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寺島 進

寺島 進

寺島 進

撮影/野呂美帆
取材・文/大道絵里子

俳優として、男として、父として……

寺島進の半生を振り返りながら、

その生き様、哲学に迫る連載、第五回。

『あの夏いちばん静かな海』のころ、北野監督は高田文夫さんと『北野ファンクラブ』という番組をやってたの。俺、それをよく見学させてもらいに行ってたんだ。もう、その頃の俺は北野監督のちょっとした追っかけだった。ちょうど役者だけをやりたくて剣友会をやめたころで、事務所も入ってないし完全にフリー。フリーなんて聞こえはいいけど失業者と同じで、暇だからさ。いや、アクションの仕事はどんどんきてたんだよ? でも役者を目指すからにはやっちゃいけないと思ったんだ。だから全部断ってた。ダラダラ続けてたら現場じゃいつまで経っても役者としては見られない。“アクションの人”というレッテルをはがすためには、ある種の頑固さが必要だと思ったの。そうは思っても、意外とみんなやっちゃうんだよね。人とのつながりもあるし、カネだって欲しいし。でも、俺は頑なにやらなかったから「生意気だ」って言われたもんだよ。でも今に見てろって思った。ここで踏ん張らないと上には行けない。そこらの万人と俺は違うんだって、自分に言い聞かせながら、必死で立ってたんだ。

メシにもよく

連れて行って

もらったよ。

 だから俺にとって北野監督は希望の光みたいなもんだった。『北野ファンクラブ』を見学させてもらったあとはメシにもよく連れて行ってもらったんだけど、またそれがすげえ美味くってさぁ。なんか本当に嬉しかったし、ありがたかったね。

 あるとき監督が酔っぱらって「ちょっとうちのマンションに来ねえか」って連れて行かれたんだよ。女と遊ぶ部屋なのか書斎なのか分からねぇけど、監督専用の部屋。またそのマンションがすごいんだ。部屋に辿り着くまでに俺なんか見たことないようなセキュリティのシステムがいろいろあって、また部屋に入ったらリビングがドーン、デカいテレビがドーン……うわぁ~すげぇ~!みたいな。もう大興奮。で、リビングの横に和室があったんだけど、そこに布団がキレイに二つ並べてあった。多分、誰かが掃除にきて部屋を整えてるんだろうけど、監督はデリカシーのある人だから、そこは見られたくないのか「あ、ちょっと」って閉めたの。俺、なんとなく、もしかしてこの人そっちかな? と思った(笑)。でも、もしそうなら仕方ねえなって覚悟を決めたよ。

 でももちろんというか、俺を連れてきた真意はそういうことじゃなかった。たけしさんは「見せてやっからよ、あんちゃんよ」って言って、まだ編集作業中だった『あの夏、いちばん静かな海』のVHSテープをビーっと巻き戻しながら「ここ、ここ」って。見たら俺が警察の取調室で「なんだよコノヤロウ」ってやってるシーンだったの。「出てんだろ、あんちゃん、出てんだろ?」って。「はい!」って喜んでたら、ポロっと言うんだよ。「チンピラ役やると、だいたいみんな顔ゆすったり身体ゆすったりやるんだよなぁ」って。画面の俺見たら、貧乏ゆすりして身体もゆすりながらしゃべってる(笑)。

 監督は「だからこういうことしちゃダメだよ」とは言わないの。「しちゃうんだよなぁ…」で終わる。てんてんてんの部分は、聞いた人間が考えなさいって。粋な人だよねぇ。だからチャンスをくれたんだろうね、俺に。そこでますます惚れた。この人を絶対に逃がさねえって思った。なんでそこまで惚れた?野暮なこと聞くんじゃねえよ、男が男に惚れる瞬間に理屈はないの!……でもやっぱり、大切な人を亡くして後悔が残ってたからだろうな。親父を亡くして、松田優作さんも他界して、ああしとけばよかった、こうしとけばよかったって後悔があったんだよね。だから次に惚れ込んだ人に出会ったら後悔を残さないようにって決めてた。で、そんな人にドーンと出会っちゃったわけ。だからもう、とことん行こうと思った。

寺島 進

監督が来る前に

アメリカへ行って

待ってることにした。

 そんなとき北野監督がアメリカで新作を撮るって噂を聞いたんだよ。オフィス北野に電話して聞いてもハッキリ教えてくれない。でも、もしそれがホントなら監督がアメリカでどういう取り組み方をするのか見てみたいと思った。俺自身が役者としてそこに入れるとは思わないけど……でもまぁイチかバチか分からないじゃない? 後悔だけはしたくないから、お袋に50万円借りて、監督が来る前にアメリカに行って待ってることにしたんだ。でもどうせ行くならアメリカ縦断の一人旅をしようと思ってさ。まずはニューヨーク。オフブロードウェイとか、ハーレムのアポロシアターで「アマチュアナイトショー」を観に行って隣に座った黒人のカップルと仲良くなってさ。楽しかったねぇ。

寺島 進

 ニューヨークからはグレイハウンドバスに乗って大陸横断しながら、オフィス北野に「いつ来ます?」「いつ来ます?」って電話をかけ続けたら、ニューオリンズあたりで、「一週間後にハリウッド行きますよ」って教えてくれたんだ。じゃあ、俺もいよいよ向かうかと思ってロス行きのバスに乗り込んだら、ホッとして一服しちゃったの。車内は禁煙。運転手に怒られてテキサスの荒野で降ろされたよ。もう珍道中! ま、いろいろありながら何とかハリウッド近くの安モーテルに着いて、そこからまた電話をしたの。そしたら今度は俺のホテルの電話番号を聞かれて……数日後、チリリンって部屋に電話あった。出たらオフィス北野の森社長。「寺島くん? 代わりますね」。次はなんとたけしさん!「たけしだけど、どこにいるの」。ホテル名を言ったらすぐフロントから電話があった。慌てて行ったらそこには森社長とたけしさんが立っていた。

寺島 進

寺島 進 てらじますすむ 東京都出身。俳優・松田優作が監督した「ア・ホーマンス」でデビュー後、北野武作品で活躍の場を広げる。映画のフィールドからテレビドラマの世界でもその顔は知られるように。

撮影/野呂美帆 取材・文/大道絵里子