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寺島 進

寺島 進

寺島 進

撮影/野呂美帆
取材・文/大道絵里子

俳優として、男として、父として……

寺島進の半生を振り返りながら、

その生き様、哲学に迫る連載、第九回。

 病院から帰ってきた彼女から「授かった」ことを聞いた俺は……いよいよ覚悟が決まったって感じかな。よし、これは入籍してちゃんとしなきゃなって。彼女と一緒に暮らすようになってから、ずっと同じ気持ちではいたんだ。でも、タイミングがつかめないまま一歩を踏み出せない感じだった。そのタイミングがついに来たかって。子どもができた喜びは「ヤッター!」とかいう軽いもんじゃなかったな。ああ俺、人の親になるんだ、これからはもっと頑張らねぇといけねぇなって。自分にプレッシャーを与えたよ。やっぱり嬉しいからこその不安もあるわけじゃない。親になるのも結婚して夫婦になるのも初心者マークだからさ。とはいえ、彼女のお母さんに挨拶に行くときは……いわゆる、「順序が違う」ってやつなのは間違いない。だから最初は複雑な感じもあったけど、ただ彼女のうちも亡くなったお父さんが大工さんで職人の家族。そんな共通点もあって、気が付いたらすっかり打ち解けてたよ。

しばらく結婚のことは

伏せておこうって

決めてたんだけど……。

 そのあとで、オフィス北野の森社長と北野監督にもご報告をしてね。そのとき初めてカミさん紹介して、お二人には婚姻届けの証人にもなってもらった。で、事務所のビルの地下にある焼き鳥屋を貸し切りにして、事務所のみんなにもお祝いしてもらったんだ。そうやって大事な人や身近なところには報告してたけど、大々的に発表はしたくなかったの。やっぱり今まで俺を応援してくれたファンの女性もいるわけよ。その子たちにも気を遣わないといけないじゃない。だからしばらく結婚のことは伏せておこうって決めてたんだ。

 ところが……なんのめぐり合わせか、神様のいたずらか知らねぇけどさ、まさかの事態が起こったんだよ。店は貸し切りにしてたんだけど、数席しかないカウンターだけは一般のお客さん用に開放してたの。そしたら、そこにたまたま入った客が……。

 楽しい会が終わって、マネージャーがタクシーを呼んでくれて「お疲れさまでした」と見送ってくれたんだけど……。

 俺とカミさんがタクシーに乗ろうとしたら、知らない人間が割り込んできて「寺島さん、この度はご結婚おめでとうございます」って言うわけ。それもやけに無機質な声で。「……誰?」ってなるじゃん。そしたら「『FLASH』です」だって。全員「え~~!」だよ。その開放してたカウンターにたまたま座ってた客が週刊誌のスタッフだったらしい。そんな偶然、誰も想像しないよな(笑)。でももう後の祭り。変に騒がれても嫌だから、だったら先に発表しちゃおうってことで翌日スポーツ紙に発表したんだ。ホントは公にはしたくなかったんだけど、でも出さざるを得なかったってわけ。

 結婚して何が変わったか? ま、一番は人に合わせることを覚えたってことだろうな。特に子どもが生まれてからは……。俺もさ、亭主関白で男子厨房に入らず、「家のことはお前に任せた」みたいな夫像もちょっとは予定してたんだけど、とんでもなかったよ(笑)。だって、いざ目の前に赤ちゃんがいたらそんなこと言ってられないよ? もう一日一日をちゃんと終えることがどれだけ大変か。俺なんかロケで撮影に出たらしばらく家を空けることもあるし、車の中でもどこでも一人の時間も作れる。でも母親はそうはいかないじゃない。だから全部、カミさんに押し付けたら育児ノイローゼになっちゃうよ。役割分担は絶対に必要。

寺島 進

大変は大変だけど、

ずっとじゃない。

子どもは成長していくから。

 抱っこしたらオムツの状態が分かるから、替えどきだと思ったら俺もすぐ替えるし、カミさんが母乳をあげてるときに、お勝手が山のようになってたら、洗い物をすることもある。気づいた方がやらないと。そりゃ仕事から帰ってきて疲れてるときもあるよ? でもしょうがねぇよ、自分の子だもん。まぁでも一人目のときは車の免許で言やあ、若葉マーク。常に一時停止して、右見て、左見て、慎重に運転するみたいな感じだったけど、二人目になると余裕も出るよ。鼻歌でオムツ替えてたもんな。それに大変は大変だけど、ずっとじゃないから。子どもは成長していくもんだもん。

 俺、一つカミさんに言われてることがあるの。

寺島 進

「進さんは下の子が大きくなって落ち着いたらもう一皮むけて色気が出てくるよ」って。うまくコントロールされてるのかもしれないけど、俺もそう思うしそう信じてる。

 うちには家訓があるんだ。二人目が倅だったから、俺の跡を継ぐ若旦那みたいなもんだろ。だから大事なことを言葉にしようと思って作ったの。人間、愛がなけりゃ何をやっても成長しない。恩義あってこそ義理が立つ。一丸となる力は家族にとって大切だよね。だから「愛、恩義、結束力」。そしたら、息子の名前と家訓を描いた提灯を高校の先輩が作ってくれてさ。家に飾ってある。46年も人に合わせられなかった人間がこうも変わるんだから愛の力はすごいよな。金じゃ買えねえし、ゆるぎない。一歩も二歩も先に進めるんだから。

寺島 進

寺島 進 てらじますすむ 東京都出身。俳優・松田優作が監督した「ア・ホーマンス」でデビュー後、北野武作品で活躍の場を広げる。映画のフィールドからテレビドラマの世界でもその顔は知られるように。

撮影/野呂美帆 取材・文/大道絵里子