2023年5月13日、三島監督の初のドキュメンタリー映画『東京組曲2020』が公開された。この映画は、2020年4月の緊急事態宣言下の東京で、三島監督がある泣き声を聞いたことから始まっている。
「5月に予定していた撮影も中止になり、家で過ごす日々が続く中で、その日はなかなか眠れず、ベランダにテーブルを出して、夜中まで仕事をしたり本を読んだりしていたんです。そうしたら、朝の4時頃、どこからか女の人の泣き声が聞こえてきました。10分くらいだったと思いますが、声に悲しさや寂しさ、怒りといったさまざまな感情が見えてきて、しばらく聞いていると、だんだんこれは日本中のみんなの泣き声なのかもしれない、世界中の泣き声なのかもしれない、私の泣き声なのかもしれない、もしかしたら、地球の泣き声なのかもしれないと感じていったんです」
女性が泣き終わるまで、彼女の背中をさすっているような気分だったという。
「私は映画の登場人物がこの世界に存在しているつもりで、現場でも役名で呼ぶのですが、その役者さんの肉体に生まれる感情に寄り添いながら、映画を撮ってきました。いま聞こえているこの泣き声に寄り添うことは、私がいままでやってきたことだし、これからもやっていかなきゃいけないことなんじゃないかなと思ったんです」
女性が泣き止む頃には夜が明け、空が白みはじめていたという。
「いま、みんなはどんな気持ちでこの時期を過ごしているのか。知りたくなり、それを記録に残さないといけないんじゃないか、そう思いました。それで主に私のワークショップを受けてくださった役者さんたちに声をかけたんです」
こうして、20名の役者が自ら緊急事態宣言下の日常を撮影したドキュメンタリー映画『東京組曲2020』の制作がスタートする。
「まずは役者さんたちに、いまどんな気持ちでどんな生活を送っていますか、何を感じていますか、と問いかけをして、リモートでの面談を行い、最終的に20名の方に参加していただくことになりました」
「話を聞いていくと、みなさんの日常が見えてきました。例えば、チーズを作り始めたとか、周りのペースがゆっくりになったことで、鬱状態だった夫の調子が良くなったとか、コロナという共通の体験を経て、それぞれに変化が生まれていることがわかったんです。その様子をみなさんの自宅にあるカメラやiPhoneなどで撮ってもらい、日々の感情を記録するドキュメンタリー映画としての構成を考えながら、編集部の加藤ひとみさんや木谷瑞さんと共に作り上げていきました」
映画のラストは、制作当初から決めていた。
「明け方の泣き声を聞いたときに、私の中にいろいろな感情が生まれました。あの体験をみなさんに共有してもらい、その瞬間に生まれる感情をそのまま記録したいと思ったんです。あの泣き声を録音していたわけではなかったので、趣旨に賛同してくださった松本まりかさんに演じてもらい録音しました。役者さんたちには、その8分間にもおよぶ録音した泣き声を明け方に聞いてもらい、どんな感情が生まれるのか、それをそのまま映してほしい、とお願いしました」
「反応はさまざまで、同じ気持ちになって泣き出す人もいれば、怖がる人もいました。それぞれの感情が見えてきて、そこは映画の見どころの一つでもあります」
いま、あの頃を振り返って思うことがある。
「コロナについて本当に何もわかっていなかったので、私も不安で、恐怖心から客観的になりたくて撮り始めたとも言えるかもしれません。私たちはあのとき、どこか滑稽だったりするんですけど、それをいまの私たちが笑えるのかというと、そうではないと思うんです。この映画は、不安を抱えて、何もかもが手探りだった普遍的な人間の弱さや脆さ、それでもなんとか生きていこうとする強さや愛おしさに触れられる記録になっていると思います」
三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。『IMPERIAL大阪堂島出入橋』(「MIRRORLIAR FILMS Season2」の一篇としてDVD発売中!)をきっかけにイタリア各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。ドキュメンタリー映画『東京組曲2020』が全国の映画館にて順次公開中(『IMPERIAL大阪堂島出入橋』も同時上映)。【公式HP】
「それに、あのとき心の底から願った“会いたい”という気持ちを大切にできているのかどうかは、自分自身にも常に問いかけていきたいです」
2020年の東京の日常を記録した『東京組曲2020』は、「2023韓国チョンジュ国際映画祭」に正式招待されるなど、さらなる広がりをみせている。
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