールの摩擦も増えるでしょう。これまでの日本は、日本語だけで生活できるから強かったんです。税理士や町の不動産屋なら同じやり方でもある程度生き残れます。透明化されていない、日本ならではの折り合いのつけ方という技術が必要だから。それでやっていけるくらいの経済基盤もまだありますしね。ただし今後、国際基準で勝負しなければならない職種は大変でしょう。公認会計士は、価格面でインドやフィリピンとも競争しなければならない。
不寛容な人間が権力をもったら、寛容な人は生き残れませんからね。
水野 歯止めのためには何が必要ですか。
佐藤 最終的には力でしょう。
水野 その力を行使していいのは誰なのでしょうか?
佐藤 「自分たちのしていることが間違っている」という自省機能を持った人間が出てくれば比較的平和ですよね。しかし結局は堂々巡りになる。この問題はなかなか難しく、一般的な解が出ないと思います。
水野 それと、日本人はできあがったものを改良する技術には長けているけれども、ルールづくりは下手だとよくいわれます。TPPにしても、初期値の設定からすでに飲み込まれているような印象もありますが。
佐藤 たしかに欧米を基準とした国際的なルールにおいてはそうですね。でも田舎の土建屋は
水野祐 みずのたすく 弁護士・シティライツ法律事務所代表。Arts and Law代表理事、クリエイティブ・コモンズ・ジャパンにも所属。クリエイティブ分野、IT分野、建築不動産分野のサポートに特化した仕事などを行う。
水野 弁護士も法廷のほうは残ると思いますが、それ以外は…。
佐藤 はじめの話にも通じますが、弁護士に限らずその変化に気がついていないエリートは多いよね。定向進化を遂げているから、ルールや価値観が転換していることにも、いわゆる「エリート」と呼ばれている自分の足場がいかに脆くなっているかということにも、気づけない。
水野 佐野さんもそうだったかも知れないし今後、激動する司法界にもそういう方が多いかもしれません。
佐藤 同じことが政治家、官僚の世界にも言えると思います。「エリート」という立場が通用しなくなったときに、いかに横の幅を持っておくかが重要になってくる。今後は水野さんのようにオーバーエンジニアリング気味の専門家だけが生き残っていくのでしょう。
水野 自分でもどんな広がりになっていくのか見えていない状況なんですけれども、仕組みをつくることに興味があるので、契約や法律の解釈など法的な視点を活用して環境や物事がよくなる方法を考えていければと。今はリノベーションや有休不動産、3Dプリンターといった比較的新しい分野での法づくりにも関わらせてもらっていますし、政府の仕事、ロビイングやパブリックリレーション方面の業務も出てきています。
佐藤 法的整備が全く無視されている分野もまだ多いからね。
水野 はい。あえてこれまで請けていない、変わった分野の依頼を請けるようにしていますね。ああ、もうお時間ですね。法教育についてなど、まだお尋ねしたいことがたくさんあったのですが。
佐藤 ええ、またの機会にぜひ続きをやりましょう。
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