新作『ビブリア古書堂の事件手帖』が公開され、三島監督は舞台挨拶や取材に忙しい日々を送っている。先日、原作者の三上延さんとの書店でのトークショーでこんなことがあった。
「司会者からおもしろい質問があったんです。『映画は過去の人の想いが時を経ていまの人に伝わる瞬間がテーマでもある。ご自身にそういう瞬間の経験はありますか?』って。また父親の話になっちゃうんですが(笑)、私、父が亡くなったあとに日記を発見したんです。1945年の7月くらいからのものでした」
監督の父は大正生まれ。大学時代に学徒出陣で入隊。当然、監督が生まれる前のことだ。
「『軍隊生活で顔がガリガリの髑髏(しゃれこうべ)みたいになってしまった』とか、りんごの絵の横に『食べたいな』とか。訓練中に倒れたとき、フッと紫蘇の香りがして救われた、みたいなことも書いてあった。そしていよいよ8月15日のページを開いた瞬間――心臓が止まりました。何が書いてあったかは言えません」
まさに亡き人の想いが伝わった瞬間だった。
取材の日は大阪の完成披露から戻ったばかり。撮影後に出演者と再び顔を合わせるのは格別だという。監督は撮影中、出演者とほぼ私語を交わさない。プロモーションの時にわかることもある。
「一緒に取材を受けた時の野村くんの言葉が印象的でした。小説は表紙に描かれたイラストのイメージが大きい。インタビュアーさんに『この映画を実写化するにあたり難しかったことは?』と聞かれて、野村くんは毅然と『僕はこの映画を実写化とは思ってないです。映画化だと思っている』と言ったんです。決してイラスト自体が原作ではない、と。素敵なことを言うなあ、と思いました」
原作のある作品には多かれ少なかれ「イメージ」がつきまとう。
「原作を完全にトレースすることが、映画化の意味ではないと思うんです。人間がやる限り完全になんてできませんしね。この映画はストーリーの中でのエピソードもオリジナルがあります。ただ我々が大切に守ったのは、原作の三上さんが書かれた魅力的な内面的な”キャラクター”です。その人となりを守ろう、とスタッフもキャストも思いを共有していました」
撮影現場を三島監督は「試合のようなもの」と表現する。そして、俳優との関係をダブルスを組んだ相手だ、と。
「試合中に無駄話はしないですよね。でも相手のことはすごく見ている。例えばテニスの試合前には、一緒に戦っている相手の動きを見て、その人の癖や、何が得意か不得意かなどを真剣に観察する。試合中は、その日のコンディションを見ながらひたすら一緒に走って、納得のいく試合をすることに全力を傾ける。映画製作って、そういう感じです」
そして撮影後のプロモーションで、戦友は再び顔を合わせるのだ。
「私はバンドを組んだことないですけど、一度ライブでセッションをすると関係性が違ってくると聞きます。その感覚に近い気がします。監督とスタッフと役者は一緒に奏でているという意味でプレイヤー同士みたいなもの。おそらく役者さんは役者さん同士でまた別の感覚があると思うんです。でもやはり同じ現場を一緒に過ごした、という経験は大きい」
映画の現場はファミリーとも喩えられる。
「今回、取材で黒木さんと野村くんと一緒に写真を撮ったとき、野村くんは『今日のテーマは家族写真!』って言ってましたから。まあ、私は当然お母さん?お父さん?役ですけど(笑)おばあちゃん役でなくてよかったです」
大阪での舞台挨拶では、ちょっとしたハプニングもあった。
「私の大学時代の友人が『三島監督、映画公開おめでとう!』みたいなパネルを作って、最後列に掲げてくれていたんです。野村くんがそれを見つけて『あ!監督のファンがいます!』って。『何て書いてあるの?』って聞いたら『早く結婚しろって書いてあります!』だって。うそつけ!って、会場も大爆笑でした」
映画のエンディングを飾る主題歌はサザンオールスターズ。原由子さんがボーカルを取っている。
「私、原さんが歌う『シャララ』がとても好きなんです。ビブリアは鎌倉が舞台だし、映画を見た後に原さんの声を聞いたあとのような後感を感じてもらえたらいいな、と思ってお願いをしてみたら、なんと叶うことになって」
曲は映画を観て、描き下ろされたという。
「あの桑田佳祐さんの身体にこの映画が入って消化されて、変換されたのがこの歌詞なのだと思うと、感慨深いです」
今回は劇中のさまざまな「音」にも、多くの意味をこめた。
「まず本にまつわる“音”です。本を棚から取る音、ページをめくる音、文字を書くときの音。東出昌大さん演じる嘉雄が夏帆さん演じる絹子に本を手渡すときの音。手渡しの音ってそんなにするものではないんですが、意識的に大きめに入れてもらいました」
現在と過去をつなぐ音もある。嘉雄と絹子の愛の記憶である伊豆の海の波の音だ。
「義雄と絹子が結ばれるシーン、嘉雄が絹子を想って小説を書くシーン、そして後に嘉雄が描いたその小説を読む大輔のシーンにも、同じ波音が流れる。時を経て、思いがつながってるという演出です。気づいてくださる方がどれだけいるかわからないですけど無意識にでも感じてもらえるのではないかなと」
三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身 18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『少女』『幼な子われらに生まれ』など。最新作の『ビブリア古書堂の事件手帖 -memory of antique books』が公開中。
監督には、この映画で指針にしていた大切なものがある。
「それは、つながる瞬間です。人と人、場所と場所、人と本、そして想いと想い。場所でいうと切り通しが『つながる場所』ですし、本を手渡す時の手と手、嘉雄が小説を書いているときの衝動の手元、過去と現在がつながる音――『つながった、その瞬間』を感じられるように、すべてのシーンの音を、選択する。それが今回の映画作りでの大きなキーワードでした」
考えて考えぬいて、映画は作られる。
「撮影中は普段の自分では考えられないくらい、ものすごい勢いで頭が回転しています。だからすごく疲れるし、大体ごっそり白髪になる(笑)。普段はぼーっとしてるんですけど」
監督と観客の想いのつながる瞬間がきっとあるに違いない。
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