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 計18名のキャストが4つの物語を読み聞かせる朗読劇「もうラブソングは歌えない」が、8月8日から3日間に渡って、東京国際フォーラムにて開催された。三島監督は、その中の1つ「カラマツのように君を愛す」の脚本と演出を担当。自身初の朗読劇を手掛けるにあたって監督にはある思いがあった。
「このような状況において、人が心の拠り所にできるものってなんだろうと考えたときに、まずは毎日の暮らしを“きちんと繰り返すこと”だと思ったんです。朝起きて、食事の支度をして、食べて、語り、音楽を聞いたり、本を読んだりして、夜になると眠り、そしてまた朝を迎える。そして何より、離れていても“寄り添うこと”がこれからはより生きていくことを支えてくれるんじゃないかと考えていたときに、この企画のお話をいただいたんです」

 三島監督にオファーが来たのは7月。準備の時間は限られていた。
「普段の生活はいつ失くなるかわからない。今回のことで多くの方が身に沁みたと思うんです。その中で、想うという感情だったり、誰かに寄り添うことは、人間の生きた証になるんじゃないか。そんなことを時間のない中でも丁寧にお届けしたいと思いました」
 そこで、候補に挙がったのは、三島監督が過去に上梓した小説『しあわせのパン』の一遍「カラマツのように君を愛す」だった。
「この話は、水縞尚という人の日記形式で綴っていて、まさに、朝起きてパンを焼いて、珈琲を淹れて、語らって音楽を奏でて、月を眺めて、夜になると眠るという、繰り返しの中で生きている物語なんです。そして、自分は無力だと語りながら、距離を保ちながら、ずっとりえという女性の心に寄り添い続ける。心の黒い陰の部分から見つけた一筋の光みたいな一瞬を、今だからこそ観ていただきたいと考えました」

「カラマツのように君を愛す」では、水縞尚が、りえの欠けてしまった心がいつか満たされるようにと、祈りながら寄り添うように生きる日々を日記に綴っていく。
「りえは日記の中に描かれた世界の人だし、ほとんどセリフも話さない。それでりえには身体表現をしてもらいたいと考えました。そしてラストに日記を書いた水縞と日記の中の世界のりえが、現実の同じ空間で融合し、初めて見つめ合うという構造を新しい朗読劇としてやってみたいなと」

 舞台には、振付師として、コンテンポラリーダンスの分野で活躍する平原慎太郎が参加。
「心理的な表現をダンスで表現するシーンもありますが、2人の日常、例えばパンを焼いたりとか、コーヒーを淹れたり、月を見上げて眠るといった毎日の生活をマイムで見せていくということをやりたい、と平原さんにお伝えし、出来上がった振付は、祈りのような柔らかな愛の日々が表現され、本当に素晴らしかったです」

 そして、キャストは実力派の2人。水縞尚を稲垣吾郎、りえを門脇麦が演じた。
「稲垣さんとは『少女』でご一緒していて、いつかまた一緒に作りたいと思っていました。稲垣さんは写真も撮られていて、美しい物を捉えるオリジナルの視点をお持ちだし、柔らかな声が魅力的で、今作の世界の住人になってもらいたいと思いました。稲垣さんが悩み抜いて、観客のみなさんのエネルギーを一体化させ、想う苦しみと生きる喜びを深く演じてくれました」

「門脇さんは、声も表情も好きな役者さんで、セリフはもちろんなんですけど、リアクションも、ものすごくうまいんですね。今回は特に言葉というよりも、どういう表情をするかと、踊りの表現が大切な役だったので、そこを豊かに演じていただける方ということで、彼女にお願いしました。この上なく美しい涙で芳醇に感情を揺さぶってくれました。お二人が、舞台の上で愛おしいほどに役の人間として生きてくださったので、伝わったものが大きかったと思います。上演後、お二人と黙って目を交わし合いました」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞を受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』などがある。最新作『Red』(出演・夏帆/妻夫木聡)が全国の町の映画館で上映中。10月2日にはBlu-ray&DVDがリリースされる。

 チケットは完売したものの、客席はソーシャルディスタンスを守るため、1席ずつ空けることになった。
「スタッフのみなさんとも話したんです。この空席は空席じゃない、来たくても来られなかった方だったり、ライブ配信で観てくださる方だったりの姿があるんだ、と。そんな想いを込めて、空席に月の道のライトを仕込んでもらいました。だからラスト、ひとつひとつの空席に灯りが点った時、自分自身もぐっと来ましたね。忘れられない一瞬になりました」

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