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 今だからこそ、考えておきたい仕事やお金のこと。佐藤優が「ウィズコロナ時代の心がまえ」を語る特別版。
 前回の更新から4ヵ月が経ちました。その間に緊急事態宣言の発令、解除など様々な動きがありましたが、私の生活様式はほとんど変わっていません。外食や旅行は自粛し、仕事もほぼリモートで行っています。
 コロナ禍は3年から5年は続くでしょう。この長き非常事態をどう生き延びるか。もはや年齢や業種を問わず、誰もが考えなければならない問題です。FILT世代には仕事について不安を持っている人も多いと聞き、今回はコロナ禍における仕事やお金についての考え方、心がまえを述べたいと思います。
 前提としてコロナ禍でダメージを受けない業種はありません。リモート関連は一時的に伸びるかもしれませんが、他業種に比べれば、というレベルに留まると思います。特に地方の疲弊はすさまじく、ほぼ外に出ない自粛生活を続けている私でも、GoToトラベルキャンペーンに関してはやる必要があると思っています。本当であれば東京都も除外せずに、感染が拡大している地域に関して、具体的な自粛要請を行う形で、全国規模でやったほうがよかった。少しでも動けるところがあってお金がまわるのであれば、背に腹は替えられない状況です。

 人が動けば感染のリスクは増えますが、長期戦である以上、気をつけながら動くしかない。
 そのような状況下で、企業はどうすれば生き残れるのか。身も蓋もないけれど、最終的にはこの3年から5年を耐え忍ぶ体力、つまり資本力のある企業が生き残り、中小零細で生産性の低い企業は淘汰される未来が予想できます。余談ですが、資産に余裕があれば金融資産の半分くらいで株を買っておくといいでしょう。いまは全体的に株価が相当落ち込んでいますから、塩漬けにしておけば、数年後に上がっていくのは間違いない。
 市場の停滞が目に見えているいま、正社員の人の生存戦略は、とにかく会社にしがみつくことです。業界の先行きが不透明であっても、転職なんて考えないほうがいい。正社員であればそう簡単にリストラをされることはないし、もしされても退職金が出るから、次の手に転じるまでに猶予があります。
 問題は契約や派遣社員といった非正規の人たちです。日本は労働力を東南アジアや中国と買いたたき、競争をしてしまったので、今後、状況が良くなるとは考えにくく、この3年から5年で一番しわ寄せがくることは間違いない。

 もし非正規で、あるいはリストラや企業の倒産で仕事を失ってしまった人がいたら、若い人であれば、思い切って海外に出て日系企業のローカル採用を狙ったほうがいいと私は思います。
 例えばインド、タイ、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、ベトナムあたりの日系企業では、いまマネジメントのできる日本人スタッフが不足しています。現地採用だと給料は安いけれど、なにしろ生活費がかからない。きちんとした日本系の企業であれば住居も用意してくれて、2、3万円もあればひと月暮らせます。最初から現地のスタッフを束ねる中間管理職として仕事を任されることになりますから、そこでマネジメント、あるいはプログラミングでもいい、何らかの専門的なノウハウを身につける。そうすれば、コロナ禍の落ち着いた数年後に日本に戻ってきて、そのスキルを武器にもう一度勝負することはできると思う。

 なぜならいまの日本は中小零細の経営者は多いけれど、大規模なマネジメントができる人間は少ないから。淘汰された後に生き残った企業において、マネジメント能力の高さは需要があるはずです。
 海外に出られない、あるいは出る気のない人は、どうすればいいか。実際に職を得るには、ハローワークに行って、紹介される枠の中でがんばってみるしかない。それでもどうにもならない場合は、恥ずかしがらずに助けを求めることです。親に頼れるのであれば実家に帰る、あるいは行政や福祉関係のNPOに相談する。そういった窓口を探すのが困難であれば、選挙区の市議、区議といった地域の政治家に相談する。もし相談に乗ってくれなかったら別の政治家のところに行く。政党は関係ありません。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『危機の正体 コロナ時代を生き抜く技法』など。

 特に非正規のひとり親家庭、いわゆるシングルマザーの人たちは、自助努力だけでこの緊急事態を乗り越えるのは無理です。プライドだとか余計なことは考えずに、まわりに助けを求めること。すぐに支援を得られなくても諦めない。必ず誰かは助けてくれます。
 また、こういった状況が続けばメンタルに変調をきたす人も珍しくはありません。自分が弱っていると感じたら、すぐに精神科に行くことを勧めます。心療内科だと臨床経験のないところもあるから、精神科のほうがいいと思う。かつては心の風邪などといいましたが、心のインフルエンザだと思って、適切な治療を受けること。
 なにしろ長期戦です。この3年から5年は誰もが少しずつ、いまある資産を切り崩しながら生きていくことになると思う。正規、非正規に関わらず、この先数年の自分の財務状況を冷静に把握し、必要に応じて生活を変える選択肢も持ちたいところです。例えば都市部で賃貸物件に住んでいるのであれば家賃の支出は大きな割合を占めるはず。いま12万円のところに住んでいる人が5万円のところに引っ越せば、月に7万円が浮くわけです。

 しかし安いところに引っ越せばいいかというとそういうわけでもなく、引っ越し代や敷金礼金、生活の変化に対する感情も含めて考えたら、多少高くても3年同じところに住んだほうがいい、という結論になるかもしれない。これはケースバイケースで正解はなく、優先順位を含め自分でよく考えるしかありません。そういった収入と支出の棚卸しをいまのうちにしておいたほうがいい。
 コロナが収束したあとも、大変な時代は続くでしょう。私は教育の格差がもたらす社会への影響を危惧しています。リモートスタディ一つにしても、自宅にWi-Fiがある家庭ばかりではなく、集中して勉強する場所があるとは限らない。教育はかなりのところ、お金で身に付くところが大きい。親の経済力によって、子どもの段階から教育に差が出てしまう。それは前々からある問題ではあるけれど、コロナ禍でいっそう差が開いていくことは間違いない。となれば、地頭はよくても環境のせいで勉強できなかった人たちが社会に埋もれてしまいます。そして、そういった人たちに対して共感力の低い人が、企業や社会で上の立場に立つようになる。

 しかも、この国は権威主義的なところが強いから、国に文句を言いながらも、決まりごとには従ってしまう。結果、大衆行動によって何かが変わるということがなくなり、かなり自由度の低い社会になっていく……。どうすれば社会を弱める流れを食い止めることができるのかと、日々考えています。
 厳しい見通しになりましたが、家族のいる人、企業に所属している人、親しいネットワークを持っている人は、助け合いで乗り越えていけます。いままで以上に人とのつながりが命綱となる時代になりますから、いまあるネットワークを大切にしてほしい。そして余力のある人は、つながりを持たない人たちへの支援にも目を向けてほしい。
 非常事態が続けば、誰もが無意識にストレスを溜めていくもの。だからこそ、許し合い、助け合いがいままで以上に大きな力になります。まず、自分にやさしく、他者に対してもできるだけ寛容な気持ちで毎日をすごしたいものです。

撮影/伊東隆輔 取材・文/藤崎美穂 スタイリング/森外玖水子
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