杉野 松倉監督はどちらのご出身なんですか?
松倉 神奈川県の厚木で生まれて、10歳の時に三浦に移ったんです。高校も横須賀で、大学は2時間かけて家から通っていました。
杉野 映画にはどのくらいの時期に興味を持ったんですか?
松倉 中・高・大とずっとバスケをやっていたんですけど、それでも高校生の頃には映画をやってみたいという思いがあったような気がします。僕、両親が現代美術の作家なんですよ。でも、そういう世界で作品を作って食べていけるのは一握りで。うちの両親も必ずしも作品を売って生計を立てていたわけではなかったので、自分の好きなことをやるからにはお金を稼げないと嫌だったんです。
杉野 仕事として映画に携わりたいという思いがあったんですね。
松倉 そうですね。当時は監督とプロデューサーの違いもわかっていませんでしたけど(笑)。
杉野 そこから、どういう経緯で映画の世界に入っていったんですか?
松倉 大学でバスケを辞めてからは、映画を一生の仕事にしたいと決意して、高校のバスケ部のOBから原田(眞人)組のチーフも務めていた矢城潤一監督を紹介していただいたんです。その縁で小松隆志監督の『ワイルド・フラワーズ』という映画に制作部の見習いとして入りました。
杉野 在学中に現場に入ったんですね。
松倉 とにかく映画の世界のことを何もわからずに入ったので、あんなに大変だとは思っていなくて(笑)。ありがたいことに、そこからいろいろ声をかけていただいたんですけど、もう少し人生経験を積んでからのほうがいいかなと思い、現場からは離れました。大学では哲学をやっていて、大学院まで進んだんです。ただ、怠け癖があるのか、修士論文が書けなくて。修士が取れないことがわかった時点で大学院は辞めちゃいました。今振り返ると自由過ぎますね(笑)。20代後半になるし、早く映画の現場に戻らなければと思って、また制作部で働くことにしたんです。
杉野 その後、制作部から演出部に変わるんですよね。
松倉 いろんな現場を経験した後、矢城組の現場に助監督として入ることになって、そこから演出部になりました。ただ、助監督ばかリやっていてもなかなか自分で撮ることができない。僕はもともとドキュメンタリーが好きで、あるときNHKのドキュメンタリー番組のドラマパートで助監督を務めることになったんです。そこから、劇映画の助監督と並行して、ドキュメンタリーの仕事もやるようになりました。
杉野 それが『ちゃわんやのはなし』につながっていくんですね。その頃はどういったドキュメンタリーを撮っていたんですか?
松倉 戦争体験の手記を読み上げる朗読劇を主催されている女優の渡辺美佐子さんに密着したWOWOWの『君のことを忘れない』や、自分の両親を撮ったセルフドキュメンタリーなどもNHKで作りました。そんな中、紀里谷(和明)組でご一緒したプロデューサーの三宅はるえさんから、同じくプロデューサーの李鳳宇さんを紹介していただいて、焼き物のドキュメンタリーを作るから監督をやってほしいと言われたんです。日本と韓国の壮大な陶芸の歴史を背負いながら今を生きる男の話に興味を引かれて、ぜひやりたいという話をしました。その前には職人を追う番組を作っていましたし、両親も芸術畑なので、僕にぴったりの題材だと。
松倉大夏 まつくらだいか 映画監督。1978年生まれ。神奈川県三浦市出身。2004年よりフリーランスの助監督として活動。2013年の監督作『君のことを忘れない~女優・渡辺美佐子の戦争と平和~』(WOWOW)で日本民間放送連盟賞優秀賞を受賞。2022年は映画『やまぶき』をプロデュース。2023年には日本と韓国の陶芸文化の交わりを追ったドキュメンタリー映画『ちゃわんやのはなし ―四百年の旅人―』が公開された。
杉野 監督のやりたかったことが詰まっていた。
松倉 はい。僕、コント赤信号の小宮孝泰さんの『線路は続くよどこまでも』というひとり芝居をいつか映像化したいと思っているんです。この芝居は、朝鮮鉄道の駅員だった小宮さんのお父さんが、戦後の混乱の中で逃げながら朝鮮半島を渡って引き揚げて来た話をもとにしているんですね。なので、李さんから『ちゃわんやのはなし』のことを聞いたときに、これは僕がやるべき映画だなと思ったんです。
杉野 運命的な出会いだったんですね。
杉野 他にはどういったものを撮りたいと考えていますか?
松倉 『ちゃわんやのはなし』は完全なドキュメンタリーですけど、劇映画とドキュメンタリーの垣根を越えるような映画を撮りたいと思っています。実在する人物が生い立ちを語りながらも物語がはじまるとか、現実と虚構の狭間みたいな世界を描けたら面白いんじゃないかなと。今回の『ちゃわんやのはなし』では、辻智彦さんという若松(孝二)組や大森(立嗣)組で劇映画も撮っているトップレベルのカメラマンにお願いしたんです。すごく発想が面白く、枠に囚われない撮り方をされる方で、とても刺激を受けました。
杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『もしも徳川家康が総理大臣になったら』『帰ってきたあぶない刑事』に参加。
杉野 李さんもそうですけど、松倉監督とうまくマッチしたんでしょうね。
松倉 それもあると思います。
杉野 次回作も楽しみですね。
松倉 映画館で『ちゃわんやのはなし』を上映させていただいて、幸運なことにたくさんお客さんも来てくれて、満席の日もあったりしたんですね。映画ってやっぱりまだ力があるんだなって実感しました。助監督としていろんな現場に参加しながら、新しい企画もどんどん形にしていきたいと思っています。