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 嬉しいニュースが飛び込んできた。公開中の『幼な子われらに生まれ』がモントリオール世界映画祭で審査員特別賞を受賞したのだ。
「伝わったんだなと嬉しくて、ありがたくて。本当にキャスト、スタッフ一人一人と『おめでとうございます。伝わりましたね』って言い合いたいです。国によってコミュニケーションの方法が違う部分もあるように思いますし、モントリオールはフランス語圏でもっと“個”が確立されている印象です。これは家族を維持するために個が別の個とどう化学反応するか見ていくという映画だし、家族を描くことはコミュニケーションを描くことでもある。そうした部分がどう伝わっているかなと思っていたんです」
 日本での反応も上々だ。先日は日本で一番古い歴史を持つ大分県由布市の「湯布院映画祭」に参加し、映画ファンの“洗礼”に晒された。
「脚本の荒井晴彦さんとシンポジウムに登壇したんですが、『信の娘・沙織が病院で信の手を放すシーンで、手のカットをハイスピード撮影で描いた演出は、わかりやすすぎるのではないか』と指摘されたり(笑)。緊張しましたが、ここまで映画を深く観てくださることに、とてもありがたく、光栄な経験でした」

 これまでに韓国と上海の映画祭でも上映され、反響を実感している。
「韓国でも上海でも観客層が幅広く、老若男女が見てくれている。まさにそれが私の目指したことなので、とても嬉しいんです。上海映画祭では中学生になったばかりの女の子が『薫ちゃんの気持ちがすごくわかる』と感想を言ってくれました。本当のお父さんに対しても、ある時期『汚い』と思ったり、どうしようもなくイライラしたりすることがある。本当はお父さんとケンカしたくない、仲良くやりたいのにそれができないという感覚が、すごくよくわかる、と」
 少女の共感を得るほど、人物描写は細密でリアル。さらにそれぞれの立場で見ると印象も変わる。
「お父さんは『娘がある日突然、そうなってしまうんじゃないか』とドキドキして観てくれていた。非日常を求めてしまう人は宮藤官九郎さん演じる沢田に自分を重ね、元嫁に言われた『あなたっていつも〇〇』という一言がグサリと来た方も。女性でも田中麗奈さん演じる奈苗に共感する方もいましたし、寺島しのぶさん演じるキャリアウーマンの友佳に感情移入する方もいらっしゃいました」












 監督自身の思春期はどうなのだろう。
「お父さんが汚い、という感覚は一切なかったです。私は父が50歳近くになってからの子なんです。愛情の注がれ方もちょっと違っていたかもしれない」
 父は洋服も本も自分の“尺度”に合わないものは娘に与えない人だった。「父性とはある一つの尺度を提示できる人」――監督のこの揺るぎない考えは、父の姿からきている。
「相手の尺度が明確だと、自分の立ち位置も見つけやすくなる。子どもが成長していくには、やはりそういった尺度は重要だなと思うんです」

 三島監督はかつて父に「果たし状」を書いていたと、笑いながら打ち明ける。
「最初はたしか小学3年生のとき。半紙に筆で『果たし状』と書いて『何月何日、亥の刻(午後10時ごろ)寝間で待つ。来られたし』としたためて父の机の上に置きました。たぶん時代劇かなにかに影響されたんだと思います」
 父は幼い娘に「僕は仕事を自分の本分と考えていますので、僕の邪魔をしないでください」と、はっきり言う人だった。子ども心に「邪魔をしてはいけない」と理解していたが、やはり幼な子、父にかまってほしいときもある。
「果たし状を父の机の上に置いておくと、その時間に寝間に父がやってくるんです。やることは遊んでもらうだけなんですけどね。普段、真面目な父が当時流行っていたドリフターズのひげダンスをやってくれて、私はお腹を抱えて笑い転げました。『父との最も幸せな瞬間は?』と問われれば、間違いなくこのときです」
 振り向かない相手の好奇心に、どうやって火を付けるか。監督は「これが自分のエンターテイメントの始まり」だと確信している。その後も話し合いをしたいときには「果たし状」を置くことが、父娘の習慣となった。










 監督が「映画監督になりたい」と意識したのは中学時代。そのときの父の言葉をいまも思い出す。
「父は、『蟷螂(とうろう)の斧だ』と言ったんです。辞書を引くと“力のないものが自分の力量を顧みず強者に立ち向かうこと”。ガーンときました」
 しかし諦めず、「映画は中身が第一、まずは学業を収めよ」という父の言葉に導かれるように、大学に進学し、NHKを経て映画の道に入った。
「父は言葉の人でした。父と大げんかして家出しようとしたときの言葉も忘れられない。『外に出て、どんなに誰かが優しくしようと、お父さん以上に有紀子さんを愛している人間はいない!』と」
 父の愛情を最も感じた瞬間だった。

 三島監督は「手」をよく撮る。『幼な子~』で沙織が信の手を放すシーンもそうだ。
「前のお父さん、前の家族じゃなくて、いまの家族なんだ。それを象徴するのがあの手なんです。もしかしたら…私が手にこだわるのは、母の影響かもしれません」
 父に似て繊細な手を持つ監督と違い、母の手は昔からごつごつと骨太だった。
「母の手は“働く人の手”でした。幼いころから畑仕事や、実家の仕出し屋を手伝ってきたせいもあると思います。私はそれが嫌でみんなの前で母を傷つけたこともある。バレエの発表会のとき、メイクをしてくれる母の手の皮が分厚くて当たると痛いんです。思わず『痛い!』と叫び、先生がメイクを替わってくれた。母は悲しそうでした」
 母の手を肯定できるようになった出来事がある。95年の阪神淡路大震災だ。

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身 18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『少女』、 WOWOW ドラマ『硝子の葦』(原作・桜木紫乃)など。浅野忠信主演の最新監督作『幼な子われらに生まれ』が公開中。

 あの日、監督は編集を終えて早朝5時頃帰ってきたところで、お風呂に入っていた。
「お風呂にどーんと衝撃が来て『これは死ぬな』と思った。這うようお風呂場を出たら、母が私の上に覆いかぶさったんです」
 母の手を見ながら「私はこのごつい手にずっと守られてきたんだ」とハッとした。
「あの瞬間、母の手に感じた安心感は忘れられません。だから私はよく手を撮るんです。その人の手が何を掴んでいるか。それが、その人を象徴していると思うから」
 父と母と子。結局、人と人は“異質な存在(エトランジェ)”同士。愛情の注ぎ方もそれぞれ。しかし、子はいずれなんらかの形でその愛に気づく。こうして人と人は“親愛なる異質な人”として生きていく。
「子育てに正解はない。誰もがうろうろして親になっていくのかなと思います。信のように。子育てしたことないんですけどね(笑)でも、観察していてそんな気がします」

撮影/伊東隆輔(トロフィー授与式の写真はファントム・フィルムより) 取材・文/中村千晶 スタイリング/金山礼子
衣装協力/黒トップス、チェックスカート/20,000,000 fragments(ガスアズインターフェイス)
ガスアズインターフェイス 03-5775-0825
取材協力/北沢書店(神保町)kitazawa.co.jp
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