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 映画の仕事は進めつつも、ここ数ヵ月は映画関係者以外とつながることも多かったと、三島監督は言う。
「1月に敬愛する写真家の堀清英さんの写真展『RED』を見に行きまして、堀さんとRED論のようなものを交わしていたら、写真展に来ていた四元康祐さんという詩人の方と知り合いになり、『文學界』の3月号を送ってくださったんです」
 送られたものを読み、あることに思い至る。
「日本語では現実と言葉に隙がなかったのが、英語に翻訳をすると現実と言葉の間に隙間が生まれ、その亀裂の奥の方に詩が見えた、といったようなことを本の中で四元さんは語られていました。そのとき、まさに映画を作る作業に通じるところがあるなと思ったんです。なぜなら、脚本に書く時というのは、頭に浮かんだ映像や台詞や行動をひとつひとつ言葉に変換していくんですよね。そこに隙間が生まれて、むしろどんどん隙間を作っていく」

「そうしてできた脚本が役者さんやスタッフのみなさんの手に渡り、その隙間をそれぞれが埋めていってくれる。そうすると、最初に思い描いた映像とは違うけれど、もっと豊かなたくさんの言語を含んだ芳醇な表現になっていくんです。なんだか、自分の書いていたことがいろんな表現に翻訳された感覚になります」
 そして4月、三島監督は四元さんに招かれて、大久保のライブカフェで行われた朗読会に参加。そこでは、街を散歩して感じたことを詩にするSampoem(サンポエム)という2人の大学生が始めたプロジェクトに、創造の原点を見る。
「もともと表現することって、自分の感じたことや見たことを気軽に気負いなく発信するところから始まっていたんだなと教えられました」
 詩という研ぎすまされた非日常的な言葉の豊かさに、気づかされる瞬間もあったという。

「私は、脚本を書いたり、作ったりしているときは、セリフで説明することをできるだけ避けていて、空間や佇まいや行動、そして表情などでその人物が置かれた状況や心情を表現したいと思う方です。それはここ数年意図的にそうしてきたんですけど、朗読会では、少ない言葉を非日常的な組み合わせで発することで、より印象的になり、イメージが広がっていくことをあらためて感じました。むしろ多少違和感のある非日常的な言葉になっても、表現として映画の中に入れ込んでもいいのかなと考えるようになりました」

 言葉を発し、そして発さないことで感情を巡らせ、表現に厚みをつけていく。
「自分の映画作りの現場では、役者さんにそのシーンで役として感じた事を口にしてもらう、ということをやってみたりすることもあります。どんな感情が行き交っているのか、を言葉にして伝えてみる、というワークショップみたいなものです。それを今度は全部忘れて、まったく言葉を使わずに台詞なしで感情のキャッチボールをやってみる。そして、最後に脚本の台詞でやってみる。いろんな言葉をあつかってのキャッチボールを経ると、ひとつの台詞にいろんな意味が重なって見えて来る瞬間に辿り着けることがあるんです。現場では、感情のキャッチボールができるだけ芳醇な表現になっていくことを目指しています。それは、やはり一度言語化しないと見えて来ない事もあるのかなと思います。もちろん、この方法がいいかどうかは、役者さんに合わせます」

 そんな人間の感情のキャッチボールをつぶさに捉えた三島監督の作品たちが、日本から遠く離れたイタリアの地で上映された。5月4日から5月7日まで、ベネチアで開催された「第12回カフォスカリ短編映画祭」で『三島有紀子の世界(IL MONDO DI YUKIKO MISHIMA)』と題した特集が実現。3日には前夜祭として『Red』が、5日には短編映画『よろこびのうた Ode to joy』が上映され、マスタークラスが行われた。

よろこびのうた Ode to joy』は、名優・富司純子を迎え、コロナ禍での老女と青年(藤原季節)の犯罪バディものを、ほぼ色のない映像で描き、世界中のあらゆる世代が感じている理不尽さがにじみ出るアート作品と評されている。また、映画祭の後もイタリアの各地で上映プログラムが組まれており、ローマやナポリではその二本の他に『幼な子われらに生まれ』の上映やトークイベント、マスタークラスなども予定されている。この映画祭にあわせて、三島監督は初めてイタリアを訪れる。

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』『IMPERIAL大阪堂島出入橋』などがある。
【公式HP】https://www.yukikomishima.com

「『よろこびのうた Ode to joy』は、年老いた女性と青年が、仕方なくとは言え、犯罪を犯すという“恐怖”を共有したことで、その先に愛を見つけられたという私の中では強く希望に向かっている作品です。それをラブストーリーと捉えていただけたこともとても嬉しいですし、3本の作品を上映という世界初の特集というのも有り難いです。実は、塚口サンサン劇場さんで三本立ての特別上映はやっていただいた事がありその時も本当に嬉しかったのですが、海外では初になります。持ち込み企画である作品や依頼を受けた作品も含めて、自分がこれまで監督した8本の長編映画それぞれに作家としての思いを込めてきました。これらの作品を決して小さくない規模で配給していただいている私は幸せ者だと思っています。それでも、日本映画を世界に紹介してきたイタリアで映画監督として見ていただける光栄に身引き締まりました。いろいろな国からやって来られた監督たちや映画祭運営に参加している学生さんたちから多くを学べました。心から感謝しております」

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