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佐藤 小林先生は都市と建物の光環境や景観問題、さらに落書きやストリートアートなど空間にまつわる様々な研究をされています。今回、編集部から「コロナで住環境はどう変わったか」というお題が来ていますが、先生はどんなことを実感されていますか? 私はもともと仕事部屋にこもって原稿を書く日々で、ほぼ変化がないんですよ。
小林 会議や講義がオンラインでできるようになり便利になった一方、リラックスが主目的であるはずの住宅空間で仕事や勉強をする時間が増えましたよね。最近の住宅のつくりはオープンになってきていて、個室をつくるより広いリビングを軽く区切る使い方が主流になっています。そういった場では個々にオンライン会議などで声を出しにくい。結果、今また個室のような独立した環境が求められてきているのを面白い流れだなと思ってみています。
佐藤 たしかに私の自宅も、仕事部屋と家族の空間は照明もレイアウトも全く違いますね。仕事部屋は小スペースで机だけ広く、本棚に囲まれていて、蛍光灯です。リラックスする雰囲気ではありません。
小林 もともと自宅でお仕事されている方は、きっとそういった使い分けをされている方が多いでしょうね。ただ一般の住宅やオフィスに関しては、オープンスペースであるほうが個人的には良いと思うんです。

小林 独立したスペースで好き勝手に振る舞うより、オープンな場でお互いを気遣いながら一緒に過ごすほうが豊かなコミュニケーションが生まれるのではないかと。
佐藤 確かにおっしゃる通りだと思います。照明に関してはいかがですか。
小林 やはりリモートの影響は大きいですね。1日のうちに浴びる光は人の健康状態に直結します。例えば午前中に強い白色系の光を浴びるとセロトニンの分泌が活性化して活発に過ごしやすくなりますし、夜もリラックスしやすくなります。逆に、太陽光を浴びていた人が外に出なくなると、心身のバランスを崩しやすくなる。昼間の外の明るさはだいたい1万ルクスから10万ルクスですが、屋内は100~200ルクス程度。オフィスだと比較的明るく500ルクスくらいはありますが、それでも桁が違う。以前、照明の条件を変えると人の距離や話し方、声の大きさがどう変わるのかという研究をしたのですが、明るいほど言葉数が増え、声も大きくなって活発なディスカッションが行われました。逆に照明を暗くすると、自然と声も小さくなって、比較的プライベート寄りの話をするようになります。
佐藤 占い師の部屋などは暗いですからね。
小林 そうした変化が長期に続くと、無意識のうちに考え方も変わってくるのではないかと。

小林 それと、教えている学生89人のうち10人がオンライン授業期間中に部屋の模様替えをしていて、その多くが机を窓の近くに配置したと言っていました。それまではベッドを窓際に置いていたそうです。そういったインテリアデザインにも影響は出ているように思います。
佐藤 たしかに私も東京拘置所に512日勾留されて、自然光の入らない生活がいかに精神にダメージを与えるか、身を持って理解しました。あのときは拘置所内の観葉植物にずいぶん助けられました。
小林 自粛生活中に観葉植物やペットを迎えた人も多かったようですね。やはり自然を求めるものなのかもしれません。LEDが登場して、照明も新しい研究が行われている過渡期ですが、やはり何万年も太陽の光と火の光で暮らしてきたわけですから、昼間は白色系を、夕方以降は暖色系を中心とした生活に落ち着いていくんじゃないかと思います。
佐藤 なるほど。やはりベースは太陽と火なんですね。

小林 日本はそこまで日照率に差はありませんが、冬季に数時間しか太陽が出ない北欧や北米では、やはり“冬季うつ”になる人が少なくありません。
佐藤 モスクワも夏と冬では別世界でした。6月は午前3時には太陽が出て夜23時でもまだ明るい。眩しくて寝不足になります。一方、12月は朝9時でも星空、夕方16時には真っ暗。カラダが慣れるまで大変でした。先生は海外もあちこち行かれていますよね。ストリートウォッチングも活発にされていて。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。第68回菊池寛賞受賞。近著に『地政学入門』など。

