東京は深川、畳屋の次男坊として生まれ育った
生粋の江戸っ子、寺島進が和物の“粋”を語ります。
撮影/伊東隆輔
取材・文/大道絵里子
取材協力/ホテル日航アリビラ
東京は深川、畳屋の次男坊として生まれ育った
生粋の江戸っ子、寺島進が和物の“粋”を語ります。
今回のテーマ「番傘」。
いろいろと和物について語ってきたけど、もしかしたら今回の番傘は読む人にとって一番馴染みが少ないかもしれない。若い人なんてほとんど知らないんじゃない?
一応説明しとくと、いわゆる和傘で……ほら、妖怪の「からかさ小僧」みたいなやつ(笑)。今、ほとんどの人が普段使ってる傘は軸とか骨組みが金属で、ビニールの布が張ってあるやつだと思うけど、あれは洋傘っていうんだよね。和傘は骨組みが竹で作られていて、和紙に植物油をしみこませてコーティングした油紙が貼ってあるの。
大昔の日本は、雨具って言うと、「笠地蔵」みたいな三角のかぶり笠と蓑だったんだけど、江戸時代、庶民の間に広まったのが和傘で、そのなかでも普段使いする傘が番傘だった。まぁそういう俺も、普段は普通の洋傘を使ってるけどさ、たまあに番傘を使うとやっぱり「ああ、いいなぁ」ってしみじみ思う。特に和装に合わせるときは、絶対に番傘のほうが様になる。
傘をさすと、
漆がプンと
香るんだ。
見た目もそうだけど、番傘はなんといっても雨の音がビニール傘とまったく違うの。雨を弾くとパラパラパラパラパラパラパラパラ…って乾いた音がして、なんとも心地いい。それと、匂い。ちょっといい番傘は漆が塗ってあるんだけど、傘をさすと、漆がプンと香るんだ。前回、イグサの匂いにリラクゼーション効果があるって話したけど、俺は番傘の匂いと音にも人間を癒すような効果があるんじゃねえかって思ってる。
俺が一番初めに自分で番傘を持ったのは、確か…まだ二十代前半、剣友会でやってたころだったと思う。時代劇の持ち道具に番傘があったんだよね。俺がそれを見てうれしそうにしてたら、持ち道具さんがくれたの。昔から憧れはあったけど、自分で買うほどの趣味人じゃないし、そんなカネの余裕もないじゃん? だから「おお~」って興奮した覚えがある。でも、もったいなくて使えなくて、どっかに仕舞い込んだまま、気づいたらホコリまみれになってて。結局、一回も使えなかったんだけど(笑)。
まぁ、若いときに番傘ってのもキメすぎて照れるかもしれないけど、この年になると、たまにはいいかなって。自分の中だけでそんなことを思ってたら、去年、カミさんからの誕生日プレゼントが番傘だったの。ビックリしたよ! 番傘の話をしたわけじゃないのに、えらいとこついてくるなって。サプライズ好きだから、いろいろ考えて選んでくれたんだろうね。うれしかった。「もう50代になるし、番傘も似合うんじゃない?」なんて言われて、俺も図に乗ってさ(笑)。黒い無地の番傘なんだけど、傘の内側の細い竹細工がまぁきれいなのよ! 職人さんの技に惚れ惚れするような。
雨でもやる、か……
だったら傘は
番傘だな。
番傘は自分のドラマでもけっこう使ったりしてるよ。主役をやらせてもらってる、テレビ朝日系の2時間ドラマ「ドクター彦次郎」ってシリーズでも使ったね。彦次郎は元テキヤでガラッパチ、30過ぎて医師を志した変わり種の医者なの。だから、白衣の下はダボシャツだったり、着流しを着たり、いろいろ遊んでやってるんだけど、もし雨が降ったらビニール傘を使うようなキャラじゃないなと思ってたんだ。彦次郎が傘をさすなら番傘だって。そしたら、ロケで京都の美山って場所に行ったとき、急に結構な雨が降ってきちゃった。ロケ中止か? と思ったんだけど、監督が「雨でもやる」って言い出したの。
俺、『ついに来た!』と思ってさ。「雨でもやる、か…だったら傘は番傘だな」って。もちろん急な雨だから、持ち道具に番傘なんて用意してないし、美山は自然豊かな農村部だから、すぐに調達できるような店なんてない。そこで頑張ったのが制作部のスタッフだった。近辺のいろんな家に、「番傘ないですか、番傘ないですか」って聞いて回ってくれたの。そしたら何軒目かで「あるよ」って言ってくれる人がいて、快く貸してくれたんだよね。おかげで無事にドラマの中で番傘を使えたんだ。あれ、よくあったよなぁ。『ドクター彦次郎』の制作部ってえらいと思った。
理想はさ、やっぱり番傘っていうと着流しだよなぁ。そして刀。昭和任侠映画のオープニングによくあるじゃん。敵が襲ってきて番傘がバツンと斬れるみたいな。高倉健さんの「昭和残侠伝」とか、「よっ健さん!」みたいな世界。俺もそういうのやりたい。え、「よっ、寺さん」? それはいらない(笑)。
あ、ちなみに番傘を長く使うためのコツはね、使ったあとはちゃんと干すこと。洋傘は頭を逆さにして傘立てとかにツッコむけど、それはダメ。番傘は持ち手を下にして雫を落とすの。頭のところについてる吊り手をひっかけて干してもいい。俺はいつも雫を切ったあと半開きにしてしっかり乾かすんだけど…あっ、ヤバい。昨日、番傘使ったのに、開いて干すの忘れてたわ。もう帰っていい?(笑)
寺島進 てらじま・すすむ 東京都出身。俳優・松田優作が監督した「ア・ホーマンス」でデビュー後、北野武作品で活躍の場を広げる。映画のフィールドからテレビドラマの世界でもその顔は知られるように。
撮影/伊東隆輔 取材・文/大道絵里子
取材協力/ホテル日航アリビラ