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 最新作『Red』が、いよいよ来月公開となる。監督は原作から、まずヘンリック・イプセンの「人形の家」を想起したという。
「この物語は現代版『人形の家』になる。そう感じました。塔子は自分の感情を抑え込んで生きてきた、ある意味、非常にイノセントな人。
そんな彼女が鞍田と出会って、自分の人生を生き始める。夏帆さんの目はビー玉のようで、人形のように感じられることがあります。でも感情が生まれると、そこに力強い力が宿る。そんな目を持つ彼女なら、塔子の変化を繊細に表現してくれるだろうと思ったのです」
 一方、妻夫木聡に惹かれた理由の一つも彼の“目”にある。
「妻夫木さんの目は一枚薄い膜が挟まったような、届きそうで届かない目。その目が亡霊のようなはかなさを持ち、しかし相手の上っ面をはがして本質を見つけ出していくような、いびつな愛し方をする鞍田そのものだと感じました」

 撮影中、妻夫木とは戦友だったと監督はいう。
「撮影が終わったあと、妻夫木さんに『監督は現場で塔子でしたよね』というようなことを言われたんです。その時は『え? 私はどちらかと言うと鞍田ですよ』と笑って答えたのですが、今、ようやくその意味がわかってきた。私は塔子とはまったく違う人間だけれど、現場では塔子はどういう人間なのか、こういう時どうするんだろうか、そればかりをずっと考えていた。自分にとって一番難解でしたしね。そういう意味では塔子の人生を生きている時間だったんです。妻夫木さんが言っていたのはこのことだったのか、と」
 妻夫木の“目”の確かさには、驚かされるばかりだった。
「例えば、鞍田の仕事は原作ではITコンサルタントですが、映画では建築家。その意図も妻夫木さんは正確に理解してくれていました」











 塔子も鞍田も家に居場所がない。だからこそ彼らは自分が安心できる「理想の家」を建てたいと願う。二人が住む予定の家ではない。それぞれが「理想の家」を考えていると、自然とシンクロしていき、まるで二人の家を作っているかのように愛を育むことになる。
「私がずっとこだわっていたのは、鞍田と塔子の二人には何が見えているのか、どんな景色が見えているのか、ということです。それは塔子と鞍田が建てたかった理想の家の窓から見える景色であり、二人が並んで座るボルボのフロントガラスから見える風景なんです」

「二人が一緒にいた時間は『自分たちの居場所を作りたい』と思って、生きた時間だったんじゃないかと思うんです」
 夏帆演じる塔子のシーンで印象的なのは、やはり冒頭の電話ボックスのシーン。新潟から東京への帰り道、塔子は夫・真に「帰る」と告げながら、心の中で葛藤し、ある選択をする。
「夏帆さんがとても良い表情をしていたので、その芝居をより生かすように編集をしました。あのシーン、ちゃんと東京にいる夫役の間宮祥太朗くんと、電話で話しているんですよ」
 “音”へのこだわりも監督の特徴だ。担当は『幼な子われらに生まれ』他、数々の三島作品でもタッグを組んだ浦田和治。
「今回は塔子と鞍田、二人だけに聞こえている音を大切にしてほしい、とお願いしました。ドキドキしていて自分の心音しか感じなければ、心音だけでいい。鞍田の吐息だけであれば、それだけでいい、と」
 塔子と鞍田が結ばれるシーンの気持ちの高ぶり。塔子の胎内に響く、水滴の音などを繊細に表現した。








 二人の想い出につながるのは、カーラジオから流れるジェフ・バックリィの「ハレルヤ」。若くしてこの世を去った早逝の天才の人生と、歌詞の内容が鞍田と塔子にリンクする。10年前に二人が出会ったいきさつは映画には描かれない。ただ、二人が出会った頃に聴いていたこの曲が、すべてを物語る。
「ジェフ・バックリィは、ちょっと吐息に近い歌い方をするんですよね。声が崇高であるがゆえに孤独で、吐息のようだけど確信に満ちていて絶望と希望を行き来する」

「はかないけれど青白い炎のように燃える恋愛をする二人を象徴しているし、それに塔子にとっての鞍田の存在はこの曲のようだなと。この作品にはハレルヤがどうしても必要に感じました」
 そして、原作とは異なるラスト。原作者の島本理生はそこを素晴らしいと評する。
「なぜなら私自身が小説を書き終えたときに、人によってはまったく違うラストを描いただろうという思いがあったからだ。それはいかに女性の生き方というものに正解がないか、という実感でもあった」(プレスへの寄稿より)

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身。監督作『幼な子われらに生まれ』(’17年)で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞を受賞。他監督作品に『しあわせのパン』(’12年)『繕い裁つ人』(’15年)『少女』(’16年)など。最新監督作の『Red』(出演・夏帆/妻夫木聡)が2月21日に公開。

 タイトルの『Red』の意味もそれぞれに投げかけられている。塔子の心に潜む艶か、情熱か。鞍田の心に燃える火か。選び取った人生の犠牲に流される「血」なのか。
「秘密です(笑)。だけど、私には明確に何をRedとして描こうというのは決めていました。観ていただいて感じてもらえたら嬉しいですね。すべては、二人が見たかった風景につながっている、と思います。自分がどう生きていきたいのかは、何を見て生きていきたいか、でもあると感じています」
 最後に二人が見る風景を、ぜひ心に焼き付けてほしい。

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