小林 はい。オープンな場で人々の活動が見えている状態が好きなんです。照明の研究でラスベガスに1年暮らしたのですが、街中に監視カメラがある中、一日中誰でも出入りできるカジノがあって、それがオープンスペースになっています。夜中でも人がたくさん歩いていて、賭けをしている人もいて、いたるところでショーが行われて、エルビス・プレスリーの格好をした人が普通に歩いている。24時間常に開かれている場所でアクティビティが展開していることが魅力的だと思いました。あるいはインドの道端では、人と動物が横切り、果物を売っているすぐ隣で散髪屋が髪を切っていたり、その横では勉強している子供や踊っている人がいたりします。このような、ひとつの場所にいろいろなものが混在して、ゆるやかに影響し合っていることの豊かさに惹かれます。そういった場所では人同士にも意識が向くので犯罪発生率も低い。日本だと渋谷もそうですよね。
佐藤 日本では殺人事件の約半数が家庭内ですから。密室ほど危険なものはない。

小林 近年の日本はあらゆる活動が空間の中に閉じています。海外と比較して、高校生くらいの初々しいカップルが過ごせるようなデートスポットがほとんどないことも残念に思っているんですけれども。ただ例外的なものもあって、それがスケートボードやストリートミュージックあるいはダンス、それから私の研究対象の一つでもある落書きなどです。これらの何が面白いかというと、人と人との連帯感や偶発性によって、個々が内面に持っている感情が町に表れるんですよね。例えば以前住んでいた家の前には歌手の尾崎豊の記念碑があり、そこにはファンの方々のメッセージが連々と綴られていました。もちろん犯罪の落書きとは分けて考えるべきですが。
佐藤 なるほど。良い落書きと悪い落書きがある。
小林 これは先程のオープンスペースの話にも通じます。「他人に迷惑をかけるからだめ」と言葉で禁止するだけでは何が悪いのかを深く理解できません。そうではなく、実際に体験していくことで良い面と悪い面を肌で感じることができますし、両面を理解すれば他者に配慮するモラルも上がっていく。やみくもにリスクを排除するだけでは、自分以外への他者への配慮自体がなくなり、許容範囲がどんどん狭くなっていってしまうと思うんです。

小林茂雄 こばやししげお 工学博士、東京都市大学建築都市デザイン学部建築学科教授。1968年生まれ、兵庫県出身。建築や都市の光環境、景観問題、落書きなどを研究。2010年日本建築学会賞(論文)受賞。著書に『街に描く―落書きを消して合法的なアートをつくろう』『写真で見つける光のアート』など。

佐藤 近代社会を発展させる自由権利の基本は、愚行権なんですよね。愚かなことを行う権利。幸福追求権と言い換えてもいい。落書きやスケボーも、興味のない人からしたら疑問かもしれません。猫を8頭飼う生活もね。けれど1頭あたり生涯面倒をみるのに約150万円かかると言われているその分をアフリカの難民に寄付しなさいとは誰も命令できない。ただし愚行権にも他者危害排除の原則はあります。人に危害を加えてはならない。そこが大きくなりすぎると非常に窮屈な社会になっていく。スケボーは人に怪我をさせるリスクがあるからやめろとか。受動喫煙もそうですね。大学によっては自宅で喫煙するだけでも採用条件から外すと言い出すところもあって、それは行き過ぎではないかと思っているところです。
小林 私も20代の頃に喫煙していて、喫煙所での声の掛け方の研究も行っていました。喫煙所というのも特別な空間ならではのコミュニケーションが生まれやすいんです。違う部署の人ともなぜか腹を割った話ができる。理由としては、ほかの場所から離された空間における仲間意識もあるんですが、物理的な距離の近さも大きい。人は2~3メートル以内に近づくと深い話をしやすくなるんですよ。喫煙所に限らず、コロナ以降はそういった場がどんどんなくなっています。それにはやはり危機感を覚えますね。

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