NHKドラマ10『半径5メートル』(毎週金曜22時~)の放送がスタートした。三島監督はチーフ演出を担当しており、企画とキャラクター造形にも携わっている。
「芳根京子さんの演じる主人公の風未香(ふみか)は、登場人物の中で一番フラットな人物かもしれません。25歳で、出版社に入ってまだ2年。今やりたいことは見えていないんですけど、やりたくないことが何なのかだけは分かっている。そんなふうに自分が見えているから、はっきりと自分は『編集者失格です』という言葉も言えてしまえる人なんです。自分のことも含めて、良いところもダメなところもちゃんと認めることのできる素直さがある。風未香には、そんな人となりを盛り込んでいきました」
また、素直なだけではない風未香の魅力を表現するために工夫したこともある。
「風未香は『~~だし』とか『~~ねぇし』みたいな、わざとちょっと雑な言葉づかいにしています」
「みんなの前では一生懸命『ですよね~』と合わせようとしているんですが、一人になったらガンガン毒を吐いてしまうという女の子にしたんです。そんな“ほころび”のような部分を見せながらも、魅力的になったのは芳根さんの愛嬌と演技力と思います」
そんな風未香が、女性週刊誌の一折から二折に異動し、個性的な人々と出会う。筆頭となるのは、名物ベテラン記者の宝子(たからこ)だ。
「永作博美さん演じる宝子の台詞に『あなたは何をどう見るの?』というのがあります。自分はどう見るのかという視点、そして“物事は一つの面から見ていても、何も見えてこない”という確固たる哲学を持っている人です。一方で世の中を楽しむ軽やかさがあります。宝子を見ていると、生きることって楽しいんだなと思えてくるような人物になればいいなと。永作さんが宝子に母性という感触をプラスして、面白く豊かに演じてくださっています」
宝子の考え方は、まさにドラマ全体のテーマでもある。他にも毎熊克哉、真飛聖、山田真歩、北村有起哉、尾美としのりらの演じる人物が編集部の仲間として登場する。
「できるだけ個性的なメンバーにしようと(笑)。コメディと繊細な人間ドラマのいいバランスの中で作りたいと思っていました。演出上一番大切にしたのは、どんな人間を描きたいのか、です。登場人物一人一人の背景や好み……それに一番時間をかけますし、“演出”の仕事で一番大切な部分だと思います」
「そうすると、こういう人物が生まれる会社はどういう所か、どういう服や持ち物なのか、自然に浮かび上がってくる。すべてキャラクター設定を元に美術部や衣裳部とも打ち合わせしています。お芝居も、それぞれの登場人物の特徴が出て、愛おしくなるよう膨らませるように心がけていますし、役者のみなさんがみごとにその人物を生きてくださり素晴らしかったです」
個性的な人物が集まる二折と、雑誌の花形である一折との対比も面白い。
「このドラマでは一折が旧態依然とした部署であるのに対し、二折は個人を尊重する自由な部署なんですね。一折は、スクープを取ると上の人間が『今日はみんなで焼肉だ!』と盛り上がるけど、二折班はみんなでランチに行くときも、それぞれ食べたいものがバラバラで、けっきょくじゃんけんをして決める……民主主義という感じです。そういった脚本にはないけど現場で生まれる演出もそうですし、セットでも双方の部署の違いを表現しています」
編集部のセットは、監督と美術デザイナーのYANG仁榮さんと美術部との打ち合わせによって、世界観が作られた。
「“半径5メートル”と“一折と二折の体質の違い”を視覚化してもらいたいと言いました。統一された空間の中で一折の編集部は上の段にあって、二折はそこからちょっと下がったところにある。高低差をつけて、お互いの立場をわかりやすくしました」
二折の宝子たちに哲学があるように、一折にも一折の哲学がある。
「ドラマの中のセリフにもありますが、綺麗ごとだけではなく雑誌の収入源である一折があるから、生活情報を扱う二折という部署が成立しているわけです。その縮図もちゃんと映像的に見せたかったというのはあります。責任あるポストの女性も珈琲を淹れてくれる男性の上司もトランスジェンダーの方も海外からの移住の方(主人公の住むアパートの隣人)も、当たり前のように存在する世界を描きたいなと。そして、スクープに関わる一折班は軍隊のように指示系統がはっきりしているのに対し、二折班は他者に寛容で、それぞれの個性が重んじられ、多面的に物事を見つめて、深くディスカッションし思考する……そんな自分が目指したいコロナ禍後の理想の職場として描きたかった。日本はまだそんな状態にはほど遠いと感じますので、このドラマの二折の描き方は、ある意味ファンタジーなのかもしれません」
三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数を受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』などがある。チーフ演出を務めるNHKドラマ10『半径5メートル』(出演:芳根京子、毎熊克哉、真飛聖、山田真歩/北村有起哉、尾美としのり、永作博美ほか)が毎週金曜22時に放送中。今年秋には短編映画製作プロジェクト『DIVOC-12』(ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)オリジナル脚本の監督作品『よろこびのうた』(主演・富司純子/藤原季節)が全国で公開予定。
監督の伝えたかったものは劇中で流れる挿入歌「5meters」にも詰まっている。作詞は三島監督自身によるものだ。
「歌詞を考えて、作曲家の田中拓人さんに曲をつけてもらい、ロサンゼルス在住のシンガーに歌ってもらいました。お伝えしたかったテーマは歌詞に盛り込んだのですが、照れくさいので英語に(笑)。世界はいつも居心地が良いわけじゃない。上ばかり見ているのも大変です。だから下を向いて歩こう、と。そうすると、今まで気がつかなかった花や小石や水たまりに映る月を発見する。そしてそこから自分に問いかけ始める。いま自分が“もやもや”していること、“なぜ”もやもやしているのかという芯の部分を深く見つめることは大切なのではないかなと思いました。自分の半径5メートルには社会の仕組み・地球規模の問題が詰まっていると思うんです。そういったことをコメディと人間ドラマのいいバランスの中でお伝えできたら、と」
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