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 2014年に『ぶどうのなみだ』でモントリオール世界映画祭を初体験した三島監督。今回の『幼な子われらに生まれ』の審査員特別大賞受賞は格別の喜びだという。
「モントリオールのお客さんは本当に映画を楽しむ術を知っているんです。期間中は街全体が映画祭一色で、歩いていると『映画のあのシーンがステキだった』と、声をかけてくれて」
 今回、仕事の都合で現地に行くことはできなかったが、代わりに映画祭に出席した映画会社の海外担当から嬉しい報告があったという。
「映写技師の方が『お前たちのフィルムが一番客が入ってた』とグーサインをしてくれたそうです(笑)。それに映画祭の選定ディレクターのセルジュ・ロジークさんが『ファーストカットから恋をして、だんだん好きになり、最後にものすごく好きになった映画だ』と、おっしゃってくださったのも嬉しかった。彼はすごい情熱家で、1977年の開催から運営に関わっています。彼のような映画を心から愛する人が映画人やお客さんを育て、いい映画が生まれる土壌を作ってくれている。彼らがいないと、“映画”は存在できないんだと感じます」

『幼な子~』の英語タイトルは「ディア・エトランジェ(親愛なる異質な人へ)」。このタイトルも映画が観客に届いた一因だと監督は感じている。
「この映画は浅野忠信さん演じる信が『自分とは異質なる人=他者』と出会って、自分の本性がむき出しになっていく――というさまを見せている映画。結局、人の人生はどれだけの他者=異質な人と出会って、化学反応を起こして死んでいくかだと思いながら撮っていたんですね。「生まれてくる子とはなんなんだろう」と考えたときに、いま存在している人間にとっても、生まれてくる子本人にとっても、すべての人間が “エトランジェ”なんじゃないかな、と思いました。つまり、自分以外はすべて他者であり、“エトランジェ”なんじゃないかな、と。最初は『エトランジェ』だけだったんですけど何かが足りない。ラストで浅野さんが見せるあの表情のあとに『幼な子われらに生まれ』と日本語タイトルが出る。あの感じがもっと英語でも出せないかな、と。そのときに『親愛なる』という言葉を思いついたんです」












 本作に限らず、監督は海外向けの英語タイトルや翻訳制作にも関わっている。
「ちょっとしたニュアンスで、意味が全然変わってきますから。『ぶどうのなみだ』のラストで、染谷将太さんが大泉洋さん演じる兄のワインを飲んで『頑固な味だ』と言うシーン。この言葉はワインの味だけを言っているわけじゃなくて、造ったお兄さんその人も表している。だから字幕には『STUBBORNNESS』という言葉を選びました。これは、頑固、強情、不屈という性格を表すニュアンスが大きい単語と理解しています」

 悩むときもある。『幼な子~』で信が娘・薫に「どういう気持ちになった?」と問いかけるシーンの主語をどうするか? 彼は娘に問いかけているのか? 実は自分に問うているのか?もちろん、娘に問いかけているのだが…。
「日本語だと主語があいまいな分、いろんな受け取り方もできるかもしれない。でも英語字幕では”あなたは”どういう気持ちになった? と主語を付けざるを得ません。どちらがよりこの映画をわかってもらえるのかで取捨選択していきます。これはもう“文化の格闘”ですね。そこがおもしろいんですけど」
 海外だからこそ説明を入れる場合もある。『繕い裁つ人』では舞台の街に「神戸」とクレジットを入れた。
「日本では“海近くの坂の多い港街”という設定ですが、海外で”神戸”は阪神淡路大震災でよく知られていますし、いろんな海外の国の方達に助けてもらいました。神戸が皆さんのおかげと街の人々の力でここまで復興した、ということをわかってもらいたいという想いが強く、しかも自分が大学時代を過ごし、関わっている街でもあったので、クレジットを入れました」










 翻訳だけでなく宣伝ビジュアルにも気を配る。
「面倒くさい監督かもしれないんですけど(笑)、でもそれをすることで、お客さんの反応が全然違うんです。だからとっても大事ですね。海外版を完成させたときの達成感もすごいですよ。スタッフと『ああ~やりきった!』ってなるんです(笑)。海外版のポスター、すごくいいんです。浅野さんがあの長い階段を登ろうとしている後ろ姿。信という男の背中にどれだけ多くのものが乗ってるか。彼はその重みに耐えながら、あの永遠に続くかのような階段を上がり続けなければならない」

『幼な子~』はこの秋、台湾と韓国で上映が決まっている。
「私は海外の文化や生活、考え方を映画から学んできた気がします。こんな服を着てるんだ、こんな男女のやりとりがあるんだ――というふうに。私は英語を話せるわけじゃないけれど、『映画を一本作った』ことで、世界中の人に何かを伝えることができる。観客のみなさんがそれを受け取って何かを新たに発信することも、私に反応を戻してくれることもできる。また、その国が今抱えている現状…その場所で生きる人間が何に苦しんでいるか、何を喜びとしているのか、それを知ることができる。その国の問題は、いまの日本の問題につながるかもしれない。映画は相手を知る一歩にもなる。話すことが苦手な自分にとっては、本当に最高で最大のコミュニケーション法だと思います」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身 18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『少女』『幼な子われらに生まれ』など。最新作の『ビブリア古書堂の事件手帖』は来年公開。

 さらに10月20日には映画人の育成、功績を称える目的で開催されている「第41回山路ふみ子映画賞」の作品賞を『幼な子~』が受賞。また、世界に発信したい日本映画を選ぶ「第30回東京国際映画祭」のJapan Now部門にラインナップされた。すべて、観客からの高い評価があってのものなのは言うまでもない。
「映画とは作る側が作って観客が見てくれるだけのものじゃない、と。我々を育ててくれてるのはお客さんです。お客さんの反応や新たな見方を提示してもらって、それを受けて、また私たちが作る。映画とはそれらが循環して、出来上がるものだなと。お客さんと映画を介してラブレターを出し合っているような感覚かもしれません。出しっぱなしで読んでもらえないのは悲しいですから、がんばらないと(笑)」
 次回作は、ベストセラーのライトミステリ小説『ビブリア古書堂の事件手帖』の映像化だ。監督から私たちに、どんなラブレターが届くのだろう。

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