古書には、人の想いが詰まっている。三島監督は『ビブリア古書堂の事件手帖』のスタッフやキャストに、この映画への想いを何度も語ってきた。
「一冊の本には、その本を書いた人の想い、贈った人の想い、手放した人の想い……幾多の想いが詰まっている。その本がさらに人の手に渡ることで、何十年もの時を超えて、その想いがいまに受け継がれていく。その想いは、その人が死んで消えたあとも長い時を経て誰かに届き、誰かの人生を変えるかもしれない。そんな奇跡のような“瞬間”を描けたら――そう話し合い、みんなで挑戦しました」
もう一つの軸は、栞子さんの成長だ。
「本のことしか考えてなかった人間が、まわりの人の気持ちを理解したり、人を想うことができるようになったりする。いまの世の中を見ていると多くの人が他者のことを理解する想像力を持てなくなってきているのでは、と感じることがあるからです」
物語は古書をめぐるミステリーであり、切ないラブストーリーでもある。
「人が人と出会って惹かれる過程とは、やはり何かしら自分の中の変化が生まれることだと思うんです。この物語でも出会った二人が、少しずつ変化していきますから」
そして栞子役の黒木華をはじめ、最高のキャストが集まった。
「栞子さん役は、実際に本が好きで本を読んでいる方にやっていただきたかったんです。黒木さんはイメージにピッタリでした。あとは『声』です。原作にはないけれど、栞子さんが大輔に本の文章を読み聞かせ、過去パートでは絹子さんと嘉雄さんが読み合う、というシーンを作りたかったので」
大輔はあるトラウマから本が読めなくなってしまった若者だ。その大輔が、本好きの栞子と一緒にいる意味はなんだろう。そう考えたときに「本を読み聞かせる」ことが思い浮かんだという。
「それによって二人の距離が近づいていく様子が表現できれば、と。黒木華さんも、絹子役の夏帆さんも声がとても美しく心地よい。しかも、言葉の意味を深く理解して、伝えてくださる方たちです」
それを受ける男性陣にも瞠目した。
「大輔役の野村周平くんは原作のイメージから『自分で大丈夫でしょうか?』と気にしていたんです。でも『我々の仕事は見た目を完全にトレースすることに重点を置くよりも、キャラクターのエッセンスを大事にして人間像を作り上げることだと思う。実写であるということは、人間が演じるということなのだから』と話し合いました。自身は本を理解してなくても、本を好きな栞子さんを理解し、彼女を支えてあげられる。その部分をしっかり演じてくれて。しかも繊細な心の変化をきちんと表現してくれて、素敵な大輔になったと感じます」
嘉雄役の東出昌大の文学的な佇まいは、見事に作品世界を体現している。
「東出さんには、太宰治に憧れる作家志望の青年を演じてもらいました。でも、太宰より愚直でまっすぐです。それが作家として物足りない事を理解している。けれどある出来事があり、初めて彼に書く理由が生まれます。その時のお芝居がとても繊細で素晴らしかった。書かざるを得ないという、書く事の原点を目の表情で見せてくれました。惚れちゃいますよ(笑)」
舞台となるのは鎌倉だ。
「鎌倉は文学の匂いのする場所ですよね。しっとりと濡れて苔生した古道には歴史を感じますし、今回、ロケをさせていただいた『鎌倉文学館』をはじめ、文化を感じる建物も多い。文学者たちが住み、小説の舞台にした場所を映画で巡っていきたいという思いもあったんです」
中でも魅了されたのは、鎌倉の切り通しだ。
「場所と場所をつなげるためのものであり、人と人とを結んだ場所。映画で象徴的に使いたいと思いました。大学の頃、鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』を観て、切り通しを見るため鎌倉に来たこともあるほどです(笑)」
時を経て人の手から手へとわたる古書は「捨てられないもの」の象徴でもある。三島自身の「捨てられないもの」を問うと、意外な答えが返ってきた。
「記憶、です。捨てたいのに、捨てられない」
たしかにインタビューをしていると、監督が昔のことを実に鮮明に憶えていることに驚かされる。
「本当は覚えておきたくないんです。でも性分なんでしょうね、しかも映像的に覚えてるので、その映像を思い浮かべれば、その時のかなり細かいこともすべて蘇ってしまうんです。記憶が身体に組み込まれてしまっている感じです」
人間は忘れることで生きられるという人もいる。辛いことも多いのでは?
「辛いこともあるし、いい部分もありますね。映画作りに役立っていると言えばそうだと思います。いろいろな人の感情を想像するのが仕事だし、人間を描くという意味でも恐らく役には立っている。それに辛かったり、嫌なことがあったりすると、いまはむしろ『全部焼き付けておこう』と覚悟を決めました。ただ、苦しいんですけどね。どうして頭から抜けてくれないのかと思うこともある。よく『死ぬ時に記憶が走馬灯のように……』って、言うじゃないですか。いや、それ本当にきてほしくないですね(笑)。濃密で、とてつもないボリュームの走馬灯になりそうで」
三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身。18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『少女』、『幼な子われらに生まれ』など。11月1日(木)には、最新作の『ビブリア古書堂の事件手帖~memory of antique books~』が公開予定。
「自分を形成するものって何だろう、とよく考えるんです。結局、それは記憶の積み重ねだと思う。こういう経験をして、こう生きてきたからいまがある。そう考えると、どんな人でも、その人に残ってる記憶だったり傷みたいなものが、その人を形成しているのかもしれない。でも一方で、記憶を失ってしまったらその人ではないのか、というと、そうでもないですよね。その人がその人を形作っているものっていうのはなんなのか。それはずっと私が考えているテーマでもあるんです」
記憶、想いはその人自身。それが詰まったものが本であり、監督にとっては“映画”でもある。新作に刻まれた「その人」を目にできるのはもうすぐだ。
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