最新作『Red』がついに公開された。タイトルに冠するだけあり、冒頭から“色”が印象的に使われ、観客をハッとさせる。ヒロイン・塔子の衣装や小道具も然りだ。三島監督もこれらの“色”にさまざまな意味を込めたと話す。
「どんな人も自分の中に“色”を持っている。人と出会ったり、何か行動を起こす事で、その色が動いていく。そんな心の中の色の動きが、衣装や美術に反映されればと思いました」
塔子の服は白や淡いピンクから、鞍田と出会い、仕事を始めることで変化していく。一方、鞍田にも変化が起こる。黒しか身につけていなかった彼は、新潟に塔子を迎えにいく場面で茶色のセーターを黒いコートからのぞかせるのだ。
「あの段階で、鞍田と塔子の関係は逆転しています。鞍田の黒は揺るがないものの象徴でしたが、塔子を受け入れる余白ができ、生命が弱っていくことで色が薄まっていった。逆に塔子は黒を着ています。ただ、娘の名前でもある“翠”色のマフラーで縛られています」
「私の中では、グリーンは翠と同時に塔子の本質…少女性でもある。妻でも母でも女でもなく何者でもなかった頃、純粋に好きなものを好きと言えた時代の象徴。だが、少女というのは自分の中に尺度がない時代なんですよね。そして、全ての色を混ぜて表れるのは黒。最も汚れた、同時にとても強い色だと思います。自分の意思や選択が固まった彼女が黒を選ぶことができるのはいつでしょうか?」
そして今回、塔子が決して身につけなかったある色がある。
「赤は絶対に彼女に着せないようにしました。彼女の中の“Red”は、そういう外見的なもので表現するべきものではないと思ったし、わかりやすく限定できるものではありません。“Red”は、彼女の、また鞍田と観る世界にだけ存在させようと。白い雪の中に儚く漂い、白い雪に染み込み、はみ出し者に結びつけられたように風にたなびき、カタカタと揺れ、土台となる橋として何かを渡していく、人の心に火をつけていくものでもあり、暗い空に光りを与える朝陽でもありますよね。色の表現を考えるのは、今作に限らず好きな分野です」
本作は木村信也のカメラが映し出す色も美しい。手持ちでの撮影が多かった。
「私が土門拳で撮りたいと思ったんですよね。意味わかりませんね(笑)。よく写真でイメージするんです。もちろん、映画と写真は全く違いますが、名カメラマンの加藤雄大さんに教えていただいたんですよね。どんな映像を作りたいか、写真で考えるのも、ひとつの方法だよ、と。いつもは、その瞬間の前後を想像させる木村伊兵衛の写真を好んでいるんですけれど、今回、特に土門拳の写真のように、まるで時が止まったような瞬間が感じられたらいいなと」
「今回は主演二人の感情に肉迫したかったですし、常に緊張感を保ちたかったという理由もあります。木村さんが生み出す映像は緊張感があり、それでいて芝居を見せる芝居中心の映像作りです。フレームの美しさを一番には考えていません。常に芝居と人間とを一体化して撮ってくれています。特に濡れ場のシーンは不自然な体勢での25分ほどの長回しで、カメラマンや照明部の負担はものすごかった。それでも賛同してくれた彼らのパッションに感謝しています」
尾下栄治による照明も重要な要素だ。
「二人が最後に結ばれるシーン。はじめは月光で身体の縁だけが見えるようなライティングだったんです。でも芝居を見て、何も言ってないのに尾下さんがあの照明に変えてくれた。もう会えないかもしれない、二度と抱き合えないかもしれない二人がお互いの肌、細胞まですべてを記憶に止めておこうとするのだから。映画を、シーンを深く理解してくれるスタッフとの仕事は、本当にしびれますね」
全員がひとつのストーリーに向けて、それぞれの場所で力を発揮する。それを束ねるためのキーワードを提示できるかが、監督の大切な作業なのだ。
「スタッフは私が役者さんなどに、たどたどしいですが説明している言葉を聞いて『その瞬間、何を目指しているのか』を理解してくれる。そしてよりよく、変化させてくれるんです」
例えば、塔子の家。撮影場所は都下にある豪邸で、もともと大きく開放的な窓があった。
「その窓を美術部が全部つぶして壁にしてくれたんです。“かごの鳥”である塔子の閉鎖的なイメージを作るために。そして彼女が本当に住みたい家、それは鞍田の住みたい家でもあるんですけど、その家との対比をどう作るか、と考えてくれました」
みんなで作り上げるものだからこそ、土台となる台本や発言には細心の注意を払う。
「ひとつひとつの発言。ト書きひとつ。みんなが深く考えてくれますからとても緊張しています。下手なことは言えません。逆にちょっとつぶやいたことを、具体的な画にしてもらえたりするのを見ると、素直に感動しますね」
自分が想像していたものよりも、より深いものを見せてもらえることは多い。
「その瞬間が一番楽しみだし、至福の時と言えます。芝居も同じ。何も言わずに置いた小道具で役者さんが何をやってくれるんだろう? どんなものを見せてくれるんだろう? その積み重ねで映画ができていく。幸せな仕事をしていると思います」
三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身。監督作『幼な子われらに生まれ』(’17年)で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞を受賞。他監督作品に『しあわせのパン』(’12年)『繕い裁つ人』(’15年)『少女』(’16年)など。最新監督作の『Red』(出演・夏帆/妻夫木聡)が公開中。
これまでに国内外で、本作について多くの取材を受けてきた監督。なかでもやはり「不倫」というテーマや、「子供との訣別」について聞かれることが多かったという。
「道徳的に正しい人を描くことが、映画ではないと思うんですよね。人間はAIじゃないし。正しくありたいと思いながらも人間は失敗したりどうしようもないことをしてしまいます。なぜそんなことになっていくのか。それを繊細に追いかけるのが映画であってほしいし、人間を観察していくのが芸術なのかなと自分は感じています。いろんなことを語ってもらいたいですし、記事が出る頃には様々な意見が出ていると思います。今からすごく楽しみです」
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