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寺島 進

寺島 進

寺島 進

撮影/野呂美帆
取材・文/大道絵里子

俳優として、男として、父として……

寺島進の半生を振り返りながら、

その生き様、哲学に迫る連載、第七回。

 映画『HANA-BI』の公開が98年か……ベネチア映画祭の青い絨毯を北野武監督と一緒に歩くことができたし、少しずつ映画やドラマの役をいただけるようにはなってはいたけど、このころはまだ「役者として食えるようになった」とは思ってなかったなぁ。そう思えるようになるのは2000年を越えてから。北野監督初の日英共同作品で、ロサンゼルスで撮影した『BROTHER』が公開されたのが01年で、そのあたりからすげえ忙しくなった感じだね。『ソナチネ』(93年)のあと? そんなもん、まだ食えねえよ。役者だけじゃ家賃払えませんから!(笑)。厳しいんだよ、この世界。そりゃ『ソナチネ』はいい役だったし、いろんな人に「これから忙しくなるよ!」って言われたけど、そんな甘い世界じゃなかった。ちょっと顔を知られるようになったくらいじゃ、全然ダメ。『ソナチネ』から3年経った『キッズ・リターン』のころだって、俺、日光のウエスタン村でアルバイトやってたからね。ウエスタン村はたしか三十代の半ばくらいまでやってたんじゃないかなぁ。

テンションは高かった。

惚れた男のために

一肌脱ぎたいわけ。

『キッズ・リターン』は、北野監督が事故を起こしたあと初めてメガホンを握った作品だった。生死をさまようような大きな事故が起きて、でも見事に元気になって、そのあとの作品だから、世間からはやっぱり“復帰作”みたいなニュアンスで見られてたと思う。そういう経緯があったから、現場では全員『ここでヘタは打てねぇぞ!』みたいな気迫がすごかったね。俺もテンション高かった。惚れた男のために一肌脱ぎたいわけ。俺が任されたキレやすいヤクザの若頭という役、ばっちりやり遂げてみせます!みたいな(笑)。またさぁ、泣かせるストーリーなんだよな。ラストの名ゼリフなんて、あれは監督が自分にエールを送る意味も含まれてるんじゃないか、なんて勝手に思ってますます張り切ったよ。
 ただ、それでも俺の出番はあらかじめ決まってるから、ここは撮影がないから大丈夫って日はウエスタンショーのシフトを入れてた。何人かでチームを組んで1週間とか10日くらいショーをやるんだけど、ギャラもよかったからなるべく入りたいわけよ。
 ところがウエスタン村にいたら「業務連絡、ウエスタンショーの寺島さん、電話が入っていますので受付まで来てください」って呼び出されて。何だろうと思って電話に出たら、北野組のスタッフ。慌てた様子で「出番が増えたんで明日、来てください!」だって。いや、もちろんすげえ嬉しかったよ? 北野組の現場なんて少しでも多く居たいから。でも俺が抜けたらショーの人間が一人足りなくなっちゃう。だから大急ぎで俺の代役を探しつつ、みんなに事情を説明して謝って……あれはホントに大変だった! そんなこともあって『キッズ・リターン』を境に、役者に専念してバイトは卒業することにしたんだ。
 4年の月日が流れて、俺はロサンゼルスの北野組の現場に立っていた。それが最初に言った『BROTHER』の現場。この作品は、最初に脚本を読んだときに、鳥肌がブワ~っと立ったのを覚えてる。だって俺そのものの役があったから。それはたけしさんが演じるヤクザの親分・山本を慕って、忠誠を尽くす舎弟の加藤。加藤はアメリカに渡ったアニキの手助けをするために自分もすべてを捨てて追いかけて行く。俺も何年か前にたけしさんを追ってアメリカまで行ったわけで、そこもまさに俺なんだよ(笑)。だからこの役は誰にも渡せないし、『HANA-BI』で感じた、自分の失敗の落とし前をここで全部つけてやろうと思ったんだ。

寺島 進

肩の力が抜けて、

のびのびと

演じられた。

 でもさ、俺がそんな余計なことを考えなくても、脚本通りにやれば自然とそれが叶うすごい脚本だったの。俺はとにかく目の前の加藤に集中した。そしたら頭が真っ白になって肩の力が抜けてのびのびと演じることができたよ。ロスだけど、都内でロケしてるのと同じ感覚でやれたのもよかった。北野組のやり方は変わらなかったから、ちょっと遠い地方ロケに行ったと思えばいい話でさ。
 結局、『BROTHER』で北野監督が審査委員長を務める東京スポーツ映画大賞の助演男優賞をいただけたんだ。やっと『HANA-BI』での心残りを昇華することができた。機会を与えてくれた監督には感謝しかない。

寺島 進

 本当は映画だけで食っていきたかったんだけど、でもちょっとテレビの世界に行ってみようかなと思ったらどんどんドラマの仕事が増えて、人に顔を知られるようになって……。昔の映画俳優は売れたらさ、いい車を買って銀座に飲みに行くのが定番じゃん。俺もやった。それはかつての俺も望んだことだったから。でも、どういうわけか物足りないんだ。やっとこの世界で飯が食えるようになって幸せなはずなのに、なぜか孤独を感じる。いい仕事をして稼いで、おふくろを養って、また仕事を頑張る。でもなんで俺は頑張ってるの? もう一人の俺がそう囁くわけ。もしかしたらもっといい仕事をするために、俺の背中をそっと押してくれる人が必要かもしれない……いつからか、そんなことを思うようになったんだ。

寺島 進

寺島 進 てらじますすむ 東京都出身。俳優・松田優作が監督した「ア・ホーマンス」でデビュー後、北野武作品で活躍の場を広げる。映画のフィールドからテレビドラマの世界でもその顔は知られるように。

撮影/野呂美帆 取材・文/大道絵里子