「4歳のころなんですが、父が映画館へ連れて行ってくれて。『赤い靴』というイギリス映画を観に行ったのですが、これが初めての映画体験でした」『しあわせのパン』『ぶどうのなみだ』そして1月31日に公開となる最新作『繕い裁つ人』を作り上げた三島有紀子監督はそう語る。ひたむきに、でもしなやかに生きる人々を描く三島監督の作品は、多くの女性の心をひきつけてやまない。しかし彼女が映画監督という作品を生業として選んだきっかけは、なかなか興味深いものだった。「”赤い靴“を履いたらずっと踊り続けるというアンデルセンの童話をモチーフに、バレエダンサーが“バレエ”と“結婚”を選ぶ苦悩を描いた作品なのですが、本当にこの作品を見たことは衝撃的に覚えていて、1週間眠れなかったんです。作品の最後にヒロインは愛する人かバレエかの選択を迫られ、悩んだ結果命を投げ捨ててしまうのですが、「自分で死を選ぶってどういうこと?」って4歳には理解できなくて…。普通4歳の子どもにそんな作品は見せないですよね(笑)」
4歳児に“自死”を選ぶ女性が登場する作品を観せるというのは、なかなかハードルが高いことをする父親である。もしかすると娘に何か作品から伝えたいメッセージがあったのではと尋ねると
「いいえ(笑)父は自分が観たいものを観ただけだと思います。なにせ三島由紀夫が大好きだから娘の私に三島“有紀子”と名付けたくらいの変わり者ですから。でもこの作品を観て幼いながら“人間は死を選べる。だから生きることも選べるんだ“ってなんとなくわかった気がしたんです。それからは、この世界はすごく美しい場所なんだと思うようになりました。同時に芸術の世界に入るのは、ものすごい覚悟がいるということも叩き付けられました」
父親としては自分の嗜好を優先した作品選びだったのかもしれないが、それでもこの『赤い靴』という作品は映画監督・三島有紀子を作る大きなきっかけの一つであることは間違いなかった。
「私もバレエを習っていて、その教室が『赤い靴』を観た名画座と同じビルの中にあったので、バレエに行ってから映画を観て帰るというルートができたんです。でもトゥシューズを履いてソロで踊れるという時に突然“なんか違う”という違和感がわいて
きて。そんな思いを抱えながら、偶然『風と共に去りぬ』を観たのですが、観終わった後“バレエじゃない、映画だ”と。あの作品の中の女性の力強さや映像の力強さ、タイミングに後押しされて“私は映画監督になりたい“と気が付きました。そんな気持ちを家族に伝えてはみたのですが、うちの父は監督といえば黒澤、小津、今村監督だったので、私の言葉に「はいはい」って答えるだけでした。でも私は忘れていたのですが、中学の文集に”映画監督になりたい“とものすごく小さな文字で書いていたらしく、友人から”夢が叶ったんだね“といわれましたが、叶ってるのかどうか…全然叶っていない気がします」
三島監督の父は無意識だったのかもしれないが、話を聞き進めていくと、父が三島監督に与えた影響はとても大きなものだったようだ。それは最新作の『繕い裁つ人』でもうかがい知れる。
「父は日頃からスーツしか着ない人で夏物、冬物、合物、そして何かの時のタキシードのような一着くらいしか服を持たない人だったんです。でもそのすべてを神戸のテーラーでオーダーメイドしている人でした。そんな職人の技を愛している父は私によく『ほら、これ見てみ。このボタンホール。これ手縫いやで。これできるようになるのに何年かかると思う?』なんてよく話して聞かせてくれたんです。そんな父の言葉でいまだ忘れられないのが『僕は服を着ているんじゃない、職人の誇りを纏っているんだ』という言葉です。そんな言葉たちから幼い私も自然と物には“作り手”と“使い手”がいて、私はできることなら“作り手”になりたいとずっと思っていました。それで、映画を作る側になった時から女性でスーツを縫える仕立て屋であり、洋裁師であるドレスを作れるという両方できる人の話を作ろうと思い続けていました」
父との暮らしの中で受けた影響であり、脈々と監督のDNAに刷り込まれた“細部にまで愛情と真摯な思いを込めて作った物への尊敬の念“はいつしか映画作品として昇華されるまでになる。
「いつか作品にしたいと思っていたテーマなので、機会があれば洋裁師やテーラーの方に取材をしていて、ある方に『今までで一番印象に残った服は』と尋ねたところ、『車いすの女性のために作ったウェディングドレス』と返事が返ってきて。それでもう“これを映画にしたい!”と決めたのが8年前です。それから自分でプロットを作って制作会社に当たっているうちに、5年前に『繕い裁つ人』という漫画の中で市江さんという主人公に出会うんです。彼女のこだわりと誇り高い職人気質な生き様がかっこいいのはもちろんですが、体に一番密接な服だからこそ、その人の思いをくみ取ってひと針ひと針に込めていくという姿に心打たれました。その思いに気が付いたときはもう、ただただ私は市江さんとともに少しでもいいから生きたいという気持ちになり、作品を作り上
三島有紀子 みしま・ゆきこ 大阪府出身。18歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後NHKに入局。数々のドキュメンタリーを手がけたのち、映画監督になる夢を忘れられず独立。撮影所の助監督などの仕事をしながら脚本やテレビの演出を手掛け、‘12年『しあわせのパン』がヒット。最新作は1/31全国公開の『繕い裁つ人』。
げました。実は製作のお金が集まらなくて2回も撮影が飛んでいるんですが、最終的に16日間という短い期間でこの作品を作り上げました」
職人の誇りと物づくりの美しさを教えてくれた“父”からの影響を一つの作品に作り上げた『繕い裁つ人』。しかし父が教えてくれたのはひとつの作品を作り上げた以上に大きかったようだ。
「美しいもの、醜いもの、かっこいいもの、切ないもの…すべて、父が連れて行ってくれた名画座の映画が教えてくれました」
三島有紀子監督の“監督としての芯の部分”は父との名画座からはじまり、それは作品の中に静かに言葉にはしなくとも流れている。
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