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 『一月の声に歓びを刻め』が公開された2024年は、三島監督にとって一つの区切りの年になった。
「映画を作るきっかけとなった過去の出来事を見つめて、形にしたものが大勢の人に届きました。そして、今度は届いた人の声を頂けました。おかげさまでポレポレ東中野さんでは『一月の声に歓びを刻め』と旧作(長編5本と短編3本)を組み合わせて上映する特集上映を2週間も開いていただきました。それは、自分のこれまでやってきたことを振り返る時間でもありました。特集上映が終わったときに思ったんです。一緒にするのはおこがましいですが、画家のパブロ・ピカソが青の時代を経て、ばら色の時代を迎えたように、映画監督として一つの時代が終わり、新しい時代がはじまったのかな」

 その新しい時代は、変わりゆく映画界と共にあるのかもしれない。9月に開催された「あいち国際女性映画祭2024」ではカルーセル麻紀と登壇し、上映後のトークイベントに参加した。
「カルーセル麻紀さんの存在そのものが、みなさまに力を与えている姿を目の当たりにしました。どんなことも笑い飛ばしながら生きてこられて、80歳で10年ぶりに映画の出演を受けられ、訳のわからない監督(私ですが、笑)と、命懸けで挑んだ。若くて新しいことが評価されることも素晴らしいと思いますが、こうして年月をかけて、人生と表現力を積み重ねてこられ、スッピンで挑んだカルーセル麻紀さんの「しわの尊さ」みたいなものも、きちんと評価されていることに心から感謝いたしました。と、同時にもっともっと表現者として評価されてもらいたいと願っています」

 また、その前の月には、京都で映画関係者を交えたイベントのディスカッションにも参加。映画における税金の優遇措置などを推し進めて、アメリカのジョージア州を「Hollywood of the South(南部のハリウッド)」と呼ばれるほどの映画大国へと成長させたドンゼラ・ジェームズ上院議員との出会いは、大きな刺激となった。

「今、ジョージア州での映画制作数はアメリカ一と言ってもいいほどだそうです。さまざまな映画やドラマのロケ地に選ばれていますし、『スター・ウォーズ』やマーベル作品、好きな映画『アイ,トーニャ』を撮影しているイギリスのパインウッドが新スタジオを建てました。また、フィルム会社のコダックの現像所も誘致しています。フィルムコミッションの充実もありますが、ドンゼラさんが進めてきた、ジョージア州で映画を作れば使った金額の税額を最大30%控除するという先進的な取り組みと映画特区オリジナルなシステムのおかげなんですね。彼女がおっしゃっていたのは「今までやっていないことをやろうと思ったら、大きなeffort(努力)が必要だわ。それも、あらゆる、努力」。実現のための努力(方法と行動)をするだけだというシンプルさがあらためて心に響きました」

 ジョージア州の発展のために映画を選び、突破口を切り開いた上院議員に三島監督は感銘を受ける。さらに、自身が審査員を務めた「第35回東京学生映画祭」では、日本で映画を学ぶ海外出身の若手監督たちの作品に、映画界の未来を見た。
「自分たちのオリジナリティと日本映画の良いところ融合させるんだという気概の中で、自由に映画を作る若い世代が次々と出てきています。言語も含めて異なる文化がミックスされて、その中から面白いものが生まれてくる時代に突入したのだと実感しました」

 一連の経験の中で、自身の映画づくりについても考えた。
「「すべての映画は自伝的である」とはフェリーニ監督の言葉です。今の自分のアンテナが反応する出来事、そこから派生した物語で、世界中の皆さんが面白がってくれる映画って、どういう映画なんだろうと考え直すきっかけになりました。まずは、それをプロットにしてみる。100%そのまま実現できるかは置いておいて、まずは自分が何を面白がり、見てもらいたいのか、プロットにしてみる。映画って予算で全然やれることが変わってしまうんですね。今までだったら、アイデアを思いついても「これはちょっと予算的に厳しいだろう」と効率をどこかで考えてしまっていました。でも、最初から無理だと決めつけない。そうした枷を無くして考えられるようになりました」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編映画『よろこびのうた Ode to Joy』(U-NEXTで配信中)など。一昨年はイタリアのヴェネツィア、ローマ、ナポリ各地で「YUKIKO MISHIMAの世界」が開催された。2023年、セミドキュメンタリー映画『東京組曲2020』・短編劇映画『IMPERIAL大阪堂島出入橋』公開。最新作『一月の声に歓びを刻め』が全国順次公開中(予告編はこちらから)。【公式HP

 『一月の声に歓びを刻め』でプロデューサーを務めたことも、一つの転機となった。
「プロデューサーは予算や収益などを考え、監督は理想を追い求めます。「それは現実的でない」と考えてしまうこともあるかもしれませんけど、それでも監督が存分に理想形を組み立てる。そこから、それをどうやったら現実にできるのか、今までやったことのない方法も含めて、若い世代やいろんな方に教えてもらいながら、みんなで一緒に模索していくことを始めたいと思います」

撮影/野呂美帆
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