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 三島監督は役者に合わせて、演出方法を変える映画監督だ。新作『幼な子われらに生まれ』では、なにより“ライブ感”を優先した。
「浅野忠信という人がいたから、今回の演出方法が生まれたのかもしれません。浅野さんは360度、全身がアンテナのような人。敏感で、相手の芝居を全部受け止めてくれるんです」
 元妻を演じる寺島しのぶとの応酬も印象的。
「『いらいらしながら待っていたら、深夜、いつも着ていない綺麗な色のワンピースに身を包んだ妻が帰ってくる。そこからやってみましょう。はい、スタート!』と。浅野さん、もっと乱暴に引き寄せたりするのかなと思ったら『…最近、全然話してないからさ』って優しく抱き寄せた。寺島さんもさすがで、その手をうまくすり抜けながら、あの芝居になっていった」
 もちろん、脚本がしっかりキャラクターを描いてくれているからこの方法ができる。
「人間が“生もの”として演じているので、気持ちの勢いや相手の芝居の加減で、肉体から出てくる言葉は変わる。ト書きに書いてあってもその通りにはならないことが多いんです」

「私は『今日はどんなお芝居を見せてくれるんだろう』という期待を持って現場に行っている。浅野さんも同じタイプの方だと思うんです。だから『どう動くかな』『何が出るかな』とワクワクする」
 例えば、現場のいろんなところに、いろんなことを仕掛けておくという。
「たばこを吸う男なら、たばこをおいて置く。そうすると“イライラして、たばこを吸いたい”心境になると、自然と彼はその場所に行く。かと行ってどうしても行かなきゃいけないわけでもない。冷蔵庫のビールを取りに行くかもしれない。そこここにいろいろ仕掛けてあるのが映画の撮影現場かなと。すべて、いい芝居が生まれることを望む“愛情の仕掛け”なんです」
 まるで俳優を罠にかけているようだ。同時に観客にも罠を仕掛ける。
「薫が『部屋に鍵をつけてほしい』と言って、浅野さんがドライバーを取りに行く…というシーン。わざとフレームからはずしたところに引き出しを用意して、ドライバーを入れておく。すると『ガチャガチャガチャッ!』と音だけがして、観客は『え? 何をするの?――』となりますよね」












 浅野の芝居を引き出したいときには、相手側に芝居をつけることも多かった。
「子どもとの絡みでも、『クッキーをパパに見せに行ってみる?』と。浅野さんが受け止め、返してくれるものを撮る」
 役者同士のセッションを記録するドキュメンタリーに近い撮影でもあった。
「歌を歌うとき、素晴らしい演奏をしてもらうとうまく歌えるといいますよね。それと一緒で、いい芝居をする人と一緒になると自分の芝居もあがってくる。それを子どもたちもわかっていて。みんな浅野さんが好きだし、懐いていました。浅野さんもほんとに優しいですから」

 原作が書かれたのは20年前。いまやキャリアウーマンもワーキングマザーも一般的になった。その変化は脚本にも現れている。
「今の時代は寺島さんに共感できても、田中麗奈さん演じる専業主婦で依存型の奈苗には共感しにくい人も多いかもしれない。だから彼女の行動原理を深く書き込まないといけなかった」
 男性側にも変化はある。信は上司となった同僚から、もっと仕事に打ち込めと叱咤される。
「子どもは親父の背中を見て育つんだ」と。しかし信は「子どもとの時間を大切にしたい」と言い、結果、出世コースから脱落する。
「20年前は断然、親父の背中派が多かったでしょう。でも今は、子どもと過ごす派も増えている。浅野さんとも『信はなぜ今、この行動をとるのか?』を話し合いました」
 信はおいしいケーキを買って早めに帰宅するのが“いい父親”だと考え、それを演じる。でもそれが本当に“いい父親”の姿なのか?
「薫に『あなたは本当のお父さんじゃない』と言われて、初めて信は“父親”、もっと言えば“父性”というものがどういうものかを考え始める。その変化がこの映画の肝だと思います」










 今回の映画は三島監督に、自分の家族について考えさせるきっかけにもなった。
「特に父との関係を考えました。うちの父は子どもを膝にのせて可愛がるといったことは一切なく、父の前ではいつもシャンとしてないといけなかった。父からは“有紀子さん”と呼ばれていました。2冊の映画雑誌を『どっちも買いたい』って言ったら、『くだらない』って。でもピアノの発表会用に迷った2着のワンピースは『縫製がよい』って両方買ってくれました。自分が認めるものしか受け付けなかったんです。雑誌は立ち読みしましたけど(笑)」

 父親からの影響を監督は大きく受けている。
「私の中で“父性”とは、ある一つの尺度を提示できる人。男でも女でも、父性のあるなしは、その尺度があるかないか、なのかなあと。うちの父にハッキリした尺度があったから、私は『自分はこう思う』と、選択をしてこられたのだと思う。たくさんぶつかってもきたけれど、安心してぶつかれたんです」
 それは現場のスタッフに対しても同じだという。
「自分と意見が違っても、その方が私にとっては信じられる。どんなに衝突しても、いい作品を目指していることは変らない。どういう道を選択していくのかを厳しい目で見届けてくれる存在が“家族”だと思っている。そう思わせてくれたのはたぶん父です」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身 18歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』、『少女』、 WOWOW ドラマ『硝子の葦』(原作・桜木紫乃)など。浅野忠信主演の最新監督作『幼な子われらに生まれ』が2017年8月26日に公開。

 監督の父は15年ほど前に亡くなった。
「思えばずっと、父性というものを考え続けてきたかもしれない。だからこそこの物語をやりたいと思ったんでしょうね」
 大きなことを言い過ぎるようだけど、と続ける。
「戦後、日本という国は父性というものを失ってきていると感じます。『自分はこう思う』という尺度を提示しにくい空気に包まれて、日本全体が“父性不在”になっている。そんな中で信は本当の父性とはどういうものか、家族という"異物"にどう向き合っていくのか。自分がどういう尺度を持って子どもたちに何を伝えていくのかを探していくんです」
 ――あなたと私は、どうして家族なんだろう。信は最後に、その答えを見つけることができるのだろうか。

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