最新作『一月の声に歓びを刻め』の舞台の一つは、黒潮の直近に浮かぶ伊豆諸島の八丈島。かつて「鳥も通わぬ」と詠われた島も、近年は雄大な自然やレジャーを求め、多くの観光客が訪れている。
「私の中の八丈島の色のイメージは黒と緑なんです。島の海岸に溶岩でできた千畳敷があり、初めて訪れた時にその黒々とした大地を目にして、“生きろ”と言われているような力強さを感じました」
 江戸時代には流刑地として、約1800人もの流刑人が流された島でもある。
「きっとここに辿り着いた人たちも、生きていかねばと思ったんだろうなと。八丈島は亜熱帯性の気候で、緑が濃く、風も強いんです。その熱風の中で、罪の意識を見つめる物語を撮りたいと思いました」

 八丈島のシーンでは、哀川翔演じる牛飼いの誠が、島の郷土芸能でもある八丈太鼓を打ち鳴らす。両面から二人が向きあって叩く八丈太鼓は、一人がリズムを刻み、もう片方が自由に合わせる演奏法で知られている。
「島の方にお聞きしたのですが、昔はどの家にも梁から太鼓がぶら下がっていて、嫌なことがあれば気晴らしに太鼓を叩いたそうなんです。すると太鼓の音を聞きつけた近所の人がやって来て、一緒に叩いてくれる。きっと心の傷や痛みを抱えていたからこそ生まれたセッションもあっただろうし、言葉を交わさなくても太鼓を通じて気持ちが伝わり、それが相手の癒やしになることもあったと思うんです」
 力強い太鼓の音が島の熱風に運ばれる。その音は、もしかしたら海を越えたかもしれない。

 八丈島の他に、北海道の洞爺湖中島と大阪の堂島も本作の舞台となった。この3ヵ所は、三島監督があえて選んだ場所だった。
「ロケーション選びはとても大事でした。洞爺湖は冬の厳しい寒さの中でも凍らない不凍湖で、中心に浮かぶ中島には船で渡ることができ、誰にも穢されることのない神聖な場所というイメージでした。私の故郷の堂島は堂島川に面している街で、近くには他にも大阪湾に注ぐさまざまな川が流れています」

「先日、映画をご覧いただいた大学生に「水の意味は何か」と尋ねられました。海や湖、川などの水辺は、自分の中では、黄泉の世界へ続く“死”の境界として撮ることが多かったです。でも今回の映画では、ラストに意味合いが変わっています。波打ち際の先には“死”があるのではなく、その先に誰かがいる、ということです。海は、孤島と孤島をつなげる存在であり、そこに船を浮かべれば行き交うこともできます。遠く離れていても、誰か理解してくれる人がいて、あなたの言葉はどこかに届くかもしれないと信じさせてくれる、ということを象徴的に描ければと思いました」
 今回の撮影では、音にもこだわったという。
「その場所にしかない音を感じていただきたくて、音は繊細に整音しています。劇映画は現場の音をつけ直すことが多いんですが、今作で言うとどうしてもリアルさに欠ける気がしました」

「八丈島などは風が強くて、現場で録音した音を使うとひび割れた音になってしまうんですけど、音チームは整音を高い技術で繊細にしてくださった上で、どういうふうに音を足していくのが効果的か、一本の映画の流れの中で試行錯誤してくれました。一つ一つの音が緻密な計算の上に成り立っていて、素晴らしい録音部と効果部、音チームの仕事だと思っています」
 キャストやスタッフはもちろん、大勢の人々に支えられ、『一月の声に歓びを刻め』は完成した。

 コロナ禍に撮影された『インペリアル大阪堂島出入橋』から始まった長回しという演出を踏襲しながら、人間の「生」が映し出されている本作を完成させたことによって、三島監督は救われたのだろうか。
「自分の性被害の体験をモチーフにしたこの映画を撮ったことで自分自身が救われたかは考えていません。自分がこれまで生きてこられたのは、映画のおかげですから。映画は私に“生命存在の美しさ”“世界は生きる価値がある”と信じさせてくれました」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。昨年はイタリア各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。セミドキュメンタリー映画『東京組曲2020』・短編劇映画『IMPERIAL大阪堂島出入橋』が全国順次公開中。最新作『一月の声に歓びを刻め』が2024年2月9日に公開(予告編はこちらから)。【公式HP

「自分のような人間に向けて映画を作りたいとこの世界を目指し、そんな過去を忘れられる“一瞬の夢”のような世界、美しい人間の存在を信じていただきたいという想いで、これまで『しあわせのパン』や『繕い裁つ人』『幼な子われらに生まれ』などを作ってきました。性暴力を受けてから47年という時を経て、2023年にようやく振り返ることができるようになり、賛同してくれるスタッフやキャストと共に映画を作れた、その事実が大きいです」

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