映画を形作る要素として、脚本や音楽と並び、重要なファクターなのが衣装や美術だ。日本の映画界において、三島監督ほど衣装にこだわる監督はそう多くないのかもしれない。
「予算を要素ごとに分配するんですけど、自分の場合は、美術と衣装のパーセンテージが少し高いかもしれません。映画ってお楽しみでもあると思うんです。役者さんの演技や物語はもちろんですが、衣装や美術も楽しむものでもある。それに何より大切なのは映画が伝えるもの、映画の中で生きている”人間”を、あらゆることを使って表現するのが映画だと思うんです」
映画『繕い裁つ人』は、まさに”衣装の映画”ともいえる。中谷美紀演じる主人公の市江が最後のシーンで着ているのは、ふんわりとしたスカートに淡い色のシャツ。足元は裸足。監督はここから逆算して、市江の普段の服を考えていったという。
「衣装デザイナーの伊藤佐智子さんには、おそらく市江の祖母も着ていたであろう、鎧のような仕事着を作ってほしいとお願いしたんです。ストイックな、仕事に向かうのだという、ある意味、武装するための仕事着にしてほしい、と」
細部までこだわった市江の衣装。最初、伊藤さんは、膝下まである服を提示してきた。
「パンツやスカートなどを少し見せるほうが、下の衣装を変えることで、日が移っていくことも観客に伝えられるし、衣装としてのお楽しみもあるだろう、ということだったんですが、それだと、鎧にならないのではないかと思いました。市江の全てを覆ってくれないと、鎧にならない。なので、くるぶしまで丈を長くしてもらいました。色は最初に伊藤さんに色見本を見せていただいて、この色でいくと決まってから、5 回生地を染めてくれたんです。伊藤さんが本当にこだわってくださり、生地ごとに色の発色を全部実験してくれました」
こだわりの末にたどり着いたのは、光の反射によって色が異なって見える、既製品ではありえない絶妙な色の衣装だった。
「普通にはない色にしていただきました。あの作業着が市江にとっての仕事へ向かう姿勢を表す衣裳だったんですが、最後はもっと自由に、自分らしい格好になる。強く見せるのではなくて、本当に自分が動きやすい、心地の良い服。すべては、そこからの逆算なんです」
「お客さんにそこまで伝わらなくても、潜在的には、『この人自由になったんだ』ということが、視覚的に伝わればと思いました」
最新作の『少女』でも、学園内の堅苦しい雰囲気から、最後のシーンの開放感への落差が、衣装によって表現されている。クライマックスの手を繋ぎながら 2 人が走る印象的なシーンで、山本美月演じる敦子はタンクトップに青いシャツにデニム、本田翼演じる由紀は、白いノースリーブのワンピースを着ている。一方、 2 人がそれまで着ていた学生服は、清貧なグレイに白いパイピングの入ったツーピースでどこか窮屈そうで、荘厳なイメージを与えた。
「あの学校では彼女たちはカゴの中の鳥みたいな存在で、非常に閉塞された世界にいるわけなんです。歴史のあるクリスチャンの学校で、なおかつ、一つの価値観で括られている世界。そういったものを、どう表現するかというのをスタッフみんなで考えました」
最終的には、身頃は体に沿っていてスカートはウエストから広がっている、ある時代のクラシックなワンピースをベースに、ジャケットとプリーツスカートに分けたものになった。
「ブラウスはきゅっと詰まったスタンド襟にして、息苦しい感じを出したいと衣装部と話し合いました。制服は全部作り。でも、予算もなくて、スケジュールも迫っていたので、日本で作っていたら間に合わないので台湾の工場に発注したんです。本当にギリギリで、撮影の直前にどうにか間に合わせてくれました(笑)」
そんな三島監督の衣装へのこだわりは、助監督時代にさかのぼる。
「私、セカンド(助監督)の期間が助監督の期間の中で一番長いんです。セカンドって、衣装担当なんですけど、そのときに衣装部が提示するメーカーやブランドをほとんど分かるようにしたくて、勉強したんです」
助監督時代、そのこだわりゆえ、衣装部とぶつかることもしばしばあったという。
「ある作品で、夜間中学の生徒の衣装を決めるときに、衣装部が古いジャージを出してきたんですね。でも、今どきの子はそんなジャージ着ない。もっとシャカシャカとしたもの着てるから、私がドン・キホーテで買ってきます、みたいな(笑)今から考えると、生意気でした…」
衣装からもキャラクターを作り上げていく。
「流行の服を選ぶ人なのか、選ばない人か、どの辺で服を買う人なのか…衣装によってもどんな人なのかを見えるようにしたいんです」
三島監督作品の衣装合わせは、平均 2 ~3 時間を要する。主役なら一日。効率を求めていく現在では、ここまで衣装合わせに時間をかける監督も珍しいのではないだろうか。
「衣装合わせの時は、ヘアメイクを作ってもらいます。まずは髪型を作ってもらってから衣装を合わせる。これは『繕い裁つ人』で伊藤さんとお話したときに、ファッションってまず髪型なのよっておっしゃっていて。髪型を見ればその人がどういう人か分かる。だから、その人を分からせたいときは、服よりもまず髪型なんだとおっしゃっていたのが印象的でした。そのお話を聞いて、確かにそうかもしれないって思ったんです。普段も髪型が決まっていて、それに服を合わせますよね? だから衣装合わせでも髪型から作っていくことにしたんです」
三島有紀子 みしま・ゆきこ 大阪市出身 18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『オヤジファイト』『少女』、 WOWOW ドラマ『硝子の葦』(原作・桜木紫乃)など。浅野忠信主演の最新監督作『幼な子われらに生まれ』が 2017 年に公開予定。
映画の仕事とは、この世に存在していない人間を作ること。髪型や衣装を合わせて、一人の人間を生み出していく作業だ。
「もちろん、役者さんが一人の人間を生み出してくれる訳ですが、そこに髪型や衣装を合わせて、その人を形作っていく。衣装合わせって、何を着たら、その人になるのかを一緒に考える場だと思っています。どんどん人間が生まれていく過程なんです。例えば紺色のポロシャツでも、商品によって色も形も微妙に違う。着る人によってもバランスが変わってくるので、衣装合わせでは、そこも必ずチェックしています。そして、その合わせた衣装を着てもらうことにより、役者さんに『自分の役はこういう人なんだ』と思ってもらえればいい。ある意味、衣装って役者さんに伝えるラブレターみたいなものでもあるので」
